Too young to cigarette.
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この世で1番美味いタバコの煙を吸ったことはあるか。俺がガキの頃に兄貴から課せられた宿題だ。今もそれは吸えていない。

うら若き女子中学生時代、俺と兄貴は揃って良い子だった。母校が低偏差値で絵に描いたような不良行為が横行していた掃き溜めだったから相対的にそう見えたのかもしれない。だがまあ兄貴はいつも黒髪を短く切り揃えていたし俺は瓶底眼鏡に三つ編み、両方とも成績優秀文武両道、穏やかで口数こそ少なかったが周囲から舐められることはなかった。

だからこそ、校舎の裏側で兄貴の未成年喫煙を目撃した時は数秒固まった。固まって、兄貴に何故タバコを吸うのか問いかけた。兄貴は笑ってはぐらかした。

それから、俺と兄貴の校舎裏密会が始まった。俺は兄貴が何故タバコを吸うのか分からなかった。優等生だったからと言うのもあるが…ガキがタバコを吸うというのは仲間に俺は大人だぞと誇示するためであり、同時に俺はそいつの仲間だぞという同調圧力の下で吸わされる。兄貴は1人でタバコを吸っていた。自分を強く見せたいわけでも誰かの仲間になりたいわけでも、なかった。だから分からなかった。何故兄貴はタバコを吸うのか。

俺は兄貴のことを理解したかった。兄貴がタバコを吸っているのは俺しか知らない、俺しか理解者になれないからだ。俺も兄貴を真似てタバコを吸おうと1本強請ったことがある。だが兄貴はいつもの笑顔でこう止める。「お前にゃタバコはまだ早い」

それから1ヶ月後、兄貴が行方不明になった。警察は見つけられなかった。ただ泣くことしかできなかった我が家に、警察を名乗る明らかに警察ではない連中が来た。奴らが去って行った後、この世界から兄貴が存在しないことになった。存在していないので俺達家族は悲しみも思い出も忘れ、俺は1人娘として日本最高峰の大学に受かった。

そのまま財団にスカウトされエージェントになって、任務でヘマやらかして性別が無くなり…何?うるせえんだけど。分かってるよ、「存在していないことになったら、じゃあなんでお前は兄貴のことを覚えているのか」だろ?

財団エージェントとしてオブジェクトと相対した後、大抵俺の頭には記憶処理剤やら記憶補強剤やらぶち込まれる。その時偶然、何かの弾みで俺には兄がいることを思い出した。俺達家族は財団に一般人用の記憶処理されていたわけだ。

俺は財団に問い詰めた。兄貴に会いたいと。そうしたら財団はこう答えた。「色牧さん、君はお兄さんに会えない。どれだけ偉くなろうが財団に忠誠を誓おうが、会うことは出来ない」と。

最初の話に戻ろう。この世で1番美味いタバコとは何か?それに俺は「何も考えずに吸うタバコ」と答えよう。

俺にとってタバコとは嗜好品であると同時に、頭の中をスッキリするための道具だ。最初から思考が整理整頓している状態ではほとんど吸わないし、そんな時に吸っても頭にはどこからか邪念が湧く。

だから、俺の目標は大層なもんじゃない。この話は俺がタバコを吸う話。それもシリアスにじゃない、そういうのは俺には許されていない。ふざけながら、ヘラヘラして、そういうのだ。財団の物語にそんなジャンルを許さないという心情を持つのは全く自由だ、そういう人はここで別れた方が良い。

そうでもない人は、長い前置きを聞いてくれてありがとう、俺の名前は色牧 隠葉いろまき くれは。舞台は近畿地方。それだけ覚えて読み進めてくれれば大丈夫さ。



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夜、大阪。この時間帯になると平日のど真ん中だろうと人でごった返す。スーツを纏ったサラリーマンが多く、次は彼らを捕まえようとする客引きだろう。学生も見ている分にはそこそこ割合として多いように感じ、繁華街で楽しそうに遊ぶ集団と塾を目的とした集団の2分割で区分される。どちらもあるべき、正常な姿だ。

人波を少し離れた橋の上、道頓堀のど真ん中でぼーっと見つめてタバコを取り出す。中途半端に切り取った包装、少し潰れた紙の箱、その中にあるのは宝石以上の価値を持つ俺だけの宝だ。火に貴賎はなく、ポケットの底に押しつぶされていた100円ライターを無理やり取り出す。灰を生み出す煙を口に含んで吐き出す瞬間は何ものにも変え難く、一切の苦痛を寄せ付けない。俺の指の間から立ち上る煙はまるで運命の赤い糸かと錯覚するほどに愛おしく、そしてどこにも繋がっていない。それがいい、それでいい。俺はタバコが好きだった。

流水に反射するネオンの光は夜の黒に負けない紫色だった。往来が行き交う橋の上でアコースティックライブをしているあんちゃんは、すっかり顔なじみの大学生だ。

「お前の、人生に、付き纏う、影を…」

歌うのは毎回オリジナル曲、今回はいつもよりも遅い時間に弾き語りを始めたようだ。俺は眼前に立ちながら、彼が警察官に注意されて歌を遮られるのを待って、観察している。

「往来の邪魔になりますので、演奏を中止してください」

「僕は、ただ、晴らして…なんだよもう!いつも良いところで遮りやがって!この曲の良さ分からへんかなあ?」

「良さとかじゃなくて、邪魔になりますんで…」

「分かった、分かったよ!お巡りさんヒッピーの音楽って聴いたことある?ちょう最高なんだよ。いつか俺の曲も理解できるから!」

ちょっと署まで、などという大事にはならず大学生はすごすごと去っていく。ただでさえ少ないギャラリーがいよいよいなくなり、最初のうちは諦め悪くキョロキョロと見渡していたあんちゃんも店じまいだ。

「あれ?にばんは?にばんにばん?」

彼の後方にいた異形に関しても同様の失望だった。横に裂けた口から漏れる呪詛は、捕食のためのトリガーである「橋の上で2番の歌詞を歌う」を達成できなかったためだ。ずんぐりした足とは裏腹に素早く非実体化のまま俺の視界から消えてしまった。もうこのやりとりも何度目なのか、あいつ以外の人間がどんな歌でも2番を歌えばそいつが標的になる。財団の技術によって視認が可能であるため一般人からは見えず、かつ橋の上から絶対に離れない。

冷酷を謳う財団にしては随分と遠回りで合理を欠いた「やり方」、まあ道頓堀の真ん中にある橋を永遠に封鎖するよりはこうして人間による監視をつけた方が安上がりなのだろう。俺が今所属しているサイト-81KKは財団サイトの中でも指折りのデカさで指折りの奇特さだ。

スマホに短いメッセージが来る、「事務所、なるたけ早く」。

俺は警察官に偽装した特別収容プロトコル専任エージェントに、遠目からここを離れる旨のハンドサインを送る。唐突な話であったため「どうかしましたか、私も行った方がいいでしょうか」と反応があった。極力目立たないよう胸元よりチョイ下辺りで1本、2本、3本と指を立てた後に横にスライドする。

警官に扮装したエージェントは「そりゃ自分は行けんわ」と言いたげな顔を了承の代わりとした。これは俺ことエージェント・色牧が世間の体裁を感じることなくフラフラ出来るタチだからであり、それに伴う偽りの立場を財団様から賜ってるからである。

ただまあ、三矢組からの緊急ともなるとめんどい案件か…道中に喫煙所あったっけなと思いながら、俺は練工路ビルへと足を進める。



対抗犯罪セクション、犯罪行為を行うGoIたちとの渉外を主とする部署。これだけ聴いた諸君はまず疑問に思うだろう。この部署の具体的な業務内容、すなわち異常絡みの反社たちとはどういう交渉をするのか。答えは至極単純、犯罪行為には犯罪行為を以て接敵するのである。

堀から少し離れ、土産屋や飯屋のネオンが僅かながら治ったように感じる通りに練工路ビルは建設されている。そこを1棟丸々保有しているのが「財団のフロント極道組織」、我らが三矢組である。

ビル1階は受付と事務のお姉ちゃんの休憩室で構成された、普通カタギの事務所のような作りになっている。俺はお姉ちゃんに来訪の受付を済ませ3階へと上がり、左側6番目のドアを勢い良く開けたのちに中腰で礼をする。

「お疲れ様です!因琶もとべの兄貴!」

「…色牧さん、話の途中にブッこむんはともかくとして出会い頭にちょけるんはやめてくださいよ」

「あ〜?いや悪い悪い。久々にここ来るからよ、若頭のアンタに気合いが伝わるようにな」

3本の白い矢の意匠があしらわれた代紋エンブレムの下、自分のデスクに腰掛けていた男が俺のボケを適当にあしらうと深いため息をついた。彼の機嫌が露骨に悪くなったのを見てあたふたしているのは新入り君だろうか。俺は出来る限りなんてことはないような口ぶりで言う。

「因琶さんがわざとらしいレベルでデカいため息つくのはクセみたいなもんだから。ほらなんかあるでしょ?6秒怒らないようにすれば怒りが収まるみたいな。だからため息はアレと同じ同じ、全然怒ってない怒ってない。本気でキレたらすごいぞ〜」

「ウチの若いもんにあることないこと吹き込むために来たんですか?あなたは」

因琶 彰太郎もとべ しょうたろう。犯罪対抗セクション所属の財団職員、三矢組若頭補佐、偽名かどうかは分からん。そこを知られちゃマズイだろうし知らなくても俺にはどうでも。

言われてしまった皮肉にやりすぎを感じたので反省の意を込めて肩をすくめる。因琶がデスクの手前にある応接セットを掌で指したので、大人しく下座の方のソファに座った。

資味頭しみず以陶いとうが行方不明です。半日前、マドプロの事務所カチコミに行ったことはご存知ですか?」

「いや、突入任務の件は初耳だ。窗橋まどはしプロダクションっつーとイチガのフロント疑惑が前々から噂されてたな?」

「ここ2ヶ月特に、大型のロケ車が窗プロからホーマ院へ定期的に向かっている証拠ウラが取れました。死体ホトケを運んでいるならともかく、ホーマ院で出来たモンを事務所に運んでいるならば…」

「一般社会に漏出するリスクがあると。そこだけ聞くと割と無茶な突貫作戦に聞こえるな」

「準備不足が原因のロストではありません、絶対に。資味頭も以陶も『ホーマ院の住人』にやられたんです。」

「ホーマ院の物品を危惧して事実を確認しに行ったが実際に運ばれてきたのは、物品ではなく人員…?」

ホーマ院。危険要素「撃滅」に指定されている要注意団体である市俄会の所有するアノマリー。元々は日本土着の「ケガレを燃やし尽くし、その対象をより良い品質にする」といった旨の異常儀式を執り行う祭壇場だった。そこを市俄会がカチコミにより侵略、ホーマ院そのものがケガレと悪辣さを纏う危険地帯となった。

「悪意を持ったホーマ院が今欲しているのは物品なんかじゃねえ、人間ってことか。市俄会が『調達』する人間と物品を物々交換している可能性が高いか?」

「侵略によって格付が決まった市俄会がそんな気遣いするはずないでしょう…と言いたいところですが、複数の情報筋から推察するにホーマ院は暴走しつつあり、市俄会はそれを抑えるための『生贄』として人間を運んでいる可能性が」

骸工と同じ末路かよ、機械のスイッチ切れなくて生産ライン稼働させちゃあ世話ねえな」

喋っているとタバコが吸いたくなってくる。寄り道はそこまでに話を進めよう。

「シミちゃんとイトーの最終確認場所は?…まさか窗橋プロの事務所だって言うんじゃねえだろうな」

「やはり冴えてますね」

「ざけんな!人員のロスト場所が分かってんなら救出専任機動部隊の出番じゃねーか!俺が両肩にホトケさん担いで行けってか!?」

「その理由も、アンタなら分かっているはずです」

因琶の上目遣いに俺は唇を噛んだ。そうだ、俺はふうと吹けば消えるような火、鉄砲玉より軽いBB弾、路傍のシケモクなのだ。「条件」を飲んで、財団職員の身分を振り翳しながらここまで好き放題「生かされている」。俺が恐れているのは因琶の眼光そのものではなく、その背後にある冷酷で、俺が属している組織に他ならない。

「…チッ!稲城いなぎ主任に言っとけ!自分テメェんとこの人的資源が惜しかったら最初から本物ヤクザ顔負けのカチコミなんかすんなっつーの!」

「証拠も準備も万全だった作戦って言いましたよね…それに本物顔負けじゃなくて、行政工分的にもウチは歴とした暴力団ですよ…一応」

「うっせバーカ!記憶力が赤ちゃんなのもイライラしてんのもニコチンが足りてないの!灰皿どこ!?」

「全フロア禁煙となっておりまーす」

ちょうどお茶と豆菓子を持ってきてくれた受付のお姉ちゃんに横から釘を刺されてしまった。口寂しさを紛らわす腹いせとして眼前のテーブルに置かれた緑の液体をグビッと一気に飲み干す。

「…刺青すみ彫ってるくせに禁煙率100%なのねェ〜、いやァ〜…クリーンな職場でございますことォ〜…」

「俺たちからしてみりゃ、色牧さんが吸いすぎなんですよ。ここは自分たち1人1人に引っ付いた血の匂いで鼻が曲がって狂っちまうのに、アンタの紫煙の匂いと言ったらそれを忘れちまいそうなほど『煙たい』や」

因琶がその眼光を細めたような、緩めたような気がした。

「一体その若さで、ナンボ体に悪い煙を肺に入れてきたんですか?」

因琶には申し訳ないが質問の意図が分からない。質問の意図が分からなかったので俺は意味深にフンと鼻を鳴らし「外で吸えば文句ないだろ」と席を立った。もちろん本気で吸いたかったのもある。だが大部分はカッコつけて飲んだ緑茶のせいで、火傷した口内がベロンベロンに剥けたのを誤魔化すのが理由だった。



エージェント、言葉の意味は仲介者や代行者。「異常なものをしまい込み管理する」というお題目の組織においてこれほど字面だけで仕事を予想するのが難しい職業もない。博士や研究員、収容担当スペシャリストなんかは瞬間的に理解しやすいだろう。では潜入エージェントや撹乱エージェント、収容エージェントなどはどうか。これまた分かりやすい。

そうなのだ。昔の財団ならいざ知らず、2023年ともなると普通枕詞に分かりやすさ優先の単語が来るのだ。ならば俺はどうか。

そんなものはない。俺の肩書きはエージェント、そして俺はエージェント・色牧。それだけである。

死体2つは詰め込める想定の車を敷地外、しかし出来る限り近くに目立たず駐車する。KEEP OUTの黄色いテープが通せんぼをするその裏口、もちろん許可は貰っているもののどこか悪い事をした時のような心境で窗橋プロダクションビルに煙をモクモクさせながら入場する。事前の情報だと資味頭と以陶はこのビルにいる、すなわちホーマ院へは連れ去られていないらしいため地下駐車場は1番最後に後回しにするルートで捜索を開始する。

「…ふうん、なんか…」

室内に入ってまず目に入ったのは、凄惨な抗争の痕。それと対照的に感じ取ったのは漠然とした違和感。

呪詛凶器や呪詛返し、死霊術特有の残滓である黒い靄が深夜でもはっきり見える。前者2つは三矢組も使うが死霊術までともなると…

「窗橋プロがクロだったか、市俄会がケツモチだったか、『ホーマ院の住人』か…どの道クロ確定じゃねえかよ」

違和感の言語化は敢えて口にせず、探索を進める。階段を上がった2階のすぐ、大きく開けたロビーのような空間に、それはあった。

「………」

俺が見る限りでは間違いなく資味頭と以陶の死体だった。遺体に付着した危険異常性の有無確認、全身の撮影、毛髪をそれぞれ1本ずつ取って簡易的遺伝子検査キット使用による本人確認。

<司令部、今送った資料から現場判断では対象の職員2名と思われる。そちらで詳細な解析を頼む。>

お決まりの事務的文言を支給スマホから送信し、即座に返信が返ってくる。間違いなく資味頭と以陶であり、遺体に不可解な点が多々あるので「多少今回の回収任務で損傷したとしても」持ってきてほしい。

「…さて」

現場では致命的な数秒のロス。合掌していた手をほどき下げていた顔を上げる。まずなぜこの遺体はここに放置されていた?これが1つ目の不可解な点。そして、

「ひっでえ、ズタズタだよ」

2人の背中に彫られた刺青が無くなっていた。まるで粘着性の強いシールを子供が無邪気に剝がすかのように、資味頭と以陶2名の背中の皮がべロリと剝ぎ取られていた。まあこちらの方はある程度の推測は立てられるが…

三矢組、すなわちサイト-81KKの対抗犯罪セクション職員は刺青の着装を義務付けられる。これは異常芸術セクション主任である茅野きさら発案監修のもと、図式化対抗ミームだの肉体強化施術だのが織り込まれた異常芸術アナート作品なのである。この刺青により市俄会の最も得意とする戦法、呪詛行為による奇襲カチコミに対抗できる。

「主任は皆おっかねえ事考えるなあ、そんな人が昔は博士ポストで現場出てたってんだからすげえ時代だったんだわな…」

つまり市俄会にとってはただのモンモンではなく厄介な盾となり得る。故に真っ先にそこを狙われた、とすれば筋は通る、のだが。

「…おかしくねえか。この傷跡、」

まだ新しい。爪のような痕のある背中はまだ赤の残っている黒色だ。それに抗争の最中に、わざわざ上半身裸にさせて刺青を部分的に損傷させるのではなく皮ごと剥がした?そこまで悠長な地獄ではないはずだ。

「いやまあ、異常兵器で因果関係どうとでもできる以上は戦法の手間から推理の糸口を掴んじゃいけねえんだけどさ」

漠然とした、口には出さなかった違和感がここに来て確信に変わりつつある。俺は顔を確認するために、うつ伏せになっていた2つのホトケに、無防備な様子で触れようとした。

「…!」

「やっぱりかよ!」

違和感があった、ずっと誰かに見張られていた!場所までは特定できないが、俺が死体に触ろうとしたことで相手は激しく動揺している!

「や、やっぱりって…わ、ちょ、わわぁ!?」

取り出しましたるパイプ葉巻、口から煙を一切逃すことなく俺の肺に送り込み周囲に向かって大きく吹きかける。40秒は続くロングブレスにようやく引っかかった。

「窓際端っこ、カーテン裏か…」

「ふえええ!?なん、なんでえええ!?」

「喫煙健康流奥義64式『パイプソナー探知法』だテメー!」

窓から脱出する黒い影、俺はそれを追うべく大阪の夜に飛び込んだ。

正直に言う、俺は舞い上がっていたんだと思う。

声の主は若い女の子で、俺は身体能力に関して絶対に負けないと踏んでいた。シミちゃんとイトーの下手人のツラを一刻も早く張り倒したかったのもあった。ここは2階だから飛び降りる抵抗も少ないだろうと踏んでいたのは…流石に言い訳できないかもしれない。いやでもアニメ声の女の子がビル外壁を登るか降りるかだったら普通降りる方選択しない?

「えっ?」

「ひいいい!誰かたっ、助けてくださあああい!」

地面に誰もいない事を瞬時に認識し、不味ったと思い空中で姿勢を180度変えるまでは良かった。その時に声の主の姿を観測した俺は、思わず素っ頓狂な「えっ?」を出してしまった。

右手を軸にして下半身を上に浮かす、壁に靴を引っ掛けて腹筋の要領で上体を起こす。両手でパイプをひっつかみ、よじ登るのではなく梯子でも使っているかのような小気味よいテンポで上を目指す。

パルクールのような、足場をしっかり確認し重心を変えない安定性を重視した競技用の登攀とは全く違う。完全に無我夢中で勘を頼りにしている。「野生児」という他ないほどにデタラメで見事な速さだ。

「ぃえぇ?…ってうわあああ!何で落ちてるんですかあ!?」

こちらを確認した女の子と目が合う。クリっとした双眸、平行四辺形のような大きい耳、マズルと言われる鼻、驚愕を示す大きく開けられた口、似たようなオブジェクトを見たことがあった。オオカミじゃないんだよな。何だっけ…ああ、そうだよ。思い出した。

「…ハイエナだ」

アノマリーだと仮定して、このまま逃げられたらまた始末書コースだなあ…と、地面に後頭部が打ち付けられるまでの数秒、他人事のようにそう思った。



「───それで?受け身も取らず頭を打ったにも関わらず、始末書だけは嫌だと強靭な精神力で気絶することなくすぐさま立ち上がり、君たち2人は20分もの間、休みなしの全力疾走で追いかけっこを続けていたと」

「はい」

「ううっ…ぐすっ、怖かったよ、怖かったよお…」

サイト-81KKに「文字通り」3人分の荷物を担いで死ぬ気で生還した偉大なる俺ことエージェント・色牧を歓待したのは、アノマリーと同列に扱われながらの事情聴取であった。

「ホント、ビル内でやってくれて助かったよ…んで?鬼役の人はどんな追いかけ方したらここまで泣かせちゃうの」

「そりゃ…鬼の形相で?痛っ」

「色牧、お前いい加減にしろよマジで」

紙の資料でパンパンのフォルダーで俺を殴ったこの人は部隊司令部セクションの易々打いいだ俊介。俺のリードを握る人間のうちの1人。シュッとした顎に四角い黒縁メガネ、痩せぎすだが鋭い眼光を隠し切れないそのオーラは、三矢組の連中よりよほどフィクションから出てきたみたいなインテリヤクザな風貌だ。

「このままだと質問したくても取りつく島がないよ。せっかく事態が進展しそうな重要参考人連れてきたってのに」

「はい、返す言葉もございません」

飼い主の言葉には反論せず、ただ私が悪かったですと言う。流石にその処世術が分からんほど俺もバカではない。

「ごめんなさいねホント、質問に答えてくれたら早めにこの鬼から開放されますから」

「そんな交渉この世にあるはず無いんですが」

反射的に突っ込んでしまった。前言撤回、俺はバカです。

「ほ、本当ですか…」

「嘘やん効くんかい」

ハイエナとヒトが半々ぐらいに混ぜられた女の子がクスッと可愛らしい声量で吹き出した。それを確認した易々打は柔和な笑顔の仮面を被りながら少し前傾姿勢になり、机の前で腕を組むようにして聴く姿勢を見せる。

「名前は窓鹿まどか リヤラです。19歳で、2ヶ月前までフリーターやってました…赤羽の端っこ辺りに住んでいて…」

「赤羽って、埼玉の?」

「フリーターなのによくもまあ大阪まで来れる足用意できたもんだ。実家がそうなのか?」

俺の茶々に窓鹿は大きく目を見開いた。…薄々気づいてたけどリアクションが素で大袈裟だな。

「えっ?ここってお、大阪なんですか!?」

「んお?そうだけど…?」

「その口ぶりだと、自分はいつの間にか連れていかれたと言いたげですね。何か事件に巻き込まれたとか」

易々打の優しい口調とは裏腹に、窓鹿は大きく肩と声量を落とし始めた。

「私、VELKOMMENってホストクラブで仲の良い男の子と喧嘩しちゃって…お金のことなんですけど」

VELKOMMENの名前が出た瞬間、俺は心の中でマジかよと顔をしかめた。互いに顔には出ていないにせよ、易々打も同様だろう。

「それで私ヴァイシャリっていうお金借りれる所に行って、スセくんの為にもっと貢がなきゃって」

ヴァイシャリまで出てきた…マジかよこの子、本当に一般人だよな。何で生きてんだ?

「それでお金返せなくって…家に来た男の人に今のバイトよりずっと稼げる所知ってるから、そこに行けば出るとこ出るのはやめるし借金も払えるって」

そういやそうだわ、この子が元は普通の人間だったって考えるとまあ死ぬよりも酷い目に合ってはいるのか。

「それで玄関先でハンコ押せって言われて、押したら意識が無くなって、目覚めたらこうなってたんです…」

にしても…なんか話が要領を得ないな。断片的に分かるエピソードもどっちかと言えば窓鹿側が軽率で破滅してるし…オブラートに言うんだけどひょっとしてこの子あんま賢くはない…?

「目覚めたら、と仰いましたがその時あなたはあのビルにいたということでよろしいですか?」

「そうなんです…!目が覚めたらすごい大きな音がしたから部屋から廊下を見てみたら、男の人たちが殺しあっているのを見ちゃって私、私…!」

まあヤクザの標的にされる人間ってそういう類の人間だってことなのかな。なんかフィクション特有だと思っていた生々しさが現実にあることを見せつけられると変にメンタルダメージあるなあ…

「それでここでじっとしていればスセくんが来てくれると思っていたけど、なんか急に左肘のあたりが熱くなって、そしたら、そしたらお腹が空いて、でも美味しそうに見えたのは食べ物じゃなくて…」

窓鹿が泣きじゃくりながら来ていた服の左袖を捲り上げる。咄嗟に俺は易々打の前に庇うようにして出て、易々打本人は目をぎゅっと瞑り更にメガネの上から両手を覆う。

「…?どう、したんですかぁ?」

ジッ、と10秒ほど見つめる。俺の中の財団知識を総動員してその箇所を確認する。易々打の右肩を4回軽く叩き、認識災害の類ではない普通のものであることを伝える。

易々打も確認した窓鹿の左肘付近、そこには《護摩院謹製加工品》のタトゥーが彫られていた。



「助かったわ、結果的には何もなかったけどな」

窓鹿リヤラは詳細な異常性究明のために保安・収容セクション預かりとなった。一時的に、というのが引っかかる物言いだが…俺たちは火のついていないタバコを口に咥え、更に唇を人差し指と中指で隠しながら話をする。

「どういたしまして、俺ぁふうと吹けば消えるような火、鉄砲玉より軽いBB弾、路傍のシケモクなもんで」

「復唱もばっちりできてる、お前の首輪まだ錆びていないみたいだな?」

「…どうなんすかあの女、あっこから更に詳しい話聞こうと思ったら根気要ると思うんですけど」

「お前が読んでいる報告書のインタビュー箇所はね、音声記録の完全書き起こしって文言がない限り報告書執筆者が体裁整えてんの」

「マジか~読みやすくしてくれてありがとう~」

「…どう見る?シケモクくんは」

「いや~噓ついてるか隠していることあるっしょ。窓鹿リヤラを最低限話せるまでメンタルを和らげるために当事者の俺を隣に置いてインタビューしたんでしょ?残念ですが俺は良い警官にも悪い警官にもなれないっす」

「根拠は?まさか喫煙ナンタラ法による勘ですなんて言わねえよな」

「窓鹿リヤラが言っていた『男の人たちが殺しあっているのを見ちゃって』は多分窗橋プロの突入作戦でしょ。そしてその後に俺も窗橋プロ事務所に入っていったけど、窓鹿リヤラを見つけられたのはまあまあ後になってからです。好戦的な要注意団体と接敵中だからってそんな簡単に財団職員の前から姿くらませられます?」

「認識阻害の類が切り札としてあると」

「気配は感じたんで単純に透明化とかじゃないんですか?知らんけど」

易々打が眉間に皺を寄せながら、先ほどよりも更に唇を動かすことなく話す。もう腹話術といって差し支えない。

「…なんでハイエナなんだろうな」

「うーん確かに」

「肉食動物ってハイエナより有名な動物いるにはいるし…」

そこで易々打は言葉を濁らせた。まあ俺も口にしたくはない、資味頭と以陶の屍肉を貪っていたのだろう。ただの肉食動物ならまだしも、屍肉喰らいのイメージで1番強いのはハイエナであるという連想ゲームなら納得感がある。

「各所に身元の確認は取れたんですか?」

「まあアパートの大家と不動産、元勤務先の飲食店には。ちゃんと本名だったよ。まさかVELKOMMENとヴァイシャリにまで行けって言わねえよな?」

「敵対組織に今これ以上喧嘩売れねえっすわな」

そろそろ本気で吸いたくなってきたな…俺は本題に入った。

「その癖して俺にはもう1度行けって言うんですよね?窗橋プロ事務所」

「俺も心が痛むんだよ、分かってくれ」

「この3流エージェントが出る幕どこですか。というか突入目的なんですか、重要参考人はゲットできたしロスト職員も全部回収しましたよね?」

言葉による返答無し。易々打はポケットから4つ折りにされた紙を取り出し、広げた先の内容をじっと見る。

「…単刀直入に言ってくれます?」

「捕縛した奴からのインタビュー内容。窗橋プロダクション所属のタレント28名、それ以外の従業員74名。全員が女性であり、何らかの異常介入による肉体改造が行なわれていた」

「それは窓鹿みたいな?」

「複数のインタビュー証言で『私たちはおかしな整形手術をさせられたあと、ヤクザさんにおかしな場所に連れてこられて、その体でヤクザさんの趣味の悪い欲求を満たしている』と出た。若頭補佐の因琶君からホーマ院へ出入りしている不審な車の話は聞いたな?」

「その私たちって、窓鹿みたいな境遇の子がほとんどってことでいいですか」

「ああ、それでな?ハッキリ言って突入作戦は失敗だったんだわ。こっちが節穴だった」

なんだ今更と言いたげな私の顔を眼球の動きだけで確認して意地の悪い声を出す。

「人員消耗の話じゃない。プロダクションの人間が異常介入による肉体改造を受けていたのは下衆な理由だけじゃなかったってことだ。『ホーマ院の住人』がカチコミにキレた結果構築済術式を発動して、そいつらの主人である『住人』とそういった人間以外。そいつらの出入りを不可能にしてしまった」

「は?…つまり?」

「81KKが持ってる札の中で今の窗橋プロに入れるのは窓鹿リヤラと…」

異常介入による肉体改造。そりゃもう心当たりはビンビンにある。性別無くなったんだもん。

「俺ですか」

「後から正式に通達されると思うけど、お前の目的は窗橋プロ事務所内部にあると予測される結界を構築している術式をぶっ壊すこと。結界の条件は『異常な介入によって肉体を改造させられた人間』。そんな奴お前とあの娘しかおらんから機動部隊も突入できないってわけ」

俺は易々打に納得できないと顔に出して鋭く睨んだ。

「第一回目の捜索の目的は?」

「裏なんてねえよ、そのまんま行方不明の職員捜索。まあ目的は救出じゃなくて呪術の人柱になってるかどうかの確認だけどさ」

理屈は分かる。財団ヤクザは全員体に呪術を「彫られている」。そのエネルギーが悪用される可能性だって、否定はできない。

「俺だけなんですよね?作戦に出るのは」

易々打は肯定も否定もせず、嫌なところを突かれたと目を泳がせているだけだ。

「冗談じゃねえっす、窓鹿リヤラは重要参考人であるという前提を理解していて本当にこの作戦を立案したんですか?」

「このサイトはそのあたり柔軟だと思ってたんだけどな」

「81KKは確かに他の大規模サイトよりも特徴的な方針ですけど、それは組織に属している人間が全員プロフェッショナルだからです。議論を交わしている超常フリーランス雇用問題や日本支部バージョンのアルファ-9計画だってKKは一貫して否定派閥の先頭に立っている。特にKKは81ETを始めとした周辺サイトとの縁故が昔から成り立っている以上、それ以外のサイトを含めた『部外者』への技術提供は寛容であれど、そいつらが懐に入り込むことに関して容赦はない」

ひと呼吸、そこにあるはずの存在しない煙を吸い込み続ける。

「実質傭兵業のような形態をとっている81UOは例外です、我々の基盤が卓絶しているのは新規性を伝統の上に成り立たせているからだ」

「キャリアなぞ短時間でいくらでも立てられる、でっち上げなどしなくてもな」

「少なくとも日本のプリ学に通信教育コースも定時制もありませんよ?」

「…色牧、お前声震えてるぞ」

易々打は笑っているのか心配しているのかよくわからない声色で、咥えていたタバコを離した。

「まるでお前が言ってたこと全部、てめえ自身のブーメランみたいだって暗に示しているようなもんだ」



俺という存在、すなわち色牧 隠葉いろまき くれはにはとても満足にタバコを吸えなかった時期がある。指揮していた機動部隊が壊滅して、その責任を問われた時だ。意外だし優秀だろ?俺ってば機動部隊の統括もしてたんだよね。

きっと、ハナっから使い捨てだったのだろう。既定路線だったのだろう。あいつらが死ぬことも、路傍にうち捨てられたシケモクがすべての責任を被ることも。

財団の人的資源の中で俺が真っ先に切り捨てられて構わない存在価値なのは分かってた。その上でその話に乗った。だが、拘留期間にタバコの1つ満足に吸えないのは聞いてなかったんだよな。その時期は随分イライラしてたんだと思う。

くすんだ色したパジャマみたいな服を着て、監視カメラに囲まれた部屋。脳味噌と肺に蓄えたニコチンが底をついて朦朧とする意識。どう見ても末期喫煙者の幻覚だ。でも実際にそうなるんだから仕方ない。俺はタバコにいつの間にか支配される側になっていた。そこに訪問者が現れた。

「本当に久しぶりだな。なんて格好だよ色牧司令官」

「ゲン…」

蔦井ゲン、特別編成機動部隊ゆ-49(“Play a Death”)の生き残り。全員が死ぬ前提で構成された機動部隊の隊長であり、イレギュラーによって生き残ってしまった男。

「この間、行ってきた。サイト-81TG

「びっくりしただろ。そもそも夢瓶にあんな簡単にアクセスできる所からインフラの進歩を感じたわ」

「ああ、見事なもんだ…」

「お前らの功績だ」

もっと詳しく言ってみろという、無言の圧を感じる。俺は年下の功労者の目をまともに見れなかった。

「俺のじゃない」

「ニコチン欠乏って記憶障害も引き起こすのか?お前が牢屋に入っている理由を言え」

「トカゲの尻尾切りだ。『死亡運用前提の機動部隊』っていう道理を通すためのスケープゴート」

「責任を取ってくれた。今度は俺たちが助ける番だ」

「助ける?いつ助けた」

自然と口から笑いが漏れる。その嘲りは自分に向けられたものだった。

「お前を灰にしなかった時点で、不完全燃焼のシケモクにしちまった時点で恨まれて当然の人間なんだよ。俺は」

「そういう例えをするなら最後まで吸い尽くしてみろ」

「うるさい!目の前のお前がタバコに見えちゃっただけだもん!」

「情緒怖すぎ、そこまで発狂してるなら物品申請しろよ…」

気持ち悪かった。お前らと俺は本来関わるべきではないという拒絶の心、お前以外全員死んだ、お前だけ死なせてやれなかったのに星のように真っ直ぐな目をしているお前と話すだけで心底吐き気がする。

「言いたいことはそれだけかよ」

「色牧、あんたこれからどうするんだ」

どうやらそれが本題らしい。

「どうするって…逆に聞くけどよ、お前が財団に軟禁させられたらお前自身の意思で何でもできると思うのか。これまでと同じだよ。俺は財団に首輪ハメられて生きていく」

ゲンの目を見る。かつてそこにあった星座の輝きが欠けてしまっては、どのような神話を俺に伝えようとしているかなんては分からない。

「ただ1つ違うのは今度はタバコを吸う時間も自由にできない、上の人間に管理されるってことくらい」

沈黙があった。何のための沈黙だったのかは分からなかった。考えたくもなかった。

「色牧隠葉。性別は無性、年は25、財団に入ってから万年現場エージェント。昇進も昇級もない」

「走馬灯の代弁?大きなお世話すぎ」

「よくぞまあこのキャリアでいち機動部隊の司令官なんて任せられたもんだ」

「…さっきも言っただろ、体裁よく生贄にする為のお飾り役職だ。死ぬ前提運用の機動部隊なんてキャリア気にしてる奴らからしてみればいつ爆発するか分からん危険物だ。安全に処理するには誰か1人に押し付けた方が合理的だろう」

「その体裁を気にするなら最低限のキャリアは必要だろうが」

俺はタバコが好きだ。そしてこの世で最も美味いタバコの吸い方は「何も考えずに吸うタバコ」だと、「考えている」。

思考は雑味で、不安は余計な呼吸だ。何も考えたくなかった。美味いタバコさえ吸えればどうでもいいと、思っていた。

「現場で1人フラフラ奔走していたやつがいきなりまとめ役の立場になるのが上手な生贄の作り方か?中坊でもおかしいって気づくわな」

星が煙の中にいる俺を照らしている。まるで欠けていないかのような眩い光で。まるで「俺すら知らされていない」煙に巻かれた嘘を暴こうとするがごとく。

「色牧隠葉、短期間でどんなキャリアの立て方をした?俺『たち』に何を隠している?」

蔦井ゲンの目には今も映っているのだ、未だ存在しているのだ。先に星となった6人が。

「いや…違う。『お前は何だ』?」

・・・

・・・

・・・

・・・

・・・

・・・

「…さん、色牧さぁん…?」

「ああ、どした?」

「易々打さんとの話し合い終わりました…それであの、私は…」

全くもって歯嚙みすることばかりだ。確固たる形を持たない煙みたいに、その場の空気に流されるばかりでロクな選択なんて出来やしなくて。

「ま、するつもりもねえけれど…」

「え、ちょ、こ、ここって禁煙ですよお…?」

「すまん窓鹿さん、どうやら上の人間たちは重要参考人という『体裁』を建前に、君をとことんまで巻き込むことに決めたらしい」



封鎖された廃ビルの真ん前でぼーっとタバコを取り出す。中途半端に切り取った包装、少し潰れた紙の箱、その中にあるのは宝石以上の価値を持つ俺だけの宝だ。火に貴賎はなく、ポケットの底に押しつぶされていた100円ライターを無理やり取り出す。灰を生み出す煙を口に含んで吐き出す瞬間は何ものにも変え難く、一切の苦痛を寄せ付けない。俺の指の間から立ち上る煙はまるで運命の赤い糸かと錯覚するほどに愛おしく、そしてどこにも繋がっていない。それがいい、それでいい。

俺はタバコが好きだった。何も考えずに、何も感じずに済むから。何も感じなければ首輪がもたらす重さもないようなものだと、兄が2度と会えない事も違和感として思考するほどのものでもない事なのだと、なあなあで思えるから。

「突撃前の一服は終わったか?なら改めて…」

「機動部隊突入のための内部結界の捜索、破壊、ならびに機動部隊突入後はサポート。結界破壊前に『ホーマ院の住人』と相対した場合は臨機応変に行動せよ、ですよね」

無線の向こう側、護送車の運転席に座っている易々打が肩をすくめる様子が見て取れるようだった。助手席には窓鹿リヤラ、貨物部分には待機中の機動部隊がびっしり。そういう段取りになっている。

「お前がしくったら追加人員の投入がある事も忘れるなよ」

「させませんから安心してください、絶対に」

「あ、あのう…」

横に割って入るアニメ声が聞こえてきた。

「わ、私全然大丈夫です。そりゃ色々起こりすぎて怖いけど、巻き込んだやつをリョーシンのカシャク無くぶん殴れるなら喜んでそうしますから!」

なんでこんなに肝座ってんだよ。ひょっとしてクラブで破滅して借金する生き方を後悔してないのって、まあまあ肝っ玉の持ち主だったりする?いやアホなだけか…

「…はぁ、突入開始」

そう言って俺は、本当に結界なるものがあるか疑わしくなるくらい窗橋プロダクション正面からすんなり突入していった。



ネオンの喧騒が通り1分離れた室内。ロビーの照明は当然点いておらず、それがかえって暗さと不気味さを漂わせる。火も暗闇も貴賎などないのに錯覚とは不思議なものだ。

「色牧さん、行っちゃいましたね」

「行ったねえ…」

「あ、あの易々打さん」

「うん、どうした?」

「色牧さんはぶっきらぼうに済ませちゃったけど私、詳しく復習してもいいでしょうか…?」

「全然大丈夫!むしろそれが普通だって」

マップは2階までなら頭に入っている。今回は明確に1部屋ずつ虱潰しにして進まなくてはいけない。

「まずあの、その結界を作っているイチガカイ?というのは…」

「ヤクザだね」

「ふ、普通じゃ、ないヤクザ、ですよね…?」

「うん、彼らは裏社会のプロであると同時に呪術師でもある。恨み、怨念、怨霊、負の情動の具現化エネルギー。それらから発生する超常現…オカルト現象をざっくり呪術と言い、彼らはそれを使いこなす」

「ひええ…」

財団の探知用の機械は使えない。ビル内に呪術の残滓が残っておりチャフのような役割を果たしている、故に手作業での虱潰しだ。

「市俄会はアメリカン・ネオシカゴの傍流である以上、呪術の手法には北米や南米のエッセンスが取り入れられているが… 市俄会が日本で見つけたホーマ院の呪術は違う。正真正銘日本産100%の呪術だ」

「何か違うんですか…?」

1階のクリアリングを素早く行い階段を登る───

どご、と。俺の体から変な音が聞こえた。それに知覚した瞬間には、俺は踊り場から大きく吹っ飛ばされていた。

体を起き上がらせる。音のした箇所を確認。左肘よりやや下、そして腕に挟まれるように左脇腹。腫れている感触がする。折れているかまでは分からない。確認してもしなくても無理して動かすからどうでもいい。

「うーん、ホーマ院の呪術はインドや他アジアと同様に密教経由なんだよね」

「みっ、きょう…」

「開教、部派仏教、大乗仏教、そして密教。ブッダから連綿と続いていった仏教の最終進化形みたいなもんかな?大きな特徴としてはまず『既存の仏のイメージからの脱却』。窓鹿さんはナントカ明王みたいな名前って知っている?」

「聞いたことくらいはあるかも、しれません…王って言っているけど仏様なんですか?」

「うん。それまでお馴染みだった穏やかな仏の顔ではなく明王、そしてマハーカーラーといった強く逞しい仏の体躯を偶像としたのが密教。次いで密教の大きな特徴といえば『呪術を取り入れたことによる一般層へのアピール』」

先ほど足をかけた踊り場からタッ、タッと足音だけが聞こえてくる。目と耳を頼りに最大限その気配を追いかけ、足と手を地面につけ胴体をスレスレまで下げる奇妙なクラウチングスタートのような体制を取る。

「ぶ、仏教なのに呪術を取り入れるって…?」

「当時の───主に農民たちの───庶民層で活発だったのが呪術だった。様々な呪いを熾す行い、それらを密教の宣教僧たちは時に現世利益を絡めながら密教として取り入れていった。故に、仏教圏の呪術には密教の法則や教えがどこかしらに取り込まれている。そして最後が…」

「最後が…?」

「これは言っていいものかなあ、仮にも女の子に」

「だ、大丈夫ですっ。仮にも私、色牧さんの相棒でシューヨー対象ですのでっ」

「…意味わかって言ってる?それ」

「あうへぇ…」

同じように階段を目指し駆ける。しかし今度はスピードを明確に上げて。見えない気配が迫る、迫る、目前に。

完全に勘以外の何者にも頼らないタイミング。そこでクン、と体を思い切り左にズラす。敵が迎撃しようと攻撃したそこに俺の姿はなく、まだ橙と赤の火がついた1本のみ。

「密教最大の特徴3つ目、最後は『教理に性愛を取り入れた』ってこと」

「せい、あい」

「セックスのことだね」

「…あっ」

「ごめんね〜!?ホントごめん!」

「いえいえっ!易々打さんに言わせちゃったのは私なのでえ!」

やっぱ判別方法は「色」、そして「温度」ね。そう呟いて横側からとりあえず膝蹴り。クリーンヒットの感触は確かにある。だがすぐに起き上がるサインの音、そして埃が舞う様子が確認できる。

「それまでの仏教では煩悩の一種として不要とされてきた『色欲』、すなわち他者の肌の『温もり』。それらに理解できないような超常的な力が宿っていると密教教義に示されている。ヤブユムとか見たことある?すんごいビジュアルだよアレ」

「ほえー…」

「それでね、『ホーマ院の住人』が窓鹿さんをはじめとした窗橋プロの女性たちに何をしたのか覚えてる?」

「『私たちはおかしな整形手術をさせられたあと、ヤクザさんにおかしな場所に連れてこられて、その体でヤクザさんの趣味の悪い欲求を満たしている』…あっ!」

膝越しの感触からして生物っぽい体組織ではある、足音の感覚からして4足歩行。…どうなんだろうな、体構造が生物モデルならどんな異常でも呼吸させなければ死ぬ。問題は「色」と「温度」というキーワード。

試したいことがある…ここからは探索モード再開だ。

「うん、『ホーマ院の住人』が女体を求めたのは純粋な欲望もあるのかもしれない。でも僕も色牧も呪術起動の燃料が欲しかったんじゃないかっていうのが見解だ。ホーマ院の使う日本産100%の呪術が密教由来なら、そこに『性愛を基にした負の情動』が燃料として存在してもおかしくない」

「ホーマ院が欲しがっていたのは私たちそのものじゃなくて、私たちを性的に襲って発生する呪力だったんですね…」

「…それだけなら半分正解かな」

「え…」

姿の見えない気配から逃げながら手当たり次第にドアを開ける。無い、無い、ここでもない。どこだ給湯室!

「窗橋プロダクションビルに張られた呪術結界の内容は覚えてる?」

「『異常な介入によって肉体を改造させられた人間』…」

「よく覚えてた。そしてホーマ院の存在理由だった『ケガレを燃やし尽くし、その対象をより良い品質にする』という命題。逆に言えば、その命題を遂行し続けるには『ケガレ』の存在する、不完全な物品をホーマ院は常に欲していた。そして今は市俄会の侵略によって存在理由は歪められ、不完全な人間をこそ欲して攫っている」

「私みたいに改造させられて不完全な人間ばかり集めていたのは、本当にホーマ院の生贄を作り出すためだけだったんだ…」

あった給湯室!ガスは…まだ通ってる!ここに来るまでに拾った新聞束に火をつけると勢い良く燃え上がった。それを適当な方向に投げ捨てると、追跡してきた気配は明らかにその方向に向けて方向転換した。

「…ホーマには『泡沫』や『宝満』、『逢魔』といった言葉が内包されていたりそれらが訛ったものだという見解があったが、密教系統の呪術に大きく傾倒しているならば『護摩』の意だろうというのが今日の主流だ」

「ホーマ、ゴマ。ホーマ、ゴマ…」

「供物、犠牲、生贄を意味する言葉。元々は別の宗教で行なわれていた火を用いる儀式のみを指していたが、密教がそれを呪術的儀式として取り入れた結果『聖なる炎の浄化によってケガレを祓う』ものだとして一般層に浸透していった。この行為に科学的根拠はない。儀式というのはそれを信じる人間が行えばより燃え盛るのだという超常的なものなのだから」

火の勢いは増し、明るくなったその中には何かがもがき苦しんでいる様子がさっきよりも格段によく見えた。明らかにそれが燃料としての役割を果たしており、肉弾戦や銃よりも良く効いているように見える。なんか呪術的な相性なんだろうな、予想が当たった。俺の勘も捨てたものではない。

にしても…こんなことならショボい火しか使えない100円ライターしか持ってくるんじゃなかった。というかそもそも大事なライターのオイルをタバコ以外で使いたくない。

生贄を燃料に燃え上がる火が消えるまで目を離したくないという理由もあり、俺は給湯室にマッチやジッポライターに準ずるようなものがないかしばらく探すことになった。



「あ、あの…色牧さんって、どういう人なんですか?」

「…それも必要な確認?」

「ごめんなさい!作戦中にそんな暇ないですよね本当に忘れて大丈夫ですのであの」

「色牧、進捗状況」

「3階まで見た、まだ」

「了解、屋上に着いたら再報告」

「了解」

「…で色牧のパーソナリティだっけ?」

「余裕あるんですか…?」

「確認したからね、そうだな…まあ最初に思いつくのはヘビースモーカー?」

「あはは…」

「いつも適当なこと言ってる。あとは…最近は反抗心どころか自分の信念すら擦り減ってきた、っていうのかな。ずっと前から煙みたいなやつだったけど最近は流されなくていい流れにまでフラフラついて行ってしまう」

「つ、疲れているんでしょうか…」

「疲れている?…まああながち間違いでもないのかもかな」

「………」

「………」

「…あ、あのその、そういう方っなんですね。ありがとうござい」

「人事ファイル」

「へ?」

「アイツの人事ファイルにセキュリティクリアランス認証が必要な項があったんだ。それも最上級の」

「せきゅ…?」

「初期の財団にはそういう人事ファイルも多くあったって聞いたことはあるけど、職員なら自由に閲覧できる文書にそんな項目デカデカと載せちゃあ秘密主義が聞いて呆れる。SCL5なんて俺はおろか色牧本人ですら人生全部キャリアに捧げても閲覧不可能だろうよ」

「『色牧さん本人にすら知らされていない』秘密がある、ってことですか…?」

「………」

「す、すんごい目見開いちゃった…間違ったこと言っちゃいましたよねごめんなさい!私昔っからバカで」

「いや、逆逆。ちゃんと察しがいいじゃん。心の中でバカにしてたのに」

「ええ…?ひどぉい…?」

「窓鹿さん、窓鹿リヤラちゃん。ちゃんと君にお願いしたいことがある」

「お願い…追加の指示とかですか?」

「ううん、アイツのこと…色牧隠葉をよろしく頼むなって」

「え?」

「俺はこれからいなくなる。まあ元々財団職員ってやつは最善択じゃなくて妥協案だったからそれはいいんだけど…情が移っちまった。あんなヤニカスにありえないと思ってたのにな」

「いなくなるって…え?辞めるってことですか…?」

「本当だったら君は一生収容室の中だったんだ。君を前線にまで巻き込んだのは財団の判断じゃなくて、俺の独断。ここまでの無理を通して職権も乱用して…まあどの道懲罰は避けられないや」

「辞めるから、もう自分のことはどうでもいいからそんなことを…?」

「ああ、色牧は首輪付きだ。君が新しく調教しなくても従順だけど、君とアイツが築いていく関係が主従じゃなくて構わない」

「………」

「主従でも友達でも、相棒でも?なんにでもいいからアイツ支えてやってくれないかな?」

「いや…いや…話が分かってないです。わ、私社会とか雇用とか全く知らないバカですけど、そんな簡単に辞められるんですか?それに…」

「こちら色牧、こちら色牧!」

「こちら司令部の易々打、緊急か」

「逆だバカ!どうすんだ、結界なんかどこにも見当たんねえ何もかも順調のまま屋上まで来ちまったぞ!透明化してるわけでもなさそうだ!」



ビルの屋上の、少し錆び付いたドアを開ける。ギイと長年油を挿していない金属の音が想像以上にうるさくて、遮蔽クリアリングも意味ないんじゃないかと一瞬思った矢先に、その異形の姿を視認した。

外見のイメージとしては阿吽像が最も近い。体躯は2.5mくらいだろうか、鍛え上げられた筋肉のバッキバキ加減は人間の肉の感触がしないことは遠目でも分かる。

石から彫りましたと言わんばかりの威圧的な全身。その周囲にはくすみがかった炎が新体操選手のリボンのように不規則な、しかし綺麗な流線を描き纏わりついている。顔面はフード…というより薄い布?を目深に被っており深夜の暗さでは判別できない。改めて注意深く観察すると、阿吽像よりも昔実物を見たナントカ大明神って仏像を思い出す。名前は思い出せないけど。

「お前が『ホーマ院の住人』ぽいなあ」

体のコンディション。左腕が腫れているが問題なく動かせる、左脇腹の痛みは気合でどうにかなる、右太股の裂傷も動きを阻害するほどではない。深呼吸、肺は問題なく。

「よっし最高ォ!」

最優先目的の呪術結界が存在しないまま『ホーマ院の住人』と鉢合わせたのならそいつを締め上げて吐かせるべきだろう。実際屋上とは殺風景なもので変なお札とか方陣とか、祭壇とか?そんなものは見当たらな───

「そこだ」

「…っ!!」

俺の本能だか危険察知能力だか分からんが、さっと横に避けて正解だった。でなければ肩をザックリ持ってかれただけではなく致命傷だっただろう。

「避けたなあ、見事見事」

「やっぱし呪術の特性は『透明化』かよ…おかしいって気付くべきだったわ!」

本体は透明化せず、所持している長物武器にのみ透明化の呪術を施す。自身の肉体を囮にするという4足歩行の獣は思いつかない、強者か戦闘狂しか採用しない戦法。

長物持ちなら距離はいらない、積極的に懐へ詰める。注目するべきは『ホーマ院の住人』の手元の予備動作動き

「ぬぅん!」

「っとオ!」

手元の動きからして剣、あの体躯で掛け声と共に振り回しているあたり重い。呪術の儀式で使う祭祀刀かとアタリをつける。ここまで予想できても獲物の射程レンジが分からないからこそゼロ距離戦法なのだが…

「まあ、予想はつくものぞな」

「噓だろ!?」

腰を全然入れていない軽い張り手、それだけで俺はあっけなく宙を舞う。明らかに力の入っていないあしらい方だったにも関わらずこの膂力かよ?伊達に肉体デコイ戦法してませんってか…!

「さてさて…む?」

「ハッ…ハッ…燃えちまえバーカ…!」

給湯室にあったありったけの可燃性のアレコレが点火された状態で『ホーマ院の住人』の鳩尾に落とされている。俺がなんとか決死の特攻で懐に入り火を点けた。

「お前の呪術の特性、下の獣どもと同じならお前自身の体も良く燃える体質だろ…?」

「ほお、少々見くびっていたか。名将の観察眼よな」

「そらどーも…さあタイムリミット付きでお前はどう───」

「ならば、これはお前の目にどう見える?」

先ほどまでの勢いが噓のように火が消えた。いや違う。やつが周囲に纏っていたくすんだ炎が俺の炎を燃やして消した。そうとしか言えない消え方だった。

「冥土の土産に教えてやろう」

ぶん、と。空気が強い揺らぐ音がしたかと思えば。俺は見えない刃に貫かれていた。

「ホーマ院は炎を重視する。炎とはケガレを祓う光なれば、より格式の高い炎は他の炎のケガレすらも祓うのだ」

意味わかんねえ。タバコが点ければ一緒だろ、炎なんて。そう言いたかったが致命傷らしい。

『ホーマ院の住人』は剣に付いた血を払うついでに俺を屋上の端っこに吹き飛ばす。申し訳程度に設置されたはみ出し防止の金網に助けられその場に崩れ落ちる。居場所がここしかないと言いたげに主張している灰皿が設置されていた。

「はぁ、あ…どこもかしこも室内禁煙、だもんなあ…」

司令部になんとか告げる。

「機動部隊全隊…ビル囲んで待機しとけ…多分俺はダメだから、こいつが街中に被害出す前に…」

《ダメなんて、絶対ダメですっ!!》



甲高いアニメ声が、通信機越しに聞こえてきた。

「いやいやお嬢さんさあ…俺が1番ダメなの分かってるの。俺ぁふうと吹けば消えるような」

《そっ、そういうことを!お決まりの文句を聞きたいわけじゃありませんっ!》

えっ、泣いてる?なんで。追いかけ回して拉致して危険に晒した、対して交流もなかった相手が死ぬの、嫌がってんの?

…もうどうでもいいか、死ぬんだし。

「動かねえんだもん、体…でも近くにちょうど灰皿あるからさ、映画とか小説とかでお決まりの…アレだ。『最後の1本』ってやつ…?やってみたかったんだよね…」

《え、縁起でもないことをそうやって!ポンポンポンポン言っちゃって!私だって怒るんですからねっ!》

どうでもよくなった人間というのは、どうでもいいお喋りに興じるものなのだろうか。体が動かないとこの口でほざいたくせに、今の俺は語り足りないようだ。

「なあ、この世で1番美味いタバコの吸い方知ってるか…?」

《…知りませんよ、そんなの》

「俺は『何も考えずに吸うタバコ』だと思う。頭ン中がごちゃついた荷物で一杯の時に、スッキリするために吸うんだ…」

《…分かんないです、スセくんは吸ってたけど私は吸わなかったので》

「それでな…何もかも思考を放棄した頭でごちゃごちゃした現状を見ると、自然とこう思えるんだ…」

「『しょうがない事なんだ』『別にいいんだ』って、簡単に言えるようになる…」

《………》

もういいだろう。武人気取りだと偏見を持っていた『ホーマ院の住人』も俺の手にあるタバコに気づいたらしく、死ぬ前にそれだけは吸わせてやると明らかに情けをかけている。だからといって不自然に待たせ過ぎたら吸う前に殺されるだろう。吸わせてくれよ、最期くらい。

「俺にとってタバコは、頭を空っぽにして、諦めの悪い自分に諦めを受け入れさせるための嗜好品だ…俺は、大きな流れに立ち向かえないフワフワした煙なんだって、そう自覚させるための道具だ…」

「だからさ…こうやって死に際の『最後の1本』を吸ったなら、きっと死ぬことだって仕方ないと思えてく───」

《ごめんなさい、色牧さん。私1つ噓ついてました》

「…あ?」

《私、体がハイエナになってから死んだ動物のお肉…ええっと屍肉って言ったっけ。それを食べることに興味や衝動が出てきたって言いましたよね》

「インタビューでな…」

《あれ噓です。物心ついた時から屍肉食に興味があったんです》

「…へぇ」

《道端の猫の死体とか、自殺しちゃった友達の葬儀とか。どう心に蓋をしても口の中はよだれでいっぱいで。生きている人たちにはそんな気持ち持たないから、カニバリズムとは違うんですけど…》

「そんな性分だからハイエナになった、因果が逆かもってこと…?」

《そう思います、人の目を盗んでこっそり食べたことだってあります。でも良い気分になることは全くありませんでした》

「味覚まで変なわけじゃないのね…」

《もうまっずいんです、最悪です。でもやめられないんです。なんでか自分も分からないんです。だからそのうち『なんで自分は屍肉食に興味を持ってしまったんだろう』って答えを求めるために屍肉食をするようになりました》

「求道者の思考だあ…」

《色牧さんもそうしてください》

「…は?」

《『なんでタバコを吸い始めたんだろう』って思い出すために、頭の中スッキリさせてくださいってことですよ》

………

なんで…?

「汝、その葉巻を吸わないのか。それとも吸う前に事切れたのか…どちらでも同じか」

全身に力を込める。円筒形で銀色の灰皿をなんとか支えにして立ち上がる。震える手でタバコを取り出す。俺の血で汚れた包装、衝撃でぐしゃぐしゃに潰れた紙の箱、その中にあるのは紛れもなく、宝石以上の価値を持つ俺だけの宝だ。

火に貴賎などは決して無い。ポケットの底に押しつぶされていた100円ライターを無理やり取り出す。

灰を生み出す煙を口に含んで吐き出す瞬間は何ものにも変え難く、それでも全身を苦痛が襲う。俺の指の間から立ち上る煙はまるで運命の赤い糸かと錯覚するほどに愛おしく、それなのにどこにも繋がっておらず寂しそうに宙を漂っていた。それがいいのか、お前は。それでいいのか、俺は。

俺はタバコが好きだった。でも。なのに。

ハッキリとした喪失感があった。何かを忘れたフリして、心の底にしょうがないと、別に構わないと押し込んだものがある。俺の隣に常にタバコと共にあった存在、俺をこんなタバコ好きにしてくれやがった存在。

「兄貴…?」

兄さん。兄さんだった。





ずっと、財団で首輪に繋がれていた。最初は反発もした。

「…なわけ、ねえだろうよ」

理由は分からなかった。なんとなく、自分は財団に都合の悪い存在なんだろうなと思ってきた。だが経験を積んであらゆる異常を見ていくたびに、自分はオブジェクトよりも酷い抑圧環境にいる気がしてきた。

「立つか、そして立ち向かうか…!良い、構わぬぞ」

兄さんに会いたくて財団に入って、俺はもう兄貴って呼んでいる、兄さん呼びはガキっぽいから卒業したって。そんな取り留めのないことまで紫煙でかき消してきた。

収容チーム 博士: 色牧さん、君は君のお兄さんに会えない。どれだけ偉くなろうが財団に忠誠を誓おうが、会うことは出来ない

色牧 隠葉: [なんだよそれ、ていうか拘束を外してくれよ。なんで俺は猿轡を咥えているんだよ]

収容チーム 教授: 我々も彼の行方を知りたがっているのだ。358年ぶりに当該次元に出現したタイプ・パープルの存在を

色牧 隠葉: [言葉どころか、声すら出ねえ。薬品か何か注射されたな]

収容チーム 研究員: 愛煙家の魂魄具現者は他にも仲間を引き連れてインシデントを発生させたと聞いていますが、財団と連合のどちらも足取りを補足できていません。やはり例のGoIかと…

色牧 隠葉: [そんな名前で呼ぶな、俺の兄貴を]

収容チーム 記録書記: 未来予知の能力を持つ紫煙体保持者に関する記述ですが、やはり「名を奪われている」ようです。プロトコルの一環としてあらゆる記録や我々の記憶から本名の情報は削除されるでしょう

色牧 隠葉: [なんで、どうして]

しょうがないんだと、諦めたんだと、爪を嚙むみたいにタバコを吸って。そんな有様が「1番美味いタバコ」だとカッコつけて。

「そんなわけ!そんなわけねえだろうがよお!!」

「…何ぞ、その気迫」

「この世で1番美味いタバコなんて!兄貴と一緒に吸うタバコに決まってんだろうが!!」

吠える。ビル群のど真ん中で。夜空を背にして。

「『キメラハイエナ』ぁ!!」

合言葉の数秒後、アイツはマジで来やがった。ビルの外壁を登って。人間業ではないデタラメな登攀で。

「色牧さん!色牧さぁん!」

「早え!楽な体制でおぶれ!優しく運ぼうとなんて思うな!早よ行け!」

「どこへ!?」

「ぬうん、新手か…!」

ハイエナの背の中で不敵に笑う。口の中に溜まった血をタバコの煙でスモーキーに炙って。まっずい味だよ全く。

「おめ~そんなん決まってるだろ~!バカと煙はなあ!」

「了解!飛びます!」

「最後まで言わせてえええ!!」

体中にかかる負荷を受けながら、上昇してるのを全身で感じた。屋上から更に大体ビル2階ぶんの高さまで窓鹿と飛んだところで何かが光った。

「壊せ!アレだ、結界の源!」

「了解!」

星が瞬いていて、その中でも特に月が主役であるかのように一際大きく輝いている。そんな夜空に届かんとするように、ネオンライトが地上から真っ直ぐ進んでいる。その光たちを反射している、透明化した石のようなものがあった。

「バカと煙はなあ!高い所に大事なものを隠すんだよ!」

窓鹿と共に全力でぶん殴る。ハイエナの鈎爪と俺の喫煙健康流奥義86式「おんぶされたまま全力パンチ」がクリーンヒットする。ヴェールのヴの字も考慮しないハチャメチャな作戦だが、色牧隠葉はこれでいい。シリアスとは程遠い、だけどもふざけずヘラヘラせず。全力でやった結果バカみたいな画になる俺の物語で、俺のジャンルだ。

なあ、兄貴よ。今回の1件は良くも悪くも、俺の中の色々な価値観を変えるきっかけとなった。ひょっとすると火にも優劣があるのかもしれない。

今の俺の心にあるのは後悔、悔しさという火だ。他人からしてみれば、ともすれば俺本人も汚い火だと見えることがあるのかもしれない。

でも。俺はこれがいいんだ。諦めて諦めて、何本も無駄にしてやっと気づいたなけなしの熱なんだ。

だから兄貴よ、俺の火よ。それが汚れた諦めの悪さ炎の光だとしても、俺を照らしてくれないか。あわよくばタバコも点けてくれ。

吐き出した一息で全てを見捨てるためじゃない。紫煙と共に呼吸をして、共に夢を見るために。



「…お前、また来たのか。ったくここまで不良生徒に転落しちゃうとさあ、兄さんは責任を感じていますよ」

「そっちの方がずっと不良だって?いや、俺は妹と違って目的があってサボってタバコ吸ってるんだから」

「何だ、言ってみろってか。…まあ、占い道具なんだよ。兄さんは実は占い師なんだ、ジャジャ~ン!」

「待って待って待って!先生に言うな!いや誰にも言うな!証拠!?分かった見せるからあ!明日また来い!お前の未来を当ててやる!」

「…今ここでやれ!?そ、それは無理だ。兄さんの占いはな、使うと物凄いエネルギーが周囲に充満するから勘のいい人間が気づいてしまうんだ!…あー、具体的に?CIAとか、メンインブラック…」

「違うんだって!マジなんだって!マジで言ってる結果シリアスに聞こえないだけなんだって!」

・・・

・・・

・・・

・・・

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「よく来てくれた。それでは兄さんがタバコの煙からお前のテスト結果を当ててやろう…」

「国語91点、数学87点、化学87点、世界史95点、英語筆記84点、英語リスニング77点!ワァ凄い、高得点だあ!リスニングが最低点だけど気にしなくていいんだよ、リスニングなんてそういうもんなの」

「ま、多分渡されるのは4日後からでしょ。採点もまだ済んでない先生だっているはずだ…ん?なら何で言い切れるんだって?言っただろ占いだって~?真面目にやってきたんだってチクられないた…信じてもらうために!」

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「よ。随分興奮してやってきたのを見ると、占い合ってただろ。百発百中なんだ兄さんの占いは…」

「なんだ?あのタバコに何かあるだろ、私にも吸わせろって?はぁ…」

Too young to cigaretteお前にゃタバコはまだ早い.全く、もう少しガキ卒業してから出直してきな~?」

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「すっかりお前もここの常連になっちまって…家族なら家で会えるだろ?そんなに不良モードの兄さんに会いたいか?」

「…別に。占いなんて大したもんじゃない。それで未来が変えられるかも分からないし、変わらないのかすら分かってないんだから。ならそれは幻想と同じだろ?」

「何だと?お前口ごたえ…いや、違うな。美味いタバコの吸い方も知らないガキンチョに俺のタバコを分けたくないっていうのもあるかもな?」

「そんなに怒るなら早く大人になって、『お前だけの世界で1番美味いタバコの吸い方』を覚えてから来いよ。そうしたら考えてやっから~」

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「…ああ、あの連載な。面白いよな、お前も追ってるんだ」

「あと2ヶ月したら打ち切りになるぞ、悪いけど」

「…そうだな、占いだ。本当嫌になる、自分が好きで守りたいものほど奪われる未来が見えちまう。頭の中に余計な荷物が増えていく感覚だ。俺には救えやしないのに…」

「だからこそタバコで頭スッキリさせたいんだけど、俺は向いていないらしい…ん?占いの話だぞ?気にするな気にするな!…な」

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はぁ~あ、結局兄さんがタバコ吸わせてくれなくて随分経つんだけど。まだダメなの?

「ん?ああ、そうだったな。タバコな。思えばそこからが始まりだったな」

どうしたの?なんか歯切れ悪く、ない…え?兄さん?

「ごめん、ごめんな。隠葉くれは、よく聞いてほしい。兄さんと会うのはこれで最後なんだ」

待って、泣いてるじゃん。待ってよ。

「父さんや母さんにも最初は迷惑をかける。でも大丈夫だ。そのうち俺がいたことなんて綺麗さっぱり忘れちまう。もちろんお前とこうして、たくさん話し合ったこともだ。だから安心してほしい」

意味が分かんない…ちゃんと話して?本気で信じちゃうじゃん、ねえ!

「占いなんてものは…占いなんてものは役に立たない。どれだけ吉兆の方角に筮竹が転がっても、どれだけ水晶玉の中のビジョンが澄んでいても、どれだけ最高の絵柄が正位置で出てきても…時間が俺たちの旅にに押し付けてくるのは、いつまで経っても飲み込めない別れと、予想だにしていないハチャメチャな出会いだけだ」

…でも、それでも。兄さんの占いには意味があったよ。楽しかったよ。話せて嬉しかったんだよ。

「…そうだ。毎日が希望だった、原動力になった。その歩いていく時間が、今からは離れ離れになってそれぞれ歩いていくだけだ」

…事情すら話せないような事なの?

「ああ…」

やっぱり、未来が見えている人は見え方が違うんだ。ずっとそう。思わせぶりなことばっかりで何も、何も話してないじゃん…

「…すまない」

まだまだあるんだよ!話したいことだって…タバコだって!そうだよ!これで最後だって言うなら1本私にも分けてよ!それがダメだっていうなら…どこにも行かないで…

「ダメなんだ。ごめんな、隠葉」

どうしてよ…!

「子供のくせに、って俺が言うたびにお前は大人だから、なんて言い返してきた。お互い2つしか違わないのに」

「お前が大人になっていく様子を見ていたかった。俺の知らないところで1人色んな経験をして、時には調子に乗って、時には挫けながらも未来に旅していくお前の姿が本当に…本当に楽しみで、俺の守りたい未来だ」

「占いなんか気にするな!これからずっとハチャメチャなことが起きるだろうけど、その度にカッコつかない背伸びして引っ搔き回すくらいが丁度いい未来なんだから!」

兄さん、兄さん…!

「ずっとそう言って俺を慕ってくれたよな。本当に嬉しかった、ありがとう!でもな、いやだからこそ…」

「「Too young to cigaretteお前にゃタバコはまだ早い.」」

…ほら、言うと思った。

「…分かってるじゃん。ちょっとはガキっぽくなくなったか?」

しょーがないから笑顔で送り出してやるよ!私も…いや!俺もガキじゃねえからな!兄貴!

「なんだそりゃ!取ってつけたような言葉遣いと涙でグチャグチャの笑顔しやがって!」

うるせぇ!いつか大人になって兄貴が言ってた「お前だけの世界で1番美味いタバコの吸い方」だっけ?絶対見つけて一緒にタバコ吸ってやる!だから、だからさ…!

「おうよ、また会おうぜ!良い旅を!」



「…牧さん色牧さん色牧さん色牧さあああん!!起きて起きて起きてえええ!!」

「ハッ!ひょっとして意識トンでめっちゃ懐かしい夢見てた…?」

「もう限界なのは分かるんですけどおおお!!このままだと地面に落下するのでお知恵を貸してくださあああい!!」

大分意識がはっきりしてくると今置かれている状況が理解できた。俺はまだ窓鹿におんぶされている状態で、屋上から着地地点を外れて地上に垂直落下中らしい。

「んんん…!窓鹿!俺を地面に向かって背にしろ!足離すんじゃねえぞ!」

「な、何をするんですか~~~!?」

「フン!」

ボロボロの体に力が入っているかどうかすら分からないが、特に手首辺りに力を込める。スーツの袖から骨を持たない筋肉の塊が飛び出してきて、ネチョリネチョリと音を立てながら俺たちに密着してクッション代わりとなった。

「こ、これってえ…」

「ああ…?触手だけど」

「色牧さん触手持ってたんですかあ!?しかもこんなにたくさん、こんなにぶっとい!」

「あんま大きな声で言うなよ?結構な人数に秘密にしてんだから…」

「は、はいっ!」

地上になんとか着陸した俺たちを横目に機動部隊がドカドカと、結界の効力を失ったビル内に突入していく。装備には聖抜済みの火炎放射器やら明らかに普通ではない松明に揺らめく青い炎などを持っていた。

「手際良すぎじゃね?」

「い、色牧さんがいってたじゃないですかあ。車から出て待機しとけって…」

「ああ…なら俺のおかげか…」

これで俺たちの任務は終了か、そういう空気が2人の間に流れている。ほんの僅かな静寂だったが、言わなくてはいけないだろう。

「本当にすまなかったな、巻き込んじまって。もう俺には会うことないだろうし安心していい」

「え、嫌です…」

「嫌ですって言ってもなあ…エージェントって基本的にフィールドワークだし」

「なら」。そういって俺の目の前にハイエナの両手が揃えて差し出された。

「タバコください、お別れに」

一瞬、手が止まる。

「…じゃあ」

「はい」

「テメエの年言ってみろ」

「あと8ヶ月で20歳ハタチですっ」

「変に誤魔化してるけどじゃあ19歳じゃねえか!全然ガキじゃねえか!」

「ガキじゃないですもん!ガキじゃないですもん!」

「俺から言わせてもらえりゃ『Too young to cigarette』だガキぃ!」

「と、トウー?ヨウング…?」

「中学英語の範囲内だろうが!やーいバーカバーカ!」

「ひ、酷い!易々打さぁん!」

ああそうだ、まず易々打に報告しなきゃだ。

「全くこっちが苦労して調べた弱点の炎、アイツ最初から知ってたなオイ…?」

「私にも護送車の中で教えてくれましたっ」

「許さねえクソが…ん?」

着信音。無線ではなくスマホの方だからだ。相手は因琶 彰太郎もとべ しょうたろう

「もしもし、色牧だ。どうした因琶、作戦中だって知って…」

「そっちに易々打いますか!?部隊司令部セクション、易々打俊介!」

「いやさん付けしろよ、何だ?一、体…」

全身が凍る、ありえない可能性に今直面していると。待ちわびた瞬間が今、来てしまったと直感している。

「色牧さん!易々打がクロでした!絶対逃がさないで───」

「色牧さん…?ちょ、ちょっとお!?」

全部聞いている暇はない。護送車のドアを強引に開ける。

「…易々打」

「ご覧に!ご覧になられましたか『2代目』よ!私はやりました、台本通りに遂行しました!ですからどうか、どうか不肖私めを貴方様の人形パペットに───」

ぽん、とコミカルなSEが易々打の腹から鳴った。そして易々打であったものはそこに無く、護送車の大きな運転席には黒いボタンの目をした、易々打をデフォルト化した人形だけが置かれていた。

「易々打、さん…?」

「俺から離れるな!」

窓鹿を庇うようにしてその場を離れる。が、遅かった。俺たち2人はもう護送車の中にもビルの前にもいなかった。

「え、え、えっ。ここ、どこ…?」

「…転移アポートだ」

伝統がありそうな劇場のようだった。舞台から最も遠く、出口から最も近い最奥の立ち見席に俺たち2人はいた。

「易々打俊介は…私の計画に魅了されながらも完全に染まってはいなかった」

舞台から、誰かが来る。いや、遂に会うことになる。

「自身の理性と板挟みになりながらもそれを表に出さず、君たちの無理筋がすぎる出撃命令を上に通して見せた。敏腕だね、それとも慕われていた?君たちを誘い出す罠のセッティングだとは知らずに」

財団から、世界から、俺から。兄貴の名前を奪ってしまった、攫ってしまった敵。

「最後には隣のキメラハイエナちゃんにお前を託していったんだぜ?色牧隠葉。いいねえ、魅了に対して体は抗えずとも心まではってやつだ。ま、キメラハイエナちゃんがペーペーの一般人なのを考えるとよほど藁にでも縋りたかったらしい」

心の底から殺したい相手、GoI-8136。

「初めましてだよな?妹の方は。そしてキメラハイエナちゃん。良心の呵責なくぶん殴れる敵をご所望らしかったので、馳せ参じた次第だが…」

“博士”DOCTORS…!!!」

「では、楽しもうね?諸君」


本作品はEianSakashibaEianSakashiba個人進行の連作-JP「エージェント・色牧のoperation:special cigaret」に属しています。

作中の人物ならびに展開は全てフィクションであり、現実は決してこの限りではありません。ご了承ください。

スペシャルサンクス: 執筆系Discordサーバー「撲殺食堂」、rokuroururokurouru様、FireflyerFireflyer様。本当にありがとうございました。

色々あとがきとして書きたいことはありますが、時間もないし疲れているしで後日にしようと思います。申し訳ありません。

とりあえず収容違反インシデント006、楽しんでいきましょうね!

淡い願い 脆い期待 抱いた小さな掌

握ったラッキーライドの 瓶の蓋

時間 諮問 自問自答 反面教師達曰く

答えがないのが答えだって 一体なんなんだ?


http://scp-jp.wikidot.com/too-young-to-cigarette

文字数: 44591

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