御嶽に喰む: 0話 - 最果ての継承

御嶽に喰む

〇〇 最果ての継承

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「ごめんなさいゲロ吐いていいですか」
「吐いても構わんが俺の質問に答えろ。その装置をどこで手に入れた」
「アキバのジャンク屋です。吐いていいですか」

エンジンが止まる。運転席でハンドルを握るやけに圧の強い女は数秒ほど固まった後、短い所作でドアロックを解除した。ご容赦に甘えて助手席から飛び出し、両膝に手を突いた姿勢で近場の茂みに一礼、会社の昼休憩で一気にかき込んだ山掛けそばを思い出しながら似たような流体を撒き散らす。午後の九時だった。

腹の下の不快感を一通り絞り出した後、例の運転手が一向に降車の意図を見せないのを不審に思いながら、しかしここでフラっと逃走しようものなら間違いなく軽トラを駆り追いかけてくるであろう現状況を鑑み、ついに観念しながら車内へ帰還する。助手席に座っただけで先ほどの荒っぽい運転がフラッシュバックしてきた。

「すみませんお待たせしました」
「いい判断だ」
「まだ走るんですか」
「これでラストランだ。安心しろ」

マニュアルのシフトレバーを掴むのを発車の合図だと見、ドア左上に付いたグリップを掴む。それと同時に先程まで視界に入らなかった宵闇が自身の目の中に飛び込んできた。八王子からここまでどれくらいの距離を走ったのだろうか。電灯の明かりすら入らない山道を白い軽トラが駆ける。

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「それじゃあ本当にこれがあいつらの目的だったってことですか?」
「お前が乗車して以降3回目の肯定になるが、そういうことだ」
「んなことを考えている暇が、この道で」
「悪いとは思ってる。だが連中が看守であることを考えれば」
「頭から爪先まで全編満遍なく意味分かんないッス」

よろしい。と目の前のヘアピンカーブを一捌きすると、女は改まった様に背を伸ばしてこう呟いた。
 

「君にはこれから私達の話をすることになる」
 



 
「──超常、蛇の手、青大将、正常性維持機関にヴェール政策……」
「理解してもらえたか?」
「一応は。マジで一応」

「ここまで来たら一先ず大丈夫だろう」と軽トラを留めてから約20分。濁流の様に爆速で叩き付けられた、荒唐無稽ながらそれと一蹴するにはあまりにも危機一髪な情報と現状である。その全てになんとか折り合いをつけて、ひとまず一番最初に思いついた適当な引き出しに話を突っ込んだ。

「要するに貴女は、あー、"青大将"の……?」
アオでいい」
「アオさん。何だったんですこの逃走劇は」
「君を追っていたのは十中八九"財団"の尖兵だ。危うかったな」

それよりも、と一呼吸おいてアオと名乗る女は少し帽子のつばを押し上げる。洗濯機の中身が如くもみくちゃにされていたから、今初めてその目を拝んだ。車の内外に溢れかえる闇、更に言えば深々と被っているキャップ帽の落ち影の中にあってなお薄黄色を錯覚する輝きを帯びているような。何の捻りも無いたとえではあるが爬虫類じみた切れ味があった。

「君が今握りしめてるそれについての話が先だな。国頭改くにがみかい


"それ"。即ち自分が片手に持っている古ぼけた装置の事である。さしずめ学生が模試や試験で使うICプレーヤーを120倍古くしたような、何ともトンチキな印象を放つ装置だ。本体下部にダイヤルと数個のボタンをこしらえ、恐らくは独学を頼りに自作したのであろう意図不明な電子基盤を少々露出している、縦長のスマートフォンを数枚重ねたようなボリュームの“何か”。

「つまる所俺が突然首根っこ掴まれてこの暴走に巻き込まれた全ての原因はコイツだと」
「あぁ」
「……このガラクタが、原因だと?」
「確かに君にも我々にもかの組織にもそいつは無用のガラクタだった。つい先日まではな」

「修復したんだろう?その装置を、君が」

この装置と彼──国頭改の関係については暫し成り行きを語る必要がある。

事の始まりは数週間前に乗り越えた残業ラッシュの明けだった。積み重なったストレスを多少の浪費で消費してやろうとアキバのリサイクルショップに至っていた俺は、適当にお徳用ガラクタの籠からピックしたいくつかのガラクタを、傍らの質の悪いカップ酒とお供に修復し始めた。

ご丁寧に図面を取り、趣味としてすっかり手に馴染んだその工程をしばし繰り返すうちに突き当たったのは、未知の技術体系。酒の勢いとフィーリングで攻略した末に何故か復旧したのがこのガラクタだ。

「ぅん?」

そんな息の残り滓みたいな声とともに抱いた疑問は、自身の経験からきた引っ掛かりだった。

意味不明な箇所が多々あれど「通信を目的とした何か」であることは大まかに予想がついていた。しかし中身は謎の歯車機構とゼンマイ装置であり、当初想定していた基盤は愚か半導体部品の1個も見当たらない。アンティラキラの天文装置のようであり、しかしメディアで見たそれの記憶と照らし合わせるとより複雑で精緻なそれは、少なくとも、とても通信に足る機構を備えているとはいえない。

仮にも工科系大学は理工学部の出身であり、電子工作をストレス発散としている側の人間だ。それくらいは酒の入った頭でも容易に判別できた。


つまるところ、通信装置としての機能を有しているそれは、まさしく未知であった。


酒気がある程度抜けきった頃、青年はようやく根本的な問題に気がついた。再起動自体は叶ったものの、対となるもう一機の同規格通信装置、つまるところ対話の相手を未だ確保できていないのである。通信装置、世に言うアマチュア無線のようなものは愛好家も多く、どこともしれない誰かが応答を返してくれることは多い。しかしこのブツである。もちろん通信相手はは別売りだと言うことは自明。この短絡は酒のせい。

そもそも、過去に規格を考えずに注文して、いまやベランダの機能の八割を占有しているアマチュア無線のアンテナ規格とは似ても似つかない何かしらの要素で通信しているこの謎機械、調べて購入しようにも似たような装置が出てくるわけでもない。

電子工作オタクを発症し思わずいつものノリで治してしまったものの、あまりの無益さに、明け方の白み始めた空を眺めながら手の内のゴミの処分に困った。件のリサイクルショップに問い合わせてもそもそも復旧させた装置の出どころさえあやふやな始末で、最終的には誰に向けるわけでもない仕事の愚痴を淡々、何処の誰かが聞いているわけでもないのを踏まえて発信するだけで終わってしまった。

「では『褒めるくらいなら給与上げとけカス』という旨に聞き覚えは」
「聞き覚えしかないです」
「オーパーツという言葉は?」
「知っていますが、現実のものだと考えたことは」

オーパーツ。即ち先ほど述べたアンティキティラ島の機械のように、本来の存在し得ない時代に存在してしまうものだ。しかし、俺の持っているこれが、それなのか?現実味は無い。

 
「でも、これは直せました」
「その通り。君は直せた」

アオは機械をパッと手に取ると、こちら側に見せるように腹の高さに止めた。

「君だけが、復旧に成功していた。我々の知る限り、君一人だけがな」

 
「……結論から聞かせてもらっていいですか」「順を追わねば始まらない話がある」と、端的に互いの対話姿勢を表明し合う。数秒の間の後、セミの鳴き声が幽かに二人の間を通過したのをゴングにアオが再び切り出した。

 
「コイツは旧日本陸軍の遺産だ。それも戦後なお存在を秘匿された連中のな」
「兵站軽視の旧日本軍が通信機器の開発を?」
「いわゆるホットラインの役割を為していたとだけ推定されている。原理も不明、通信媒介も不明。故に」
「修復できれば既存通信技術による傍受リスクを避けた無敵の通信が可能、スか」
「ただ今まで修復に成功した者はいなかった。いなかったんだよ」

 
軽トラの中。深夜2時の少し煙草の臭いが残る車内で再び機械が改の手に渡る。

 
「確認だ。その修理に再現性はあるんだよな?」
「……偶然です。ほんとに偶々ブラックボックスに触れずに動かせただけです」

 
事実だ。再起動が叶ったのは酒の勢いと偶然の産物でしかない。記憶さえ正しければ最終工程において、三昔前のテレビと同じノリで手刀を叩きこんだりしていた筈だ。

別に俺の実力で全てがどうにかなったわけじゃない。それでも───。

「そうか。それでは……」
「やれってんならやりますけど」

機械相手でならいざ知らず、親しいわけでもない他者に対しては特にその気がある。「無力を認めること」だけは断じて許せない自分がいた。

弱気な嘘を吐く気は、無い。やけに事務的、というより本能的な不屈の精神を剥き出し見つめ返す改を横目に確認し、アオは方眉を上げて笑った。それは微かな動揺。思わぬ牙を、彼女は微かにその眼に見た。
だからこそアオは嬉しげに微笑む。

「日本全国で同型の装置を確認している。可能な限りでの復旧作業を依頼したい」

思わず全ての掌を返して車と話を降りそうになった。現にドアレバーに手をかけるところまでは、やった。最後の一歩を踏み出していないのは社会人として培わざるを得なかった理性によるものだ。

「……一応最後まで聞きます」
「ありがとう。実際のところ君が思うほど難しい任務というわけでもない」

そう切り出して続けて羅列された地名の数々は、理系進学の過程で学習を打ち止めた程度の地理知識さえあれば大体の位置を想起できた。とはいえ、とはいえ範囲がデカすぎる。実に日本全国東西南北、四海四島津々浦々、南樺太から屋久島周りまで。

今更引き下がるわけにもいかなくなっている改の胸中を知ってか知らずか、アオは続ける。

 
「以前からこの装置の場所や存在はマークしていた。既に全国各地の特定のポイントでコイツの親機が保管されている」

「……俺に地方行脚して直して回れと」
「長旅だ。いや、長旅で済めばいい。一般の通信技師に依頼する案件では到底ない、が」

「まず職業明かしましたっけ」
「ウチに似たようなのが1人いてな。スラックスのセンスと消耗具合が似ていた」

あぁ、やっぱりそういう目には肥えてるんスね。諦観と皮肉を混ぜて返すと、アオはニヤリと笑って「あいにく、職業病なんでね」と付け足す。ならば今度はこっちの番だ。

「素性なら貴女の方も大体の見当が付いてましたよ。吐き気でそれどころじゃなかったけど」
「ほう?」
「追手を撒くのに必要な手順に迷いがなく最小限の目線移動だったり……あと、手が重めに粉飾されているので」
「異性の美容事情にとやかく口を挟むタチだとは思わなかったな」
「確証を得たのは停車後ですよ。ハンドルを離した後もなるべく手のひらを見せないのは流石に──」

発端から今現在に至るまで、丁寧に素性や機密を開示する誠意に対して敬意を払いながら、考察と、それに伴う不躾の謝罪をする。
矜持をかけて放った先ほど明かした本心に若干の後悔しながら苦笑いする改とは対照的に、アオはあくまで大真面目な顔で一連の考察を聴き続けた。

 
「……刀を握る側に立っていた頃がある。随分前の話だ」
「深くは聞かないでおきます」
「いずれは知ることになる。そしてその洞察で改めて確信した。君が我々の側に立つべき人間であると」
「買い被りすぎです。ただの電機土方ですよ俺。あとちょっと空手やってたくらいで」

「もっと重要な素養がある」

「見ず知らずの俺に対して貫き通した人間的な誠実性と、未知に対する理解の姿勢。いうなれば君自身の優しさだ」

恥ずかしげもなくそう告げたアオを前に、改はまた反射的に後頭部をさすった。掴みかけていたドアレバーから手を離しつつ、一応、最後の抵抗を試みる。

「本当に俺じゃないと駄目ですか?そちらの組織が人手不足なのは理解しますけど」
「強制はしない。何ならこのまま黙って帰るのが一番無難だ。が」
「が」
「今の君が生き易いのは、寧ろこちらの世界かもしれないな」
「何故です?」
「君が俺の素性を遠回しに暴いたの同じ。何となくだ」

差しっぱなしのエンジンキーをくるくると手持無沙汰に弄びながら、アオは背もたれに背を預ける。

 
「その上で選択してくれ。くにが───」

刹那、カーブミラーの中央で小さく揺れるシルエットと、目が合う。

発言を取りやめ咄嗟に背後を振り向いて、軽い舌打ちを一つ。まだ走り足りなかったか。それにしては遅い追跡に軽い違和感を覚えつつも瞬時に背筋をただし、あと一押しの交渉に水を差された事に微かなもどかしさを感じながらエンジンを再始動しようとした、瞬間。

隣から伸びてきた手が、ハンドルをむんずと奪う。

腕伝いに目線を上げた。つい先ほどまで超常も知らなかった筈の一般人が、不安を無理矢理飲み込んだ様な顔で、それでも犬歯をむき出しにして笑っている。

「俺マニュアル免許あるんで。これ以上のゲロは勘弁させてください」

つられて口角を上げた。彼が自分の手を取る代わりに、この状況を己に任せろという主張。隣に確かに存在する誰かに"賭けて魅せる"必要があるのは決して国頭改だけではなかった。ほんの少しばかり君の事を侮っていたかもしれないな、とため息をつきつつ、軽やかに扉を蹴り開けて荷台に飛び乗る。

「まず何処から攻略すべきですか」
「腹が決まったと?」
「撤回するつもりは無いです。今日からアンタらの側の人間だ」

ならば賭けてみせよう、国頭改。

君が、俺を信じた様に。

「追手を妨害する。運転は任せるぞ」
「承知。あと大まかに目指す場所のマッピングも頼んます」

エンジン始動。眼前には暗闇。この場を切り抜けても待ち受けるのは超常異常に塗れた混沌の任務である。もう後戻りは効かない。日常への往復切符はとうに売り切れだ。

「───クソが。やってやるよ」

 
故に後は全力前進するのみである。

アクセルを全力で踏む。煙草の匂いを残像代わりにトラックが闇夜へ走り出す。

 


00. 最果ての継承

 

文字数: 8312

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