ToC²aTa:スターアサルト
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『乱入した人型実体は"魔法少女"を名乗っていた。現在、我々は三つ巴の膠着状態にある』

ToC²aTa:スターアサルト

想定通り収容対象を包囲。想定通り周囲に侵入防止の二重包囲網を張り、臨戦態勢を確保。

ここで想定外その1。収容対象が、強い。臆病を誇る財団の見積もりでも少し足りない程には。だがこれはあくまで想定内の想定外だ。つまり、よくある事である。後は増援まで時間を稼ぐか、捨て駒としてデータ収集に務め「次」への布石となるかの2択。


報告を終えた機動部隊が-7隊長こと───ナマクラ 夏芽ナツメ
PM3:45。彼は襲い来る頭痛と胃痛に向き合いながら己のバイザーを睨みつけていた。


『これ下手に動くとどっちかに潰される奴スよね?』
『その可能性が高いんじゃねえかな。後者にその気があるかは知らんが』
『取り敢えず足りませんね、情報が。収集と報告の基礎に沿って行くしかないです』


絶えず流れる通信。死線が肌を掠めている緊張感と、プライドの混ざった卑屈な笑み。


第三次指定異常実体収容作戦。その目標たる怪物。通称「夜道怪」と呼称される菩薩を模した機械兵装は、前報告通り3メートル程の全長に対し些か大きな笠を深く被り、寂れたゴーストタウンに佇んでいた。左手には丈の長い錫杖を握り、菩薩のガワの継ぎ目からは機械的な光が漏れている。第二次作戦の際に確認された超常法術、所謂邪径技術の類も確認済み。ゴーストタウンへの誘導が成功した時点で、その危険度が想定よりも遥か上の物である事は誰の目にも明らかだった。

影を媒体とした仮想質量の具現、操作。夜道怪の操るそれは、脅威的な汎用性と破壊力を保持している。


『夜道怪さん動きましたね。これ私達気付かれてんですかね』
『収容目標は一般人の吸収、摂食をする可能性がある。まずは奴を場に留めないと』
『あぁ、これは隊長としての見解だがな、俺達が察知されたというよりは───』


迅速に、かつ限りなく粛然と鈍は建物の屋根から屋根へと飛び移っていく。刀を差してある脇楯が揺れ、鎧型のヘッド・マウンテッド・ディスプレイは絶えず対象を捉えている。夜道怪を付かず離れず実働部隊の4人で包囲しながら、じっくりと臨戦体勢を維持し続ける。今は只、それしか行動の余地が無い。何故か。

爆音。

破裂の如く振動する空気と純白の閃光が鈍の視界、その右後方を支配する。分かっちゃいたが一々心臓に優しくねぇな。独りごちながら振り返った視線の先、蒼の宙を舞う一つの人影。軽やかに放物線を描きながら高度を下げていくその存在は、徐々に制服姿の少女の姿を露わにしていく。

「どう見てもあいつのせいなんじゃねえかなぁ!?」


突如少女の落下が止まる。ふわりとスカートが靡く。

機動部隊班に囲まれた上空。その延長線上には闇陰の怪物。

先端に星型のオブジェが付いたステッキ。それが振り翳されると同時に、澄んだ声が響いた。


「─────ファッキン☆トゥインクル!!」


閃光、遅れてくる衝撃波。

想定外その2。魔法少女を名乗る人型実体によって、事態は混迷を極めている。




「こちらナマクラ。隊長指令だ、動くぞ」
『シシダ了解。女の子は一体無視すね』
『カラクニ了解』
『キシモト了解』


閃光の余韻を切り裂いて死地の土俵を駆けるのは、四つの人影。鈍の額には既にしつこい程の脂汗が滲んでいた。収容目標たる夜道怪は菩薩のガワを少し硬直させ、僅かだが確実な隙を晒している。明確な好機。統率された動きで急速に距離を詰めていく。踏音の四重奏に菩薩が明確に反応した、瞬間。

部隊全員が、夜道怪の遥か背後へとすり抜ける。

既に到達していた少女の拳が雑音に気を取られた菩薩の顔面を捉えていた。軽トラ並みの速度による空中等加速度運動の勢いを保ったまま放つ、全力のブロー。殴打の反動を真正面から受け止めた右腕が唸り、流れる様にステッキを握る左手が前方へと突き出される。切替スイッチ 。少女と夜道怪の狭間約0.12m 、超至近距離で煌めき始めたステッキに少女は叫ぶ。

「ハピネス☆ボンバイエェッッ!!」


暴力的に解き放たれた光の散弾。一発一発がコンクリートをぶち抜く威力を誇る殺意の塊である。閃光で前方の景色が塗りつぶされる中、既に追撃の体制は整っていた。
身体を上空10mへと上昇させて頂点でふわりと一回転し、右脚を振り下ろしながら急降下。全体重と重力を乗せた踵落としだ。傾き始めた太陽の光に照らされた茶色のローファーが輝き、疾さは加速度的に増していく。

降下が止まる。

ぎょっとして目を開いた少女の先。閃光が晴れ、視界の向こうに映ったもの。真黒の壁が、光の弾を防いでいる。
夜道怪に足元に広がる影から伸びた壁は滑らかに変形し、長く細い一本の腕へと姿を変える。影から伸びた腕。自分の右脚を掴んでいる物の正体に気づいた時には、既に何本もの黒腕が少女の体へと伸びていた。怯える声は上がらない。一切怯まずにステッキを煌めかせ始めた少女を前にして、夜道怪の口が人形の様に開く。

人生は地獄よりも地獄的である。


腹部への衝撃。

拳には拳。地蔵による無機質な腹パンである。吹っ飛んだ少女の身体は駐車場を仕切る柵へと激突し、冷たいコンクリートを乱雑に転がった。すかさず体勢を整えて接地。けほっ、と小さく呻き声を消化してから軽く伸びをする。多少鈍く痛みはするが、安い一発だ。足音を立てずにこちらへと歩いてくる夜道怪を前に、ステッキを肩に掛けながら堂々と待ち構える。その距離約12m。笠に隠れて見えない顔に、少女は嗤う。


「それ、芥川龍之介が言ってた奴じゃん。死地でくらい言葉借りずに物言おうよ」

『いや〜これ両者ともだいぶ強いっすね』
『非常に困るね。皆さんもう位置には着きました?』
『全員着いてる。後は待ちというか何というか』
『あぁ。"釣り"の時間だ』


一方。
先程盛大に夜道怪の横を通過した彼等はそそくさと街の陰に息を潜め、静かに牙を研いでいた。道路や路地の細かな凹凸を利用して巧みに気配を殺すその技術は一線で動く機動部隊たる物を感じさせるが、しかし彼等の纏った異質な装備は、醸し出す只ならぬ雰囲気を隠し切れないでいる。

機動部隊が-7、通称"酒精中毒者の死"。妖怪、物の怪、言霊由来のピスティファージ実体────現代社会に潜む妖の類を武力を以て制圧し、収容する事を専門とする部隊である。面子は隊長である鈍を始めとして、射手の㟁本キシモト 、矛手の枯國カラクニ 、盾手の宍田シシダ の四人編成。この人数の少なさは後述する術式効果に由縁する。


従来、財団が世界オカルト連合の様な体系化された武力行使部隊を保有する事はあまりなかった。理由は簡単。破壊と収容は手順が大きく異なるからである。毛穴から火を撒き散らす人間。周囲の鉄を溶かす金魚。睡眠状態を強制する猫。これらを殺害する手段は簡単、一律に鉛玉をブチ込んでやればいい。

だが、収容となるとそうはいかない。時に防火措置を施し、時に鉄以外の金属で覆い、時に夢遊病患者を揃える必要がある。伝承やら習性が絡む妖相手だとそれは顕著であり、どうしてもその場その場で対象に合わせた機動部隊を編成する必要や、時に"慣れない事"をさせる必要があった。

彼等は、違う。


『あの魔法少女、普通に若そうだな。あれも対処するとなるとちょっと気ぃ使わないと』
『あ〜、" 未成年アノマリーに対する収容ガイドライン"でしたっけ?』
『状況が状況だし流石に咎められんと思いますけどね』


路地に身を隠しながら「子供は苦手なんだよ」と苦い顔で呟く鈍は、白く光沢のない甲冑を身に纏っていた。通称『甲冑型戦闘強化スーツII式』、源 頼光の鎧をモデルに作られた一品である。軽量化素材や内蔵された人工筋繊維といった超常技術がこれでもかという程に詰め込まれながら、形としては何処までも古き"甲冑"を保ち続ける矛盾。故に生まれる異質な様相は、相対した物を慄かせる得体の知れない迫力を孕んでいる。

齢31歳。鈍は小さく首を鳴らしながら細く長く深呼吸をする。隊長を担うにしては些か若い年齢、バイザーの裡には「最早心配を超えて面白い」ともっぱら評判の濃すぎる隈。中肉中背の容姿とどこか覇気に欠けた普段の振る舞いも相まってくたびれた労働者にしか見えない彼であるが、これでも甲冑兵装の扱いには誰よりも長けている自負がある。

おっさん舐めんのも大概にしろよボケカス共。痛すぎる胃に対して吐き捨てる様に呟き、体制を戦闘用に整える。色々と擦れに擦れて最早正義感も熱意も何もありゃしないが、任務達成に対する意地はある。

皮肉ながら、この冷めた正義が俺の武器だ。
冷静に、客観的に死地を統率する。


『隊長。俺等先動けますけど、尖兵請け負いましょうか?』


そう提案してきたのは盾手の宍田。普段から軽薄・掴み所のない男であるが、何気なくこういう気遣いができてしまう所が正に宍田という男の業を感じさせる。「大丈夫だ」と一言で返し、掛けられた刀を構えた。大きく標的を変えず、影縫いの化物に3:1で戦力を注ぐ。俺たちのスタンス、敵はあくまで妖であるという事。魔法少女をどうにかやり過ごして先に収容を完了する。


 

当部隊の特異性、それは戦闘行為を「儀式」として昇華させる事である。かつて酒呑童子が正義の太刀に敗れた伝承を儀式化させて再現し、相対する妖怪に封印状態を強制させる。己の伝承、己のルールで身を護ってくる妖共に対し、儀式という更なるルールを押し付ける。


 

掠音、吹き飛んでくる少女と巨体。その姿は、未だ忍んだ殺気に気付いて────

「今」


武装解放。対妖怪用制圧刀剣兵装「GAGOZE」。

振り翳された鞘付きの刀が菩薩の背中に衝突し、蒼い電流が細やかに迸る。すかさずもう一発。完全な不意打ちの連撃に夜道怪の体躯はガタガタと揺れながら硬直し、刹那に空気がぴんと張り詰めた瞬間。煙幕が飛ぶ。二人の増援が菩薩の上から飛び掛かる。残った一人は少女の前に大盾を構えながら割り込み、煙幕を凪ぎながら立ちはだかった。

枯國の振るう大槍が脚を掬い、絶えず鈍の鞘が首元を撃つ。一切の無駄が省かれた統制的な連携。漸く動き出した反撃の右腕を蹴りで潰し、左手の錫杖を槍で弾く。周囲を廻りながら小気味良く連撃を入れる二人で引きつけた所で頭上の斜め上、構えられた弓の一閃が頭部を穿つ。馴染みの連携だ。家屋の屋根から怪物を見下ろし、引き絞られた機械仕掛けの弦が、笠越しの頭を狙っていた。


「!?」
「固ッコイツ」


届いて、いない。

㟁本が放った強化矢は笠を貫通していない。異常な硬度。上部から突破するのは現実的じゃないという指標が即座に3人に共有される。直径約1.2m程の壁が頭上を常に覆っているのは中々に、中々に面倒臭い────微かな舌打ちを零したのは大槍を構えた枯國だった。少々荒い性分、四人の中で誰よりもデカい体躯を活かした突撃を得意とする特攻隊長。切っ先を光らせて、走り出そうと体重を掛けて、気づく。

自らの影がうねり、足に絡みついている。

咄嗟の防御。一瞬で頭上に迫る巨躯、ガードした左腕の上から思いっきり錫杖が突き刺さる。両腕で錫杖を握りこんで殺意全開の刺し方してきやがるコイツ!装甲の損傷警告がバイザーに響く中、背部スラスタを全開でぶっ放して無理矢理上下を入れ替える。突き刺さった錫杖がすっぽ抜け、足に纏わりついた仮初の質量を振り飛ばして着地。

「キシモト!!」
「わーってる」


言われる迄もなく夜道怪の眼前に降り立った㟁本が前へ出張り、合わせる様に枯國が後ろへ引いた。取り敢えず小手調べは終わりである。最低限の応急処置を済まさせて三体一を続けていく事は前提、後は集積された情報次第。鈍は息を僅かに整えながら考える。

一つ。奴の外殻自体はそこまで固くない。問題なのは影の硬度だ。二つ。奴はやはり自分由来以外の影にも干渉できる。三つ。笠がクソ固い。死角になってるかはわかんねぇ。そして四つ。

夜道怪(やどうかい)とは、埼玉県の秩父郡や比企郡小川町大塚などに伝わる怪異の一つ。何者かが子供を連れ去るといわれたもので、宿かい(やどかい)、ヤドウケともいう[1]。子取りの名人のような妖怪として伝承されており、秩父では子供が行方不明になることを「夜道怪に捕らえられた」「隠れ座頭に連れて行かれた」という[2]。比企郡では「宿かい」という者が白装束、白足袋、草鞋、行灯を身につけて、人家の裏口や裏窓から入ってくるといわれる[1]。(Wikipediaより引用)

光の中に怪物は棲まない。しかし無辺の闇の中には何かがまだ眠つてゐる。


二歩ほど距離を取った夜道怪、その周囲の影という影から、細く黒い腕が伸び始める。
四つ。どうやらそう簡単に勝てる相手では無さそうだ。

一つ、ギアが上がる音がする。

◇◈◇◈◇

「ごめんな嬢ちゃん、ちょっとだけそこで脚止めてくれないか」


15秒前。

大盾を構えて少女と相対する宍田の声は、軽く薄く僅かに震えていた。背後で安売りされている殺意と眼前に立つ怪物に挟まれた彼は、少しニヒルに微笑を溢して少女に問いかける。

配属されてから2年と少し。宍田は"酒精中毒者の死"の中では一番の新参だ。胴丸を模したこれまた真白の兵装を身に纏い、置楯並みの大きなシールドを構え、常に味方を守る守護神であるべく闘ってきた。が、今回に至っては状況が状況すぎる。収容対象は思ってた三倍馬鹿強ぇーし、ゴーストタウンへの誘導が順調すぎた事が裏目に出て増援に遅れが生じているし、何よりもこの女の子何なんだよ。

正直言ってビビりまくっている脳内を黙らせて、バイザー越しに眼前の少女を観察する。半袖のスクールシャツに白いベスト、その首元には上品なネクタイが覗いている。ぱっと見は白を基調とした制服を着こなすお嬢様だ。

彼女と目を合わせる。その顔から表情は読み取れない。この少女の目的が何であれ、先程見せつけられた圧倒的な攻撃性能の巻き添えになったらたまった物ではない。


「……ストームトルーパーの同類?」
「随分と酷い言い草だねえ嬢ちゃんよ。あのバケモンは俺達に任せてくれていいからさ、取り敢えず座って道路のダンゴムシの数でも数えてようぜ、なっ?」
「私ダンゴムシ嫌いなんですよね」
「知らんがな大人しくしてくれ」


頼むよ、とバイザー越しに呟く宍田とは対照的にシールドがガチャガチャと音を立てながら変形し、数個の機構が分離、排出されていく。放たれた小型のファンネル達は宍田の周囲で空中停止し、半透明の電磁防護壁をパージしながら少女の進路を防いだ。

臨戦態勢。まずは"面"で制圧する。

このままこの女の子が暴れまくった場合「まずはコイツを最優先で黙らせろ」という指示が下りる可能性がある。そうなったら夜道怪をガン無視して10代少女(推定)を袋叩きにしなければならないのだ。その間に夜道怪が襲うかもしれない民間人は?彼女と真正面からカチ合った時の勝率は?……彼女の標的が夜道怪に集中している今の内に、出来るだけ穏便に済ませたい。

向けられた後ろ向きな敵意、微かに混じる恐怖。
その全てを涼しい顔で受け止めて、少女は。

少女は、にこやかに微笑んでみせた。

「……大丈夫です。大丈夫なのです、ストームトルーパーさん達」

「私が、全員護るから」

宍田は目を伏せた。案の定の決裂と、自らの光で焦げ続けている様な彼女の眩しさに。足を踏み出す。バイザーが微かに揺れる。

瞬間。

背後に広がっている煙幕が黒く晴れる。黒く、晴れる。少女と盾兵が目を見開きながら視線を向けた先、影が噴火の様に噴出しながら住宅街を埋め尽くさんと迫っていた。少女の脚が動く。咄嗟に身体が盾を構える。構えた大盾に影の質量がのし掛かったその時には、既に少女は空をぐんと駆けている。

「待っ……!!」
「ファッキン☆トゥインクル!!!!」


乱れ打たれた光の矢が爆閃を描く様を漠然と見ながら、しかし宍田は決して判断力を失っていなかった。背後に構えていた筈の3人をバイザー越しに照合すれば、押し出された影に呑まれてフォーメーションが完璧な程に乱れている。魔法少女も突撃してしまった今、起きうる未来は一つ。

乱戦スクランブル

「マ〜〜ジで終わってやがるぜェッコイツ!!」


吐き捨てた鈍の額を投げられた鉄柱が掠める。己の影から伸びた棘を躱し、全方位から襲いくる黒い刺突を掻い潜る。見えた灰色のガワ。菩薩の首筋。全力で放った一撃は咄嗟の錫杖によって止められた。刹那、煌めく頭上。振り翳された槍。死が二寸離れた所で常に這っている。

女は寝返りを打ったばかりに殺された。

 
口ぐらいは閉じてろよ菩薩野郎。んな怒号を吐く間もなく可能な限りの最高負荷を脚に掛けながら全力で後ろに引く。こいつ相手にサシで真正面からやり合うのは、恐らく不可能に近い。理由は明白。デカくて硬い奴の笠が、常に一定の影を奴の周りに作っているのだ。インファイトを仕掛けるには余りにも相手の手数が多すぎる。

ヒット&アウェイで削っていくしかない。そんな結論を出した刹那、閃光。目の前の景色が夜道怪諸共バカでかい光の柱に呑まれる。ヒットもアウェイもクソもない攻撃に穿たれる住宅街、射線と死線が交差する様は正しく地獄の一丁目。


「シシダァ!!魔法少女抑えられてねえぞ!!」
「あんなん一人じゃ無理ですって仕方無えでしょ!!」


衝撃波から退避しながら思わず叫べば、すぐ後方から返答が返ってきた。魔法少女の引きつけに失敗するなり、速攻で駆けつけていたらしい。バイザーが映し出す画面は、今の光柱攻撃で前方に聳えていた筈の2階建て家屋3件が崩落した事を示している。そして、その向こうに2つのバイタルサイン。隊員の2人だ。

 
 

まずは「影」を作る周囲のオブジェクトを可能な限り無くす。少女の判断は正しいと言える。少女は軽やかに宙を泳ぎながら、追撃の姿勢を構える。

だが、同時に少女は甘い。"彼等"が自らを迎合していない事など分かりきっていたのに、それに対する思考を怠っていた。その対価は迅速に払われる。 

衝撃。肩部に痛み。思わず宙でバランスを崩しそうになる。予想外のダメージに自らの肩に視線を向ければ、そこには機械仕掛けの矢が突き立てられていた。マズルフラッシュや音の類を一切伴わない、静かな一撃。矢が微かに電気を帯びる。

半無条件空間歪曲術、起動。
空間が歪む。

 
 

──上空7m程で爆ぜた次元の渦を通過しながら、鈍と宍田の二人は夜道怪に向かって駆けていく。今のは㟁本が放った呪術付与が施された矢だ。空間を歪ませ、巻き込まれた相手の視覚・聴覚や平衡感覚に著しい麻痺を付与する。魔法少女に効いたかは分からんが取り敢えず今はそれで良い。

兎にも角にも夜道怪の周囲に残された二人の助太刀に行く事が最優先。その後に戦線をもう一度構築する。

「回収」
「うすッ」


盾を構える宍田に向かって全速力で突っ込む。向けられた大盾。ぶつかるギリギリで脚を上げ、全体重を盾に乗せる。瞬間、人工筋肉をバネに宍田が思いっきり盾を上へと跳ね上げた。

跳躍。加速度と共に世界が一回転し、同時に背部から数個のユニットを噴出する。

超小型自律妨害ドローン"凪"。GOCが保有するVERITASや他の異常組織への対抗策として開発された代物であり、機械兵装には簡易的なEMP及び探知妨害の現実子を、ヒトガタには超弩級の耳鳴り及び激烈な頭痛を付与するミーマチックエフェクトをばら撒いてくれる優れ物である。空中で電磁が猛り、対抗措置を用意していない二者の怪物が動きを止める。片方は頭を抑えながら高い呻き声を漏らして転げ回り、もう片方は尚影から無数の腕を伸ばしていた。

接地。

に失敗して地面を二回ほど転げた後、再度夜道怪の姿を捉える。無数に伸びる影の腕。こちらに迫る殺意。当然、既に宍田が対応している。先ほどから周囲に浮かべていた電磁シールド展開中のファンネルが鈍を覆うようにフォーメーションを組み、戦線を無理矢理押し進める。

夜道怪
 
 

影を突破し、残る二人が後ろに続く。夜道怪はまだ硬直から回復しきっていない。距離を詰め、駆ける。太刀を振り翳す。

夜道怪の姿が消える。

「!?」
「いな、」


突如消えた怪物を前に三人揃って視界を回す。何処だ。何処へ消えた。鈍が振り返った先、一番後方にいた自分の背後に立ち聳える深い笠の仏像。

影から影への転移。

鈍い痛みと共に酸素が急速に欠乏する気配が肺を満たす。こいつマジかよ。何でもありが過ぎるだろ。苦し紛れの野次も発声する事が出来ず、必死に体勢を整える。

「ブラッディ☆ストーム!!!」


掛け声。視線を更に上へ上げる。
上空を舞う純白の少女が、夜道怪の前に対峙している。土埃まみれ、鼻から血を吹き出しながら快活に笑っている。菩薩に向けられたステッキの先端は、未だ輝きを失っていない。


この時、鈍の頭に一つの言葉がよぎった。
当たり前の事。前提ですらない常識。しかし何故よぎったのかは分からない事。

機動部隊は、遭遇したアノマリーと共闘してはならない。


「魔法少女って、闇堕ちしがちだよね」

「分かる分かる。頭お花畑部分を逆手に取るっていうか」「幻想を破壊されがちだよね」

「魔法少女は残酷と鬱に塗れてナンボ」「でも最近はそれすらありがちっていうか」「少女が食べられたりするよね」「リョナ要素が最高」「魔法少女ってだけでアンチテーゼがよぎる」「そうしないともうつまんない」「ジャンルとして消費されてる気がする」「今回は何人死ぬんだろう」「最早王道で草も生えない」「儚い存在だからこそ魔法少女として美しいよね」

少女は全てに中指を立てた。

煌々と輝くステッキを振るい、光輝く真っ直ぐな閃光として生き抜く事を選んだ。

少女は護ろうとしていた。護るべき全員を、等しく。


鈍 夏芽は幼少期から己の名前を嫌っていた。ナマクラナツメ。語感だけはやけに良いその名前は同年代から弄られるのには持ってこいであり、常日頃から飛んでくる野次に毎度毎度しっかり腹を立てていた。

何故腹を立てるか。簡潔に述べれば、彼は正義感が強かった。己の正義感を誇り、道理に反した事には怒りが込み上げた。規範や良心の天秤は重く、それは自分に対しても他人に対しても等しいものだった。

一方で鈍は自分の正義感が空回る事を極度に恐れた。初めて自分でも「やらかした」と気づいた時に、「ナマクラな正義感」と揶揄された事がたまらなく悔しかったのだ。


己の正義を信じ、何よりも重んじる。その上で正義感を振り翳す事はせず、本当に大事な時に斬り下ろす。
故に鈍は己の正義の刃を信じていた。精神の支柱としてそれは機能し、鈍の背中を度々押した。

一方。鈍には一人の弟がいた。

秋人アキト 。歳は彼の二個下、性格は真逆。何事にも無気力。怠惰という言葉を乗りこなす男。規則を碌に守りもせず、家でも常に昼行燈。当然の様に鈍は秋人の事が嫌いだった。しかし表立って決別やら喧嘩やらをする事はなく、家族の前では友好的に過ごしていた。理由はもちろん面倒臭い事になるからである。

故に家族で旅行に行った帰り、事件は起きた。


ドライブの酔いにもなれ、兄弟二人でパーキングエリアの駐車場で車を目指して歩いている時だった。高速道路へと流れ入り込む車が入り乱れ、止まぬ雑音は注意力を散漫にする。二人の目の前、足にギブスをした少女が転んでいた場所。車道の真ん中、丁度勢いを増した大型車が、そこには突っ込んできていた。

咄嗟に飛び込もうとした刹那、彼の体は動かなかった。足に鎖が巻き付いて、己の背中を押すものはこの瞬間だけ消え去っている。瞬きの仕方を忘れる。呼吸が一瞬止まる。ちらと横を見る。

既に飛び込んでいた秋人と少女が、大型車の影に消えていた。

『こちらキシモト。無事指定座標まで撤退する事に成功』
『こちらナマクラ。了解した』
『了解っす』
『了解』


全員が撤退を完了した事を確認し、鈍はふうっと息を吐いてしゃがみ込んだ。

乱入した人型実体、想定外に暴れ散らかしている目標、幸先の悪過ぎる返り討ち。当然選択肢は一時撤退の一択である。少々ひび割れたバイザーは支援部隊からの通達を表示し、傾き掛けた太陽は不穏な空気を孕んでいた。

『増援まで撤退・情報収集に徹せよ』。それが上からの指令である。まぁこの状況を見れば当然であるし、負け戦に挑まされて死ぬ事になるよりかは遥かにマトモな判断だと言って良いだろう。だが異常性の詳細が明らかになってない異常実体がぶつかるのを黙視するのは余りにも危険である事もまた事実だった。

疲れた、疲れたな。そこそこ大きめのカルバート内に一人、ふと壁にもたれ掛かった。

『これ取り敢えず試合観戦して映像流せば良いんすよね?』
『……まぁそうなるな。でも一応』
『いつでも行ける様に武装しとけ、すね。了解』


少し寒色の混じった宍田の声色に、歯痒い思いをしてるのが自分だけでは無い事に改めて気づいた。
ともかく、今現在。彼等は只黙って見ている事しか出来ないのだ。少しばかり先に小さく見える少女、その延長線上に構える怪物。

「ハピネス☆ボンバイエェッ!!!!」


叫びながら少女が振り翳した右腕には、既に拳が横から到達していた。更に準備していた防御の姿勢で防ぎ、同じ轍は踏まないぜっと舌を出して見せる。変わらず真っ直ぐな光で敵を捉え続ける少女の右足が影を踏み、走り出した少女の肩がふと影に隠れる。それだけで、身体には馬鹿にならないダメージが蓄積している。日の入りが近づいて増える影の領域は、戦況がじわじわと傾いている事を示していた。

星も月もない夜空よりも、眞に闇である闇を私は見たのだ。
「何言ってるか全然わかんないや! ボケた事言ってるとどんどん行っちゃうぜ!!」


切った啖呵、襲い掛かってくる影を置き去りにして超高速で上空へと飛び上がる。
影の届かぬ領域、空からの攻め。少女の滞空時間には限りがあった。故に出し切る。

「一発かますよ~っ!!」

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文字数: 12749

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