エーテル投射能力者、もしくは魂魄具現者

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タイトル: エーテル投射能力者、もしくは魂魄具現者
著者: ©︎EianSakashibaEianSakashiba
作成年: 2025


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私は歌が好きで、母によく歌ってあげた。馴染みのあった讃美歌を歌う私を、母は褒めてくれた。

きっと作業の手を止めることなく耳だけ傾けていれば勝手に機嫌を良くするガキだから、手がかからなくていいわね褒めてくれたのだと今は思う。お忙しい財団職員様が神を信じる歌を心から誉めるはずがない。神を信じているのと同義になるから。作業を止め、手を組んで祈るのと同義になるから。

母は財団職員で、父はいない。一般人の私や母よりも高度なクリアランスで、何かしら世界のために粉骨砕身しているのだろう。

連絡すら制限されている父に会えない母は不安定だった。先に死に立たれることすら当たり前のこの世界で、家族が離れ離れなのは珍しくなかった。Tiamatクラスが2体同時に収容違反を起こしている以上何でもあり得るし、何でもそいつらのせいにできる。だから、母がおかしくなっているのもそいつらのせいにしていた。

私の世界。生まれた時から争いをしていて、かつてはヴェールというものに守られていた世界。その隔たりがなくなったはずなのに、私は家族と会えない世界。

ヴェールの内側で戦っていた人たちは暗闇で生きることに慣れてしまったのか、自ら志願して兵器の燃料になっていく。四肢を切断してオレンジ・スーツやホワイト・スーツに乾電池みたいに取り付けられて、私の日常の上空を滑空していく。その空より上にある神様たちに突貫するために。

他人事みたいに言っているけど境遇は私も変わらない。命を捨てろ、正常性を壊す彼らを収容するために。そう言われ続けて育ってきた。憎悪という関心も愛情として換算されるなんて戯言を信じるなら、肉親は私なんかよりよほど異常というものに愛情を持っていた。

16歳の秋、私は母を殺すという重大な役割を無事果たした。この世界を正常に戻すための小さいけれど、大きな第1歩だった。火葬場で遺体を燃やす直前まで、讃美歌は鳴り止まなかった。死んでも歌っているのなら、やっぱり母は讃美歌そのものも好きだったようだと考えを改めた。私は家族のことも知らないし、家族に向けるべき感情すら知らなかった。

春にはメラヴィタという私の親友がタイプ・パープルになり、兵器運用として徴用されることになった。私は…私はそこで初めて自分の感情に迷うことはなかった。メラヴィタと逃げたかった。どこに?どこでも良かった。確かなものが欲しかった。

どうせ財団は讃美歌を防ぎきれず崩壊寸前で、私の母をああしてしまった元凶だ。一枚岩も近いうちに瓦解するだろうし、連合側へと潜入することに何の未練もなかった。

メラヴィタに会うまでの道のりで、私は歌を歌った。歩いている時も、車を運転している時も、眠る時間で意識を失うその瞬間まで。メロディーは変わることがなくいつどこで歌っても綺麗で、褒める人がだれもいなくても私は好きだなと思える。

そうして、メラヴィタの元へ着いた。彼女は常に半狂乱だった。いつかの日の彼女はもうすでにどこにもいなかった。女性や子供がタイプ・パープルとして成立することは稀であり、もしそういう存在がいるならば余程の強者か心が壊れた人間であることを、そこで悟った。

だが、私にとっての問題はそれだけではなかった。メラヴィタが些細に見えるほどの衝撃がそこにいた。

父がいた。彼はさも善人であるかのように、自分だけはこの狂った世界でも正しい存在だと語るかのように、目の前の少女を献身的に支え、慰めていた。

私の父もまた、タイプ・パープルとして作り変えられており、連合へと連れ去られていた。

私は物陰から身を隠してその光景に遭遇したから、相手が父の本名を名乗ったわけではない。だが私は彼が父ギアーズだと確信できた。確信できる状況証拠があった。

彼が、発狂する彼女を宥めるために歌を歌っていたから。この世界で歌だけは、歌だけは確かなものだったから。

………

私は今、傷ついている?


家を捨て、財団を捨て、母を捨てやりたかったことが小娘と逢瀬を重ねることか(違う、あれはそんなんじゃない。分かっているでしょ)


帰るべき場所を用意してくれた者の厚意を無碍にするのは宣戦布告と同義であり、(パープルの心は脆くなるから誰かがそばに居なくちゃいけないだけ)


あの男を、(父さんに下心や性愛などというものはない、頭では分かっていても)


殺したい(なぜ私の心は、あるべき魂魄は)


私が幸せになるためでも(ダメだ、この色は受け入れてはいけない)


世界を元通りにしたいわけでもない(ただ、家族みんなで幸せに、しあわせな)



(私には娘らしいことなんて何一つしなかったくせに)

「お前が私の知らない所で生きているのが、この世の何よりも嫌だ」


「笑って泣いて、時には困難にぶつかって、それを乗り越える瞬間は達成感に満ちて、それを共有する仲間も作って、最後の瞬間は足掻くか満足げか知らないけど」


「それはまるで、生きているみたいじゃないか」


「私の知らないあなたの意思で物語を進めて、私の知らないあなたの意思で物語を終わらせるなんて」


「それはまるで知性ある生き物じゃないか」


「刺々しくなってしまったこころを慰めるために歌を歌うなんて」


「それはまるで人間じゃないか!」


「ダメだろう!!お前らは!!」


「お前らはいずれ自己崩壊する兵器なんだから!!!」


「お前らは私の棚に仕舞われた、他ならない私にとっての歌劇曲ものがたりでしかないのだから!!!」






その瞬間、私は女神の歌声を聞いた。黒の女王の会合では、蟲とビー玉と天使の3種が神格だったと噓をついていたけれど、本当はもう1種いたの。そうして私マロソ・ロニルはタイプ・パープルになれた。


そこからは断片的にしか覚えていない。飛び飛びの風景の中にはメラヴィタとギアーズの死体、そして暴走している2人のエーテル投射体が見える。なぜここにいるのか、なぜ死んでしまったのか、連合はどうしているのか、なぜ私が始末をつけようとしているのか。そんなことはどうでも良かった、好都合ですらある。私は白い有線イヤホンとグレーのミュージック・ポッドを起動する。

エーテル投射体の消失は別個体のタイプ・パープルのエーテル投射体による戦闘不能、もしくは本体であるタイプ・パープルの意思によってでしか行えない。だから投射体や具現体は想像以上に簡単に暴走する。

エーテル投射体を顕現させたまま先にタイプ・パープルを終了した場合、残されたエーテル投射体は気ままに能力を行使するだろう。エーテル投射体そのものを傷付けるには同じカテゴリであるタイプ・パープル、もしくはエーテル投射体でしか不可能であり、別個体のタイプ・パープルがいなければ手出しすら出来ない。あとは末期による茨の出現、暴走を指を咥えて見ているしかない。

だからごめんね、吃子さん。あなたの「タイプ・パープルなら兵器運用が可能なのではないか」っていう問いは半分正解。運用方法に限って言えば他のカラータイプと同様なのだけれど、後処理をする用で結局それらよりも強いタイプ・パープルがいないといけないの。

これが他の異常人型実体よりも大きく劣るカラータイプでありながら、それらと同等の脅威として認識されている大きな理由。タイプ・パープルを終了させるにはそもそも彼らにエーテル投射体を出させずに速やかに終了することが鉄則。そしてこの瞬間暴走した投射体を殺せるのは、私しかいない。

ハンドサイズのその機械は私の紫煙体を操作するリモコンであり、ふたつでひとつの私の具現化たましい

「私ね。メラヴィタ、お父さん。あなたたちに…」

「あなたたちに、歌を聞いてほしかった。一緒に歌ってほしかった。バラバラで本当は良かった。ブレスやメロディーが合わなくても、それはみんなで歌った歌だから」

「でも、もう、叶わない願いなのも知っている。最初からそうだったことも。私以外誰も歌なんて歌いたくなかったことも」

周囲は炎上し、私の生み出す紫煙と溶け合って火の粉が夜闇へと消えていく。でも私の生み出す薔薇そうびいばらは燃え尽きず、そこにある。

「ねえ、神様はどう?」

「………」

「そっか、なら一緒に歌おっか。歌の価値を死んでから知った女も友人を詐称してきた恥知らずも歯車でしかなかった男も」

「私の心を理解することなんてないし、また歌を歌う権利など持っていようはずがない」

ああ、近づいているのがわかる。騒ぎを聞きつけて鎮圧にやってくる兵器たちの足音。最強と謳われた兵器がここに…

思考をそこで意図的に切断し電脳歌姫と歌を歌う。母なる神と共に歌う。哀歌など私には聞こえない。

母を騙ったあの遺体死者ではない、他ならぬ痛み抱える私たち生者が歌う讃美歌:アメイジング・グレイスを。





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