ランチとディナーの狭間の時間帯に差し掛かったファミレスの店内は、その微妙な時間帯からか客足もまばらだった。茶封筒から札束を取り出し草臥れた紙幣を何度も何度も数え直す。みみっちい心配性から下らないルーティーンを繰り返す目の前の席に座る男を、「親」だと思った事は一度もなかった。
「なあ、██。今日は金がたんまりある、だから遠慮せずほら好きなもん頼め」
そう言って██という男はファミレスのメニューを広げる。金がある時だけ、父は随分と優しい。その金が私の瞳で稼いだ汚れたお金、具体的に言えば僕が視た命日の前日に生命保険に入らされた妻の夫と共謀した物だとしても。
「ほら、好きなパフェも頼めるぞ。うん、パフェがいいな。よし、パフェにしよう」
息子が好きなメニューを頼める寛大な親というお粗末な演技は、取り敢えずで受け流すのが処世術だ。毎日のように堆積する詰りと雑言が無いだけマシなのだから。写真に並ぶ赤い苺と白いクリームが妙に白々しく思えた。
さぁ喰えという目線に押されて店員が運んだパフェにスプーンを差し込む。甘酸っぱい。この状況下からか単一の味覚という返答以外返さない舌を黙らせ適当に褒めれば男の顔はパッと晴れる。
視線。目の前のファミレスの壁画に描かれた人物からな気がして思わず目を逸らす。レオナルド・ダ・ヴィンチ作『最後の晩餐』。自信の死期を悟った救世主は使徒達と最後の晩餐をしたらしいが、果たして彼は最後の食事に満足したのだろうか。そして僕が持つ死神の瞳が指し示す今日までに亡くなった745名の彼らは、どのような食事を最後に食べたのだろうか。死者は黙して生者の僕に語らない。これまでも、きっとこれからも。
「どうですか?私の死期はちゃんと見えますか?」
「…いえ、見えません。いつもは見えるんですけど…ね」
癖毛が目立つ茶髪の男は、熱心にペンを走らせながら僕に問いかける。効きすぎな暖房のせいでぼやけたカウンセリング室、二脚の椅子と一卓の机、外された黒縁の眼鏡。何もかもいつも通りなのに、立場が逆転しただけで何度も座る位置を微妙にずらしてしまう。
初対面のジャクソン・タイターという博士は、何故こうも臆面なく私に死期を訊けるのだろうか。もし死期が見えたとして、どうするつもりだったのだろうか。彼にも両親がいて大事な人でさえいるかもしれないのに。果たしてその責務感を財団職員特有のプロフェッショナル性と片付けて良いのか答えは出ていなかった。
先月、いつも通り上層部の指示でカウンセリング相手の前で眼鏡を外した時、己の瞳は無機質に余命を宣告しなかった。胃を握られたような吐き気と頭蓋が孵化するような頭痛。彼女の頭上に浮かぶ【黒塗りの検閲】はただ視ただけで此方を害する程に血腥い存在であった。どうにも近畿地方の一部の財団職員の死期が閲覧不能になっているらしい。カウンセリングを受ける側になっているのもそのせいであった。
「考察情報が多いに越した事はありません。私の死期が視えたとして、それもまた立派な考察情報になるでしょう」
「そういうものなのでしょうか、いやすみません。如何せんこういう状況は初めてでして」
どうも彼は世界の延命治療を担当しているらしい。とすれば僕の瞳が濁った原因も何らかのKクラスシナリオと関りがあるのだろう。もし瞳が曇っていなければ数多くの職員が死ぬであろうXデーとやらをどう過ごしていたのだろうか。自分の手に負えない数の死期を視てしまった僕は、悼む暇もなく大量の死を数字の羅列としか処理できなくなるのだろうか。
「質疑応答は以上です、ではまた後日こちらにお越しください」と博士の言葉で憂鬱な妄想は終止符を打たれた。
財団サイトは眠らない。特に関西地方の要所である此処は。午前4時を迎えたからと言って、ショッピングエリアから完全に人が消える訳ではない。朝食を頬張るよれた白衣姿の研究員を尻目に頭が電子レンジに置き換わった店員が頭部で料理を温めながら接客をしていた。ただぼんやりと抱えた空腹を発散する場所を求めて彷徨っていた。
「なに、食べようかな」
ふと零れた独り言は単にメニューへの逡巡だけではない。財団という場所は異常を活用するのに驚くほど長けた組織だ。それが頭部が家電製品に置き換わった人型実体であれ、他者の寿命を無遠慮に見透かす死神の眼を持つ子供であれ。今まで一度たりとも曇ったことのない死神の瞳が曇る異常事態でさえ活用せんとする財団への空恐ろしさか。
無機質な白いタイル上に響く革靴の音が止まったのは、レストラン街には似つかわしくない宝石店の店先に並ぶような絢爛な宝石装飾品が見えた時だった。いつも通りの眼鏡のレンズ越しの瞳のピントがゆっくりと合うと、それは宝石ではなくパフェだった。苺はルビーのように紅く透き通って煌き、クリームはまるで雲のような質感で、グラス内では花火らしき何かがパチパチと弾けている。子供の頃に見たパフェとは掛け離れていて、否が応でもそれが異常な物品であるという事を意識させる。財団職員として異常には慣れっこだが、料理という形態を取った存在は初めて見た。
「お客様、興味がおありでしたら是非とも作りましょうか」
その店のシェフらしき人物に声を掛けられた。会釈して踝を返す気持ちは抑え込んでいた生理的欲求に遮られる。コックコートの左胸には「秋峰 愛染」と黒糸で刺繍されていた。秋峰シェフの好意を否定するのも気が引けて、素直に自分の欲求に従うことにする。
「この時間までお疲れ様です。糖分は疲労回復効果もありますし、リフレッシュにも最適でしょう」
最後のシーン、初めて死期が見たい/見えますようにと祈りながら眼鏡を外して全員閲覧不能で絶望(秋峰シェフに死期を言いたかったから)
ファミレスのパフェ → チェーン店でマニュアルに沿って調理される。誰が作ったかどうか、食材がどこから来たのかもわからない。安定していて、均質だが、人の温もりにどこか欠けているように感じる。親から与えられたりで、受動的に食べるごほうび
81KKのパフェ → 調理に決まりは存在せず、旬の食材や食べ手の印象などが料理人の腕によって統合されてはじめて完成する。食材のひとつひとつから、料理人のバックボーンまですべてが特異な文脈を持ってここにたどり着き、サイト-81KK以外では味わいようのない経験として成立している。はじめて能動的に興味を持って食べたごほうび
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