「──人のクレームを横から邪魔しよって、ナニモンだガキ共」
「こっちの台詞だ。アンタは誰でここは何処でさっきのは何だ?」
買い物袋を片手にサンダルの婆さんが不敵に笑む。柄物のケバいワンピースを海風にはためかせながら
「ただの婆さんで、お前らの同族ってとこかね」
「同族の定義によりけりだが、つまりは何だ。アンタ──」
パチン、と文字起こしする他無い、やけに残響が耳に残る音と共に、風が止んだ。ユタ(の身体を借りっぱなしの落武者殿)に続いて一気に周辺を見渡す。食卓だ。一戸建て平屋の。俺達の位置関係だけは一向に変わらないまま、位置情報だけが切り替わっている。
「……俺の同族ではないと思う」
「だったら帰んな。さっきの店までなら送り返してやる」
「同族かもしれません」
「土足で畳を踏むな。ぶっ殺されたいかクソガキ」
「アンタが上げたんだろうが」と動転しながら
不自然な量の汗と共に目覚め、やがてその不愉快の正体が他人の素足による理不尽な圧迫であることを知る。
ババア宅に転がり込んでから4回目の朝日を拝んでいる。絶妙に汐臭い布団から顔を引き剥がし、色気もクソもない寝相のユタをそっと蹴り動かしながらカーテンを開いた。
「んぃ……」
「……」
無防備に寝返りを打つついでにもう一回俺に蹴りを叩き込み、社会不適合成人女性が髪を乱す。黙ってりゃ可愛いかもしれない。事実聞くに忍びない声を上げられてこっちの気もそこそこ動転しているし、昼間の煩さを鑑みればそのまま一生寝ていてもらって構わないくらいだ。
自分の布団だけ畳んでさっさと部屋を後にする。襖を挟んだ西隣の部屋に移動し、夜逃げ用にまとめておいた荷物類から例の脇差を取り出した。薄暗がりの中で三回ほど撫でさする。
「朝っス」
「ここにいるが」
「どわぁッ!!!」
都内では絶対に出せない声量で振り向く。部屋の奥の方に幽霊そのものが突っ立ていた。食らうのは二度目だが二日も間を置いたせいか耐性が無くなっている。もう少しで腰が抜けるところだったのは多分向こうにも悟られている。
「……居ったんかい」
「おはよう。驚かせてしまったか」
「アンタと俺だけだよこのパターンで仰天が成立するの。おはよう」
「久方ぶりにサキ以外と話す機会があったせいかもしれない。時々自分が死んでいることを忘れてしまう」
「良いことなんじゃないすか」「死人のように彷徨うよりはな」「彷徨う前提で死人を語るなよ」とグダグダ応酬しながら、その足で縁側の戸を開け庭先に出る。太陽は未だ登り切っていない。
「……良い日課だな」
「記憶が正しけりゃ三回目っスよそれ」
「猶更何度も褒めるべきだ。武家の子供というのは特にそうだった」
「生憎ただのエンジニアなもんでね」
裸足のまま土を踏み、前へ。これから先10分間は大地そのものが味方であって敵だ。胸中にぶら下げた肉体の重心を適切に揺らして歩く。
「柔軟体操は怪我の元だ。起き抜けにいきなり身体を動かすからこそ意味がある」……と、姉貴が言っていた。親父の応酬を自信気に。同じ内容の筈なのに思い出すのはいつも姉貴の顔と、背中だった。直接会わなくなってからどれほどの時間が経過したのだろうか。
踵同士を均等に触れ合わせた直立姿勢。尾骨から頭頂部に掛けて一直線に通された体軸を起点に、両手の平を腰の前に重ねる。まずは右拳から。西の空に夜を控えたまま、夜のうちに雨に降られた泥を左足で蹴り潰し、小学校の入学以前から一度も忘れたことのない体動作を開始する。
開脚。文字通りの空手が空を切って太陽光を捉えた。“ナイファンチ”。沖縄空手全般に共通する基礎の型。そして最も実戦に近い型。両肩より若干幅を取って広げられた脚を起点に左右へ状態を捻れば、少なくとも徒手空拳で対峙した場合万全の戦闘態勢が確立される。姉のついでに送り込まれた空手教室で教えたがりの補助教員に齧らせてもらって以来、毎朝勝手に庭先に出てはこの型だけをトレースし続けていた。姉と一緒に。
別に完璧に出来ているわけじゃない。学業に専念し始めたとかで途中から参加を断念した姉も、最後までこの型の神髄に辿り着くことは無かった。空手の型稽古にもそれぞれの難易度や習熟までの想定期間というものがあるが、とりわけナイファンチは「達人であろうが究極的には未完成」という逸話を残すほどに奥が深い。奥が深いというか、辛うじてモノにしてからレベルマックスまで持っていくのに骨が折れるのだ。
右基準の動作が終われば同じ動きを左半身でもう一度再現する。この再現を及第点まで洗練するだけで中学校入学から卒業までの歳月を要した。やるだけなら呼吸と同じだ。それで終わる筈が無いから何ともタチが悪い。ゆらりと規則的に伸ばされた無手。握り込まない拳を仮想の敵に突き付ける。身体を貫く一本線を軸に何度も地を踏みしめる。忘れないために。いつでも完全体に戻るために。
「……毎度思うんですけど」
「何だね」
「見ていて楽しいっすか」
「楽しいというか、懐かしんでいるのは確かだ」
「誰を想っての懐かしいかによるな」
「叔父の息子」
「……何歳頃の」
「数えで八」
「……」
右の拳を向かって左方向に、今日一番のキレで突き付ける。その軌道に沿って重心そのものを動かすよう横歩きに移動した。
「十歳頃にはなったかな」
「受肉でもしてくれりゃ間違いなく立ち会ってるぜ」
「サキの身体は貸せんが、試してみるか?」
「俺にも沽券ってものがある」
言い切ったけど滅茶苦茶カッコ悪いこと言ったかもしれない。型の途中で平に向き直り、とりあえずオーソドックスで構えた。半分は好奇でもう半分は前言の撤回を兼ねている。
「お互い寸止めは必要無いっスね」
「そういうのが流行り始めたのはずっと後の時代の話だ」
「あんま想像したくないな」
人んちのガラスを蹴り破るのも憚られる。「アンタから斬り込んで来い」とジェスチャーを飛ばして半歩下がった。
アルファ値70%の髭を少しだけ傾け、平安武士がヌラりと眼前に迫った
「で、負けたんだ」
「呪い殺されるよか納得のいく最期を十回繰り返した感覚というか。お前もうちょいあの人に敬意払った方が良いぞ」
「死人にぃ?」
「一番霊能力者やっちゃダメだろお前」
「ノロだっつってんだろ」
「何回蹴ったら気が済むんだお前は!!」
「これが一回目だが!?」
[加筆]
そんな調子で手としての庶務をこなせば午後も2時半だ。俺も含めて小腹の空く時間帯。実家でそこそこの頻度で食べさせてもらっていたアレを思い出す。
というか東京での生活が板につきすぎて全然気が付かなかった。昼飯を食いそびれているではないか。おやつより先に食うべきものがあるだろ。
「昼飯どうします」
「収納の一番下にそうめんがある」
「なるほど」
「あたしのは麵汁要らないからね。ラー油で行く」
「通だね」「浅いよ」と応酬しながら台所収納の一番下を開く。開封済みビニル袋の中に素麺が数束まとまっていた。
「ユタは?」
「誰だね」
「あの……あの何かヤバい女どこにいるのかなと」
「知らんよ」
「さいですか……」
耐熱容器に水を張り、人数+1人分の素麺束を投入する。そこそこ余裕のある大きさの電子レンジに捻じ込んで
[加筆]
続く静寂。全員が固まる。
フリーランス時代に肌で憶えた鉄則だ。「硬直は死を招く」。親戚の死に目以外で立ち会う羽目になるとは思わなかったが、過去に一度だけ同行者がそれをやらかし帰らぬ人となっている。迷うな。“俺”として行動しろ
「ユタとババアは荷物をまとめてある部屋へ直行しそのまま待機。極力外に姿を曝すな」
「カイはどうすんの」
「どうにかする。ヤバいと感じたらババア、全部の荷物とユタを引っ提げて例のポイントへ飛べ。状況が落ち着くまでは決して動くな」
「クソガキの言った通りだ。どうすんのかを教えろ」
「……先方が“敵”であった場合、俺と平でどうにかする」
「……そうかい」
コイツらは仲間じゃない。蛇の手として俺が管理すべき保護対象だ。[加筆]
「……ポルターガイストでの戦闘経験ってのはあるか」
「子孫……ユタの先祖らを何度か護った程度だ。害意を以て他者に振りかざした経験は無い」
「使用可能な重量物を道中で回収しておけ。前衛は俺が担当する。敵による火器使用を察知した瞬間隙を見て叩き込んでくれるなら上々だ」
「やってみよう」
ひとりでに未開封の麦茶ボトルが動く。全重量は凡そ2kg。たかがペットボトルとはいえど全力で頭部にぶつけた場合人間ならある程度の余裕をもって殺傷可能な代物である。
スーツの襟を正そうと両手を空ぶる。ワイシャツしか着ていなかった。クソが。焦るな。焦りが何も生まない事なんてもう痛いほど学んできたんだ。横目に庭先を警戒しながら玄関に続く襖の数々を開け放ち、ついに玄関扉の数歩手前にまで辿り着く。
「先行偵察頼む」
「心得た」
扉を抜けて平が消えていく。5秒もせずに戻ってきた。
「先日我々を追っていた者とはまた違う風体だ。普通の旅行者といった具合の出で立ち。周辺に追加の突入要員は見当たらない」
「……GOCの評価班なら俺たち4人なんぞ造作もない筈だ。財団のスーツ連中とはワケが違う」
「火器は携行している。種別はよく解らないが無力化の術をしらなんだ。そのままにしておいたぞ」
「ひとまずGOCと仮定しておこう。コンシールドされているなら作戦に変更はない。2人同時の先手で叩く」
「とても正規の支給品とは思えない回転式の拳銃だったぞ」
回転式の拳銃?この目で見ていないから判別のしようが無いが、正規の正常性維持機関の構成員がこの人数規模相手にリボルバー引っ提げてきたのか?
いや解らない。何せ超常社会の一員として日本全国を駆け回っていた割に銃を携行して業務に及んだ経験が全くと言っていいほど無いのだ。対処だけなら数度の経験があるが……
「話変わってきたな……幽霊退治で古式のリボルバーを使う奴は在野にも焚書者にも看守にも、何なら蛇の手にも存在すると聞く。ひょっとしたらお前の浄化も作戦要綱に含まれた対超常装備品である可能性も高いぞ」
「それなら某が見えていないというのも道理が立たん」
「……あのバカが例外なだけかもしれないが、アオの言うところによれば霊能力者の素養ってのはな──」
「“何も見えないフリが出来て初めて半人前”だそうだ」と、啖呵を切って前に出る。初手で封じろ。撃たせる前に諸手を制し、意識外から平の一手を差し込む。制圧後は身体検査と拘束処理。この過程で誤って殺傷してしまった場合は遺体を土中に処理し全員で夜逃げを開始する。やることは変わらない。俺は蛇の手だ。迫りくる敵はこの手で制し、あの馬鹿どもを全員保護して任務を完遂するだけだ。
引き戸に左手の指をかけ、右の空手に割る直前の生卵を意識する。最大火力の正拳突きを叩き込むべく足を揃えたその瞬間
「──“ラジオ料金の回収に伺いました”」
「……“テレビは昨日売りましたが”」
「……」
「……平」
「全員を居間に招集しろ」と、戦闘態勢を解きながら普通に玄関を開ける。
アロハシャツの男は無表情に俺……ではなく、平の方を見つめながら突っ立っていた。
「……廃桃源ギルドが何の用だ」
「“アオ”からの言伝とその他諸々だ。上がるぞ」
「靴は脱げよ」
「当たり前だ」
事情は分からない。が、とりあえずすべてが杞憂に終わったらしい。訪問者の正体は超常フリーランスだった。
「しかしまあ、良いご身分だな。家といい肩書といい」
「アンタもイズメの信奉者ってワケだ」
「成り行きで女王のケツに敷いて貰えただけの常人には解らんだろうさ。どのツラ下げてあの場にいたんだ。裏切者」
「俺のボスはアオだけだ。女王は知らん」
[加筆&手直し]
「……以上だ」
「ツイてるな」
「何が」
「初日に“3個体”も管理対象を得るとは」
「そうかもしれん」と目を背けながら呟く。管理対象。まあ概ねその通りだ。自分以外の脅威を知らずに運よく今まで生き残ってきただけの野良オブジェクト。それがあの3人。俺の任務はそういう連中の居場所を造ることに他ならない。
他ならない筈だった。喉に刺さった魚の骨のように何かが引っかかっているのを何となく自覚しながら、恐らくは平に対してはすべて筒抜けとなっているであろう会話内容をもう一度思い起こす。
「──で」
「あ、はい」
「言伝、というか任務概要を預かっている」
「ちょっと待て」
考えている暇はないらしい。反射的に胸ポケットに手を伸ばし、ボールペンとメモ帳を両手にとって軽く身を乗り出した。日付記録[日付詳細]/アオからの任務内──
「……待たせた。内容どうぞ」
「蛇が足蹠を残すな」
言い終えるのとほぼ同時にメモ帳をひったくられ、書き出し中のページ1枚を千切り盗られた。
慣れた手つきで紙切れ1枚を細切れにされる。反射的に殴りかけたのを理性で押さえながら次の動向を待った。既に右の拳の血管が待ちきれずに膨張し切っている。さっきから何なんだコイツ。殴ったところで何の得にもならないとはいえ何を想ってこんな人員を寄越しやがったんだアオは。
「……駄目なんスか」
「この間一切の記録行為を認めない。事後ジャンクロイド等の個人端末にこれらを記すなども控えていただく」
「理由は」
「仮に今後お前がしくじって何かを掴まれた場合、飛び火する先はアオ本人だ。お前に続き俺が拘留され二度と日の目を見れなくなった後に青大将の全貌が一部露呈する程度の飛び火だがな」
「……承知した。迂闊だった」
「昨年8月上旬頃から不定期に確認されている[発見地]沖での不明な航行活動について、特事課から最新のリークを得た。当該不審船舶は海保巡視船などによる強硬接近が行われた際毎度忽然とその姿を消していたわけだが、下手人がどうも日本国内のクラス1パラクリミナルグループのいずれかに所属する実働部隊であること、及び当該組織の目標が“水棲ヒトガタ”であることを掴んでいる」
「ちょっと待て。何で公安の秘匿部署がアオに協力してんだ」
「この期に及んで事情の想像も付かないクチか?次期首領殿」
「その喧嘩腰も何なんださっきから」
「不相応ってのを赦せないもんでね。他人の話となると特にそうだ」
「……互いのアドバンテージの補完。アオが進んで狙うとするなら多分それだと思う」
「話を戻すぞ」
「“水棲ヒトガタ”について即時調査し可能であればこれを手として対処せよ。指令は以上だ。続けてもう一方の言伝を」
「任務内容伝達の当日、22時から翌4時までを臨時作戦期間とし、その間代理人による“2代目ハブ”の人事査定を実施する」
「……じんじさてい」
「平たく言えばまあアレだ。遠隔の授業参観だと思え」
「今日の10時から明日の午前4時までの一挙手一投足をすべて記録する。蛇の手分派首領としての資質を今一度確認するための判断材料としてな」
「アオの指令なんだよな」
「前金も取らずに興味本位でお前らみたいな連中に付き合うフリーランスがいると思うか?」
「待てこら、金取ったのかアオから」
「取った」
「ただでさえ運営資金足りてねえのに?」
「それだけお前を気にかけているという点は汲み取ってやれよ。」
「……現地にはいつでも行くがいい。既定の時間にはお前らの目付を開始している」
「ご丁寧にどうも。麦茶いる?」
「一本貰っていいか」
「どうぞ」
「カイ~」
「……」
「さっきのお客さん何だったのさ」
「ユタ。婆さんにも同じことを伝えておくから今すぐこれを実行しろ」
「ほ?」
「夜十時から行動開始。それまでにちゃんと寝ておけ。」
──で、来たわけだ。[目的地]まで。婆さんの操作可能な石敢當はこの島にもちゃんと存在していたらしく、地図で目的地を指し示した結果十秒と経たずに浜辺のすぐ近くまで転移させてくれた。知る限りでは図書館の手にもこれ程のアポーターは存在しない。本人曰く沖縄諸島限定の能力らしいが、逆に言うと沖縄県内に限れば世界最速かつ最高峰の転移術者として君臨しているのがこの婆さんなわけである。よく今まで一般人に紛れて潜伏していたものだ。
夜中の砂浜なんぞに立つのは高校3年生ぶりだった。といっても受験の鬱屈に負けて何度も地元の浜を右往左往していた程度しか思い出が無いわけだが、この潮風と無限に続く暗闇をそこそこ好いていたのは覚えている。実際いざ同じような景色を目の当たりにすればこの通りだ。沖縄に出戻ってコイツらと関わって以来一番胸が透いている。この土地に根差した数少ない「好き」が丁度自分の胸元を掠めている。
「──カイ〜」
「……何ですか」
「眠い」
「結局寝てねえからだろ。ああヤニを踏んで消すな!捨てるな!」
「灰皿ないんだもん」
「買ってやるから二度とやんな」と叱咤しながら潰れた吸い殻を拾い上げ、丁度やってきた波のしぶきに浸して完全に鎮火する。二重三重にティッシュでくるんでスラックスのポケットにねじ込んだ。慈善組織の構成員が身内によるタバコのポイ捨てなんぞ見逃せるか馬鹿野郎。仮にも俺はアノマリーの人権を守る活動家だぞ。
「きったないねコイツは」
「カイばっちいよ。アタシの吸い殻好きなの?」
「召し物が汚れるぞ」
「つーかお前らな。さっき伝えた話忘れてねえだろうな」
「知らん」「知らない」「忘れた」
「ユタと婆さんは兎も角アンタはどうした!?千年越しにボケたか!?」
「やもしれぬ」
本当にいい加減にしてほしい。何せそう遠くない場所からアオの選任した目付が俺たち全員を監視しているのだ。このやり取りも遠巻きに全部記録されている可能性だってある。
「して、伝えた話というのは何かね」
「今回俺に課せられた任務は未確認ヒトガタ超常の保護だ。その過程でヒトガタを追っている別の何者かと戦闘行動に発展する可能性があり、これは極力避けたい」
「故に?」
「『全員手ェ出すな下がってろ姿は見せるな』。お前らに守ってもらうのはこの3点だけだ。安全を確保した後に婆さんの能力で一度セーフハウスまで退くからな」
「そんじゃ若造。一つ質問するよ」
「どうぞ」
「アタシの同行についてはまあ理解できるとしてやる。何でクソガキと幽霊までここに連れてきた」
[加筆]
「……この2人だけをセーフハウスに置いてくるのは、危険だ。財団や連合の連中が押し掛けたとして平だけでそれを対処できるとは思っていない」
「尤もだな。武人としての練度を鑑みれば我に肉体と現代的な火器があったとしても厳しいとは思っていた」
「あんだとー!?それでもウチの守護霊かオマエ!!」
「お前はそもそも戦力外みたいなモンだろ。そんで平の言う通り実力差は歴然な上に、連中は個に対し必ず集団というアドバンテージを取って対超常戦闘に挑む。分散なんざ各個撃破してくださいと誘っているようなモンだ」
「だったら猶更解せないね。固まってりゃ安泰と口にしておいてアタシらは手ェ出すなってのはどういう了見だ。何から何までお前さん一人でどうにかしようって腹かい」
「……その通りだ」
「危険な任務に巻き込んでいる事は俺だって解っているし、アンタにも解っていて欲しい。それでも婆さん、ユタ、平、お前らは俺の、蛇の手の保護対象だ。守らなきゃならん」
「アタシらは重荷ってやつか」
「……保護対象だ。それ以上でも以下でもない」
[加筆]
「……カイあれ」
「あ?」
「……船!?この時間に!?」
「例のメッセンジャーが申していたモノとみて間違いないとは思うが、偵察するか?」
「不明団体の詳細が解らん以上こっちから超常をぶつけるのは逆効果になりかねない!控えろ!」
「しかしどうするつもりだ。ここからどうあやつを助けるという?」
「何かいるんですか!?」
「おるぞ。舳先の更に前の方に」
[双眼鏡での索敵]
「カイそれ貸して」
「アオからの預かりモンだ貸せるか馬鹿。てか隠れる準備しろ」
「隠れろったってどこにさ」
「どこって……」
見つけた。ヒトガタ超常。どことなく鮫のような部分的特徴を併せ持つ超常存在が一体。不審船とほぼ同等の速度で追いかけっこをしている。推察するにあまり深いところまで潜る能力を持たないか、それを断念せざるを得ない何かがあるらしい。潜れるならとっくにあんな漁船撒いている筈だ。
速力から判断するにパターンDのコンタクトを取るのが無難かもしれない。正直一番やりたくなかった方法だが事態が事態だ。アオの評価なんざ気にしている場合じゃない。危険を冒すつもりは無いが踏み止まったせいで誰も助けられないなんてのはもっと御免だ。スマホを起動し、カメラライトを最大出力で点灯しながら沖合に向かって全力で振る。
「こっちだァ!!」
「うわびっくりした!」
飛び跳ねるユタを尻目になおもスマホを振る。
[加筆]
「意識レベルを確認する!」
「周辺警戒を行うべきではないのか?」
「ンなモンにリソース裂く余裕がない!クソが!」
怪人に駆け寄る。闇の中でも視認できる程度の速度でシルエットが変形していた。陸に上がって以降はかなり人間に近い、というか肌の色含めて人間そのもののような風体に変異している。性別は恐らく男性。上半身には何一つとして纏っていないが簡素な短パンを履いているのは解る。図書館の文献にあったサミオマリエ人とはまた別の存在らしいが人間相応の文明の中で生きてきた固体か、或いは既存人類の文明のすぐ隣で生きてきた痕跡とみて間違いない。そうとなれば後は発話能力次第で言語による相互コミュニケーションも確立できるかもしれない。
「何処から何処まで人間なのか」はこの際考慮しない。重要なのは意思疎通レベルの確認と意識の有無の把握、必要に応じた各種対応だ。特に患部の確認は必須である。
「現在日本語標準語彙で発話中!聞こえているか!!」
「……キミは……」
「……!国頭改だ。“青大将”の命の下お前の保護を委託されている!」
「……あお……だい…?」
ビンゴ。現代日本語での会話が可能なのは非常に助かる。一番厄介なのはこの状況でまともに意思伝達手段が確立できない事態だったし、実際そういった事態を想定して諸島周辺地域で使用するであろう言語は非常に簡単な受け答えが出来る程度に学んできていたわけだが、何にせよ非常に助かる。ありがとう。日本語話してくれて。
それにしても出血が酷すぎる。痣として把握可能な打撲箇所の多さにも目を見張るが、特に大腿部に突き刺さった銛は現時点での対処に難を要する。専門の医療機関で摘出すべき異物だ。素人考えで引っこ抜いたら出血多量で最悪死なせかねないし、運よく傷が塞がったとしても壊死なんぞを起こされてはたまったものではない。
「傷むか?」
「身体が萎んだせいかな……何か逆に痛みが無いとこまで来てるっていうか」
「……お前の生命を保証し安全を提供するために行動している。もうすぐ──」
[不審船強行着岸。]
[船員の1名が銛打ち機を発射]
「クソが!」
「え──」
@@ @@
風切り音。戦闘本能が背筋を駆け上がる。虚空に向かって半身に構え、その体感0.1秒後に顔の前まで迫った凶器を前腕の一振りで逸らす。
激痛と妙な摩擦が迸る。俺たち2人から4、5歩分の斜め後方に着弾したそれは狩猟用の銛だった。少なくとも遊び半分で人に打ち込んでいい代物ではない。まともな連中じゃないことはまあ理解していたつもりだが、どうにも蛇の敵とというのは正常性維持機関のような大義ある連中だけには留まらないらしい。コイツら本気だ。ざっと気配を探った限り10人はいる。正面切って戦うにはあまりに分が悪すぎる。
「正気かよ……」
「──ล้อมรอบ!」
そうこう言っている内に囲まれた。全員が何らかの兵装で武装しているが、少なくとも水中銃以外の飛び道具は確認できない。状況は劣勢だが動き方を見るに武人としては全員素人だ。敵数は丁度10。対するは“実戦”経験皆無の俺1人。劣勢。圧倒的な劣勢だ。相手は正規の警察組織でもない上に日本語が通じない。降伏は望み薄だろうし、ここから婆さんを呼んでの一斉撤退は明らかにリスクが高すぎる。
姉貴ならこの状況をどうにかしている。アオなら状況に至る前にどうにかしていた。
財団エージェントから逃げきったあの人はまるで状況が違うわけだが、もうこの際知った事じゃない。俺は蛇の手だ。必要とあらばこの世に仇を為し弱者の権利を保護する活動者だ。アオの認めた男だ。俺が今コイツらに敵わないでどうする。
「……そうだろ!?アオ!!」
「ฆ่าพวกเขาทั้งหมดッ!!」
暗闇の更に向こう側から射出された銛。その先端部に宿る僅かな反射光を頼りに着弾寸前で受け止める。右手に持ち直してフルスイングで投げ返した。同じ方向から異国の人間の叫び声が聞こえてくる。まずは1人。ゴム動力とはいえ2発連続で水中銃を防ぎ切るなんて奇跡みたいなものだ。これ以降何が起きても「さっきのは運が良かっただけ」と言い訳できる程度に偶然に救われているだけだ。俺の実力じゃない。問題はここからだ。
「……すご」
「動くな!大人しくしてろ!」
足元の鮫怪人が邪魔すぎる。組打ち用のステップワークが使えない。というかいつまでも囲まれっぱなしではいずれこの怪人に流れ弾が飛んでいきかねない。俺に残された道はただ一つ。今まさに銛の再装填を行っている1人目掛けて助走を付けながら跳躍した。
「อะไร!?──」
型稽古では絶対にやらない技、首元への跳び蹴り。斧状に硬直した脚先を顎の下にめり込ませ、加速度と全体重を掛けてのしかかる。潮風に曝されてボッサボサに伸びきった男の首を下敷きに着地し、水中銃から外れた銛をひったくった。丁度俺に照準を合わせたもう1人目掛けてやはりフルスイングで投擲する。右肩を貫かれ情けない叫び声を漏らしている隙に接近して襟首を掴み、引き寄せる傍ら片膝を蹴り潰しながら人質に取った。
沖縄空手、というか俺のやっていたオキケンは道場内でのまともな組手、ましてや他流試合など微塵もやるような流派ではなかった。せいぜい二人一組で向き合って型の応酬をただひたすら繰り返し続ける『約束組手』をやらせて貰った程度である。実戦を想定した組手や乱取りは師範代以上の先輩方が誰にも見せずにやるものだった。俺は本気で人を殴ったことが無い。殴り合った経験が無い。
「──クソが!!」
3人目まではまあ無力化できた。上々と言っていい。しかしこうも早くしくじるとは。
咄嗟に構えた左前腕に激痛。辛うじて貫通は免れたが、腕の甲を銛の切っ先が掠めていた。太い血管がやられているわけじゃないにせよ人生初レベルの出血が始まる。そして──
「──死ねコラァッ!」
続いて背中に激痛。裂傷じゃない。何か硬くて長い獲物で打突されている。明らかに日本語を言い放っていた誰かに振り向き、その反動をフル活用しながら後ろ回し飛び蹴りを叩き込む。男の回避は予想外だったが振り抜きざまに別の誰かの胸部に踵がめり込んだ。こっちに関しては手応えアリだ。倒れた拍子に頭部を踏み抜き、砂浜に半分ほどめり込んだ後頭部目掛けてもう一度片足を捻じ込む。瞬間的な痙攣の後、男は動かなくなった。運が良ければ生きている筈だ。
[加筆]
「……空手か?」
「うるせえハゲ。何しに来た」
「そこの怪人とっ捕まえたら金貰えるって聞いてな。全然関係ないけど死んでくれねえか」
「断ると言ったら?」
「殺すだけだ」
「」
[カイがボッコボコにされるパート]
「は?」
[加筆。ユタによるドロップキック]
着地した背中には相変わらず二世代前のバンドロゴが施されていた。
「……カイの真似」
「お、ま、何で出てきて……」
[ポルターガイストにより若干1名が吹き飛ぶ]
「ふむ」
「……人間持ち上げるの苦労するって言ってませんでした?」
「苦労するし実際気持ち悪いが、背に腹は代えられなんだ」
「アンタらな」
「──よく聞きな若造」
「蛇ってのが何なのかはアタシだって知らないよ。人とつるむなんてここ50年皆目無かったわけだからね。だけどアンタの言うアオってタマがこんなにつまらん奴だとは微塵も想像つかないよ」
「アンタに手ェ貸したのは他でもないコイツだよ。“お前らが楽しそう”だから混ざってやってんだ。50年ぶりにな。お題目も過保護もクソ食らえだよ」
[加筆]
「某の一族は今やその殆どが遠い本土の海の底に眠ってしまったわけだが、この頃初めて神職以外の人間との友情を、しかも至極対等な関係を築けたことをきっかけに思い知った。我々は一人で生きるにはあまりに寂しすぎるサガを背負っていて、何人もその孤独からは逃れられないという定めを」
「人は一生のうちにそれを思い知り、限りある時間の中でそれを乗り越え果てる。しかして某にはあまりにこの暗闇が長すぎた。長すぎたが故に自らの“人”を捨て去ろうとすら思った。今はそれを失いたくないと思える心が確かにある。そなたがそれを気づかせたのだ」
[加筆]
「2人が何言いたいのかは解らんけどヤニ奢ってくれたからカイは友達だよ」
「イジメられてんの助けんのがダチなのは知ってるからね」
[加筆]
「……キミらが何者なのかは僕も解らないんだけど、なんというか──」
「キミが助けてくれて嬉しかった、とは思ったかもしれない」
[加筆]
「次から次へと。ガキにババアに幽霊にオールバック!何者だテメェら!!」
「何者だってよ大将」
「何者なのだ我々は」
「誰なんだろうねアタシらは」
「俺たちは」
「波布だ」
[決戦パート]
「靴脱げってんだよクソガキ!」
「は!?せめて玄関先に飛ばせよババア!!」
「室内転移は不合理極まりないな」
「黙ってな幽霊!本土の人間がアタシんちでガタガタ騒ぐな!」
「ヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイ近所迷惑だ落ち着けアホ共!」
「誰がアホだ万年スーツ!!」
「お前だよヤニカス!」
5人揃ってセーフハウスの広間に飛んだ矢先これである。時刻は午前5時を少し回った頃。仮称“ブニ”の止血を済ませ、俺の傷の手当ても第一段階はある程度終わった。
これから先聞き込み調査やらメンバー全員の手としての登録やら、及びアオに向けた報告書作成など明らかにめんどくさそうなタスクがアホ程待っているわけだが、ひとまずは危機を脱したわけだ。それ自体は祝うべきなのかもしれない。帰って来た。保護対象をちゃんと保護して。誰一人欠けることなく。あろうことかヒトガタ超常を蝕む脅威の1つを排除して。
「大体お前だよブニ!魚臭えったらありゃしない!」
「そりゃ魚介類だからねえ。」
「ブニって鮫なの?人なの?どっちなの?」
「カイさんの言う超常なんじゃないかなあ」
「カイ殿以外の全員がそれだぞ」
「平ぁ多分ブニは平の事見えてないと思うよ」
「む」
何で帰宅早々ここまでうるさくできるのか解らん。コイツら多分出会ってから一番活き活きしている。相対的に元気過ぎてこっちの祝う気力を削られている気さえした。
「おいコラ」
「……」
「何だソイツ」
ハンドボールサイズの頭部に左右不均等に大きな目玉を搭載し、その下部から小さな胴体をチマっと伸ばした、形容するなら「黄色くてキモい何か」を手にしたユタが振り返る。
「……した」
「……何て?」
「召喚、した」
「何を」
「コイツを」
「何なのコイツ」
図書館での研修で何度か耳にはしたが、実際この目
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