あなたに貰ったホットミルクティーが私に与えた、外付けの体温に恋をしていました。
朝の陽射しはガラスを通過してなお信じられないほどに鮮明で、風や外気の何もかもが濾過された暖かな光がマグカップを照らしていた。
私はどうやら末端冷え性のようで、世界に晒されているとその指先はあっという間に冷たくなってしまう。生命活動を続ける私の血や内臓、そういった命の頑張りが中途半端なものだから、指先にまで体温が回ってくれないのだ。ひんやりと冷えた手のひらを感じていると、私の指先はもうすっかり私のものではなくて、他人事として世界に転がってるただの道具のように思えてくる。
なのでここ数年の私は、外に出るときにいつもベージュ色の手袋をする。けれどもそれではスマートフォンを指でなぞり辛くて、ついつい左手袋をポッケの片隅に追いやってしまう。そんな繰り返しの中でついに対の片方を紛失してしまった先月の私、ゆえに最近は家で過ごすことが多い今朝の私だ。己の自堕落ほど裁けぬこともないのだ、なんて醜い言い訳もひとつまみ。
やわいセーターの袖に手のひらを隠しつつ、少しだけぬるくしたココアを少しづつ飲む。本日は何の予定も入れていないから、さてどうしようかと私は考える。少しの逡巡のあと、窓の外の白飛びした世界がやけに愛おしく見えたから、決めた。
「外に出よう」
出よう。珍しく。決まればあとは早い。特に荷物を抱える性分でもないから、私の荷物はいつも三つ折りの財布とスマホ、小さなスケジュール帳だけ。未だ何も書かれていないスケジュール帳を持っていくのは、外出中に新しくできた用事や唐突に行きたい場所、ふと会いたい人の所在等々を私はマメに記すことにしているからだ。
どうせ余白に満ちたまま、一日は終わっていくのだろうけど。
そんなことを思う。
私は涅槃を生きている。
もうずっと、何が起こるわけでもない凪いだ日々に私は存在している。「退屈だ」と人は言うかもしれないけど、私には存外にそれが心地いい。生活の中の変数は、ご飯のメニューと天気くらいで丁度いいんです。これが私なりの涅槃なのだ、文句は言ってくれるなよ。レッツ・エンジョイ・マイ・ニルヴァーナ。
そんな言葉を脳内で垂れていると、また「感覚」がする。
エレベーターが上昇するときの違和感の強化版みたいな、とにかく「感覚」としか形容できない何か。その「感覚」が私に襲い来る──訳でもなく、それ自体はまったく他人事で、知らぬ間に遠くで打ち上げられた花火の音みたいな余韻が私の鼓膜の奥にはある。
随分と久々に来たな、なんて台詞を脳内で綴った。わざわざ口にする必要もない正しさを詳らかにされてしまったような、冷ややかな気持ちが私の背後から首筋にぴたっと触れて不快に体温を下げている。
世界が流れ去るような残響がこだまして、「感覚」が終わる。
私は静かに息を吐く。ついでにココアを飲み干した。
袖がちょっとだけ余るセーター、まっさらなスケジュール帳。日光の熱を帯びたマグカップ。それは先ほどと何の一つも変わらない光景、であるといいなと、私は思っているのだけれど。その生活は、実のところ今の一瞬ですっかり変わってしまっていることを私は知っている。この「感覚」ひとつで、どうしようもなく喪われたものがあることを私は知っている。世界がもう私の知らぬところへ進んでしまっていることを、私は知っている。
私はただ知っているだけ。気づいているだけ。この世界に確かにあった筈のもの、それらが残したかすかな余熱に。本当にただそれだけなのだ。あとはうねる世界の変化に、呆然と流されるがまま。
御存知でしょうか。
私の涅槃は、どうやらくらげの姿形をしているのです。
調査報告
概要: 現実性粒子の変動を察知する事ができる先天性の特異体質を有した人型実体群。
低Hm値地帯への侵入や大規模な現実改変による現実性粒子の一時的な変動を、五感の異変やその範疇を超えた知覚領域などで感知し、現実性の変化や改変の事実を認識する能力を有する事が判明している。
どうやら世界がひどく恐ろしい速度を飛ばしながら変わっていくことに気が付いたのは、幼少期特有の錯視的な永遠とわも半ばを過ぎた頃だ。
お年玉で少しばかり贅沢ができるようになった優越感と、どこか色素の薄い公園、そろそろ安心感と倦怠を感じるようになってきた友人との戯れ、揺れるブランコを眺める時間。限りなく緩やかに流れる時の進み。けれども肌を突っつく冷たさが溶けていくにつれて、空気は何故だかそわそわと浮つきだすのだ。何処となく社会が騒がしくなる、帰り道のスーパーは新生活フェアを謳い、教室は変わる。人間関係も当然に。私は穏やかな水槽をかき乱されたような不快感に憮然とした顔をしながら、母から貰った弁当を頬張る。──そうだ、私は春というものが煩わしかった。
「うう、やっぱし肌寒いな」
白くなった息を吐きながら、縁石ブロックの上をちまちま歩く。冬の朝は意外にも湿度が高いせいか、空気に混じった小さな水の粒が差し込む光を分散させて、ささやかに霧のかかった世界は眩く白んでいた。空気のしらべに乗せられて、ほんの少しだけ潮の香りがする。この街は海に近いのだ。
ふと猫の姿が、視界の端に見えた気がした。路地裏に入ってみる理由としては充分すぎると思いませんか? あら、どうやら満場一致のようです。私による私のための会議は私のために在ってくれるから好きだ。路地裏に足を踏み入れた時にはもう猫は居なくなってしまっていたのだけど、代わりに小さな公園がそこにはあった。梅が咲いている。
思わず写真を二枚ほど撮った。
共有する相手もいないのを思い出した。
それ自体は別に普通のことである筈なのに、何故だか痛むような冷たさを覚えてる自分に気づいた。
こういう時、私は私の身体に大きな穴がぽっかり空いてしまったような気がしてくる。巻貝の穴のような、渦巻いた終着点の見えない孔だ。冷たい風が私に向かって吹くと、風は孔へと吸い込まれて渦巻きの果てへと消えてゆく。ごうごう。
私は自らの大穴に手を突っ込んで、その側面に触れてみる。これはイメージの話だけれど、脳内では完全に胸からお腹にかけて在る「何もない」に私は触れているのだ。そうすることで、大抵はこの感情の正体、その断片が掴める。梅のかすかな香りと共に、それこそ巻貝に耳を澄ませて大海の残響を聴くように。
『君から気まぐれに送られてくる、君の映らない写真の妙な色素の薄さが、何故だかとても好きなんだよ。ふふ、どうしてだろうね』
ほら、ありました。穴の正体。これはどうやら言葉だ、いつか贈られた柔らかいものだ。私はこの言葉が纏うシダーウッドの香りを確かに覚えて、心の箪笥の奥底、大事な部分へと確かに収納している。この言葉の響きによって、確かに世界を少しだけ愛おしくこの眼に映せている自覚すら、薄っすらと浮かび上がってくるのだ。けれどもその贈り主に、私は何の心当たりもない。その一切は私という器から余すところなく抜け落ちている。
となると、あなたなのだろうね、と私は思う。
私はあなたの話をしなければならない。
現実性粒子の変動感知能力者について、その数の全容は未だ掴めていない。これは能力そのものに大きな個人差がある事や、本人が能力を自覚していないケースが多数確認されている事に起因する。能力の発生メカニズムも膨大であり、法則性の特定には未だ至っていない。潜在的な能力者も踏まえると、全容の捕捉は事実上不可能に等しい。
現在捕捉対象として記録が残っている感知能力者の察知範囲は、最小でも██hmの変動以上であることが判明している。これは現在運用されているカント計数機で容易に感知可能な大規模改変の範疇に留まるため、変動感知能力者をエージェントなどの人員として運用する有用性は低いと考えられる。
私はあなたを定義する。それは荒ぶる世界の流れのなかで私が個人的に喪った物共であり、とはいえその七割くらいは特定人物に収束しそうな気配もある。忘れてしまったことこそを、忘れられない誰か、何か。今はそう仮置きしておこう。
この世界を満たす「現実」はいとも簡単に書き換えられて、呆気なく喪われたものがある。
そう教えてくれたのがあなただ。その証人があなただ。
私が最初にその「感覚」を覚えたのは果たしていつのことだっただろう。こちらははっきりと思い出せない。ただ一つ覚えているのは、世界に突如奔流が訪れて、確かに何かが奪われる肌触りが迸ったあの瞬間の光景だ。得も言われぬ不安に襲われた私が引っ張った薄桃色の母のスカート、それと必死に青空を泳ぐ黒い鯉のぼり。五月の半ばだった。
何かを叫ぼうとしても言葉が上手く羅列できなかったから、私は無言で俯いた。叫ばれる筈だった何かは私の胎の中で木霊して、いつしか遠のいて聞こえなくなった。
繰り返し繰り返し叫びを呑み込むたびに、喪失は私の胴体を少しずつ削って、慣れ切った頃にはすっかり身体に大穴が空いたようだった。辛くはなかった。だってその正体が何なのかは分からないし、それが当たり前だったから。
『この世界は君の想像よりもずっと奇妙で、可笑しい事がいっぱい起こって、笑い飛ばすに値するものなんだ』
自然と、気づくことがあった。喪失の感覚を私が覚えた時と一致するタイミングで、明確に無くなってしまったものがある。その推察は、ニュースをぼんやり観たり親の井戸端会議に同席するうちに、薄っぺらな確信へと変わってゆく。
世界の奔流のなかで喪われて、変わりゆく"明日"から置いていかれたものは、なぜか皆の中では世界の摂理で自然に無くなったことになっていた。それか元々無かったことになっていた。ガス爆発で無くなったとか、突然の交通事故で亡くなったとか、そもそもそんな人いなかったとか。
喚くことはできた。違う、奪われた、置いていかれてしまったんだと。
でも、しなかった。
当たり前だ。いくら私が喚こうが、普通の人は気づかない。気づいていたとしても、もっと向き合って思考の海をちゃぷちゃぷ泳ぐべき物事がこの世にはたんとありますから、喪われた彼等はすぐに頭のダストボックスに放り込まれて忘却の彼方に消えゆくだろう。
だから、きっとおかしいのは私だ。小さい頃から私がいかにも深刻に話す(主観的に)抱えきれないほどの悩みを聞いて、微妙な顔をしていた母の顔を思い出す。私の破綻と世界の破綻、その凹んだ形を合わせたら、たまたま綺麗に型が取れてしまったのだ。その型こそがあなただった。
少しだけ足の裏に痛みを感じて、そんなに歩いたかなと思ってスマホのマップを覗く。そんなに歩いてた。明確な目的地を決めない散歩はこれだから良くない。
白んだ朝の空気が徐々に暖められて、のんきな青空に薄い雲が呆然と浮いていた。肌寒さと心地よさがない交ぜになった風が私の髪を梳いている。住宅街の外れ、歩道とも車道もつかない中途半端な道の半ば。
ひとつ、電柱の隣に佇む自動販売機を見つけた。
定価百四十円のホットミルクティーが片隅に陳列されているのに、視線がとまる。
『はい、これね。この寒さで手袋してない愚かな君への、贈り物』
あなた。あなたを。
私は覚えている。
嘘だ。嘘です。なんですけど、確かに私はあの瞬間の温度に恋をしていた。あなたが私にくれた温度を、言葉を、あなたから切り離されたあなたの断片を、確かに今の今まで失うことなく保存していた。冬、澄み切った大気に差し込む朝の陽は眩く、けれども肌に触れる世界はひどく冷かった。冷たさは眩しさの輪郭をくっきりと鮮明にした。
あなたと一緒にいたであろう私の記憶はいつも朝か午後のぐだついた時間で、私は制服を着ていなかった。きっとあなたは同級生とか、そういう間柄じゃなかったんだろうな。朝からカフェと洒落こもうかなんて集まって、なんだよ店開いてないじゃんかよ、なんて手持無沙汰になった私達が、あの時には確かに存在していたんだ。
『いい事思いついた。人のいないこの時間帯の銭湯でさ、堂々とバタフライでもしてやろうぜ』
あなたはどんな人だったのだろう。
どんな服を着ていたのだろう。どんな笑い方をしていたのだろう。
あなたからお勧めされた音楽は今でもプレイリストに在るのに、それを聴くあなたの姿が微塵も思い描けないや。
言葉の一文字一文字は手触りを伴って保管されているのに、それをどんな声で再生すればいいのか分からない。
『ねえ、君はきっと僕が語る世界の話を、微塵も信じていやしないね』
いや、信じていたよ。あなたは色々なことを知っていたね。この世のルールに一瞥もくれてやらずに存在する奇妙な者どもがあったり、それらを取り締まる為に頑張っている組織があって、彼等はとても恐れられていたり。あなたが辿々しく教えてくれた神話体系を、こうやって散歩のあいまに今も語ることができるよ。
それが嘘でも、私はよかった。あなたは私が当たり前として抱えてきた喪失を分かち合って、呆気なく書き換えられる明日を私よりも悲しんでいてくれていたから。
『きっと明日に僕と君が生きて、観測して、呼吸をしていた世界は無い。綺麗さっぱり、無いんだ。無いんだよ。僕は喪われたそれらを確かに覚えているけど、形のないものとして確かに僕の中に残っているけど、それが本質でほんとうに大事だというならば、この世界はどれだけ寂しいっていうんだよ。あはは、あはは』
だから、最早いつものように「感覚」が世界を流れて、明日あなたは何を語るだろうと思った夜と、あなたが忽然と"居なかった"事になっていた朝、いつの間にかあなたのことが何にも思い出せなくなっていた昼。流石に泣いて、叫ぼうとして、やっぱり叫べなくて、逆に清々しかった夜と朝。
その全部の瞬間で、私の胸中を溢れんばかりに渦巻いていた疑問と納得と安心のブレンドを、今ならストンとひとつの言葉に言い換えることができる。
あなたは、きっと、昨日に留まる選択をしたのだ。
かくして、私の世界は涅槃になった。
感知能力者自身が改変を察知した事象について、通常記憶処理後に働く記憶の自己補完が適切に作用しないケースが確認されている。これには一種の防護反応が働いているというのが現在支持されている仮説である。
また、感知能力者に登録済の要注意人物や要注意団体の人員などが接触した事例も複数件が確認されており、蛇の手の構成員やライフラフトの人員などが現在記録上に残されている。要注意団体の人員を捕捉した副産物として感知能力者の存在が発覚するケースも多い。
しかし、発見難易度の高さやヴェール露呈リスクの低さから感知能力者の発見・処理は副次的な任務に留まり、その動向がエージェントの目に留まるほど顕在化した場合に対応するのみでよいと考えられる。
財団が持つ人員や資材は、より影響力の強い対象や案件に優先して回される。
丁字路を右に曲がると、開けた行き止まりに出た。
大きな道を一個挟んだ向こう側。
控えめな砂浜とだだっ広い海が、そこには広がっている。
横断歩道を渡ると、海を隣に走れるランニングコースがずうっと左右の果てまで伸びていた。等間隔で植えられたタブノキと、点在的に設置された木製のベンチ。そのひとつに何気なく腰かけてみると、差し込む木漏れ日と生まれた陽だまりが丁度良い暖かさで私を包み込んで、ずいぶん心地のよさを感じる。
今日の海は比較的穏やかで、のんびりとこちらにやって来る波と一緒に吹く風、その冷たさがもうすっかりと失われているのを肌で感じた。ああ、春がやってくるんだな、と思った。ぽつりと。
「綺麗だな。やっぱり」
先ほど自販機で買った飲料を一口含む。買ったのは、どこにでも売ってそうなジュースだ。
ホットミルクティーは冷めゆくもの。けれども、私の手は未だしぶとく暖かい。あの日あなたに与えられた外付けの体温が、今でもこの掌に残ったまま。それだけで、私はこの冬を生きていくことができてしまえる。あなたがすっかり居なくなった今日の水平線を、それでも美しいと思う私がいる。
あなた程、世界の流れに抗う気力もなかったのです。流されて流されて、それでもまあいいか、なんて結局の所言えてしまった。私に空いた大穴を通り抜ける風に、季節の移ろいすらも感じられてしまう。
だから私なりの涅槃は、呆気なく泥棒を許すのだ。
これからも、きっと。
ざぶうん。
遠く波の音が聴こえて、陽だまりの優しさだけが濾過されたような暖かみが今ここに在って。もしかすると、ひょっとすると、この瞬間がいつまでも続くのかもしれない。そんな錯覚を見てしまったから、目を瞑った。
波が、世界の流れが、私を攫ってゆく。すっかり変わって続いていく明日には決して追いつくことはできないまま、喪ったものが、あなたが確かにいた昨日に留まり続けることもできないで。
昨日も、明日も、私から遠く離れていく。
私はまた、置いていかれていく。
ふと世界のゆらぎを感じて、「感覚」がまた来たのかな、と意識の片隅で思った。分からない。意識を侵食する眠気で、単に頭がゆらゆらしているだけかもしれない。
ざぶうん。
どちらでも良いのだ。喪った彼等の体温がかすかに残っているだけで、私はもう満足ってことでいい。もとより大切なものは、誰かさんが全て持ってしまっている気がするし。
また何かが変えられた。また何かを喪った。
でも、今朝のココアは上出来だな。
そんなくだらない事をほざいて、今日も世界に流されるままに。
くらげの姿形をした生活の中で、私はゆらゆらと浮いている。
文字数: 8616






