──1976年 冬──
──富士山麓樹海某所──
「捕捉した!交戦距離!」
駆け降りるや否や飛び込み気味の縦一閃、全長五尺八寸の鉄塊が怪巨獣の牙を打ち砕く。その鉄塊の遥か根元に備わる無骨な柄の上下端に、男の両手はそれぞれ強靭なベルトで縛り付けられていた。
馬鹿正直に正方形を象る、凡そ人間に振るわれることを想定していない風の荒々しい直剣であるが、実際この鉄塊は男1人の膂力でどうにかなるような代物ではない。決戦直前に内部中空を鉄骨で満たした際の総重量は280kgに及んだ。あまりにも大雑把な対巨獣兵装を手足が如く振るう秘策は、男の纏う、青き異形の甲冑に施されている。
怪巨獣が一撃目の重さに身をひるがえした。しかし直後、仰け反りの最中極限まで圧迫した背筋を瞬間的に開放し、その有り余る体躯に乗せた重量を余すことなく返しにかかる。両前腕による見事なのしかかりであった。回避行動の隙を寸分たりとも与えない動作であり、男の一撃目から僅か1秒足らずで発生した反撃であった。男は既にその下敷きである。
「──この馬鹿が!」
樹海に静寂が走るや否や、今度は深紅の甲冑が戦場を駆け抜ける。右手に巨大な盾、背中にはこれまた異質な、恐らくは一度折り畳んだ状態なのであろう巨大な兵器を担いで。
「遭遇時はペイント後に連絡入れて待機!狩りの鉄則だ憶えとけレイジ!」
「はい」
鉄塊の男より一回り程若い青年が更に追い付く。幻想すら疑わせる先の両者に打って変わってすべてが現実的な装備だった。赤いジャケットの上からオレンジ色の狩猟用ベストを着用し、ブローニング製の上下2連散弾銃を構え、ツバ付きの帽子に防音ヘッドセットを乗せ、照準は既に巨獣の破損した頭部に定められていた。傾斜の比較的激しい地にありながら射撃姿勢は完成されている。
盾の女が目もくれず青年の射線から外れた瞬間、1発のスラグ弾が放たれ、怪巨獣の陥没した右眼窩に直撃した。牙の隙間から悲鳴が上がる。耳栓でも無ければ鼓膜が破れかねない程にけたたましい音量で。
「左前方へ展開!呼吸器は狙わなくていい!再装填後は照準を維持したまま、待機!」
ヘッドセットを装着して尚肩をすくめた青年とは対照的に、深紅の女は耳を曝け出していながら微塵も臆さない。右側面からの急速接近後、真ん中から半端に折り畳まれた装置を左手に構え、展開する。その全貌は一見槍のようであり、同時に超巨大な銃剣のようでもあった。ただ一つ確かなことは、その装置の先端部には刃があり、2門の砲口があり、砲身を覆うように何かの生物の皮が巻き付いており、女の人差し指には引き金が触れていることだ。
深紅の兜から一本の角を生やし、女は高らかに吠える。
「退かせアヤカシ!」
右手の盾を大きく外に振り、その勢いを利用しながら怪巨獣の首筋に兵装の切っ先を突き立てる。直後その傷口目掛けて2柱の爆炎が迸った。槍にして砲、銃にして長刀。上半身サイズの盾と併せ、それら一式がこの女の獲物である。実体弾を発射する能力は持ち合わせていないが、内蔵された12ゲージ規格の薬室機構に専用の燃焼弾を装填して近距離砲撃を可能としている。未だ巨獣に踏み潰されたままの鉄塊と同じく、こちらも本来は成人女性が片腕で操作するようなものではなかった。
怪巨獣が女目掛けてタックルを繰り出す。寸前で挟まれた盾によって何とか骨折沙汰は免れるも、女の全身は宙を舞い20m程後方まで吹き飛んだ。巨獣は未だ健在。しかし右の視界を奪われて間もない故か、どことなく動きはぎこちなかった。
「撃つなよレイジ!お前が狙われたら終いだ!」
ここで大声を上げて返事を返すような馬鹿ではない。
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