「──具合は?」
「問題ない……というか……!凄い……!凄いですよこれ!賽さん!」
「俺の知る限りここ来て以降一番笑顔だぞお前」
白街総合医療センター4階。地下施設での戦闘から丸一日。数時間前まで眼孔に鉄板を突き刺していた筈のフタツキは嘘みたいに両目を輝かせたまま俺を見つめていた。
潰された右目の代替品として手に入れたのは、どこかの誰かが遺留物として残していた旧プロメテウス社製の義眼。しかも奇跡的にフタツキの骨格サイズに適しているサイズのものだった。骨を切って異物を嵌め込んでもう一度止めるという荒療治をここまで懇切丁寧かつ迅速に終えた隣の奇人も久方ぶりに嬉しそうなツラを晒していた。
「ヒャクメン屋さんもありがとうございます!本当にもう片方の目も失明していくかと……」
「礼には及ばないよ。イズメの娘さんがこんな稼業始めるなんて聞いてるだけで射精しそうでね」
「ありが……?」
「聞かんでいいからなフタツキ。お前も発言に気を付けろクソ医者。女の子の目の前で何だその語彙は」
「僕が射精するのはその娘ではなくイズメに対してだが」
「殺していいぞフタツキ」
眉を顰めながら俺の陰に隠れるフタツキを余所に札束を投げ渡す。全16色のサイケデリックカラーに染め上げられた刈り上げヘアを揺らし、青い瞳の整形外科医がその枚数を数え始めた。
“百面屋”。イズメとも古い付き合いのある闇医者。専門は整形外科。フリーランス化して間もない者たちの顔をイチから変えたりと中々インテリな真似で生計を立てている。その技術の希少性から発足直後の廃桃源ギルドにスカウトされ、正常性維持機関の魔の手から遠ざけるよう優先保護された人員の1人でもあった。
「45万円、確かに受け取った。領収書とか諸々書くからちょっと待っててね」
「……随分お安い気がするんですけど、本当にこの金額で良いんですか……?」
「さっきも言った通りだが君がイズメの娘でフリーランスなのが悪い。僕のキンタマの機嫌の取り方なら僕が一番心得ているってわけさ」
「フタツキ。殺していいからな」
「殺していいのは流石に理解しました」
「私は別に殺されても構わないが、君の担当者としての責務をまだ果たしたわけじゃない。その義眼について軽く説明させてもらおう。彼の社の純正アーティファクトを腐らせるようなロクでもない真似はさせたくないからね」
荷物置きに手を伸ばしかけていたフタツキが止まる。次の瞬間には右目だけが百面屋に向けられていた。古今東西色々な超常持ちの強面を見てきたつもりだが、人形のように整った顔面でこういう真似をされると流石に少しだけ背筋が寒くなる。一周回って普通の人間から逸脱した女ではあるが、こうも直接的に人外じみたビジュアルを目の当たりにしてしまうと俺としても思うところがあった。
……という一連の思慮はミリも伝わっていないであろう。フタツキは反射的に動いた右目に驚いて躓きかけていた。自分の意思とは無関係に動かしたというのか。
「……プロメテウスが秘密裏に開発を進め実用段階までモデルアップした、完全移植式半生態型視角補助デバイスだ。念じただけでズームのインアウト、ピント合わせ、赤外線暗視モードへの切り替え等が行える。もちろん通常の視覚を維持したまま機能をオフにすることも可能だ」
「……左目だけ生身だと慣れませんね」
「生身がちゃんと残っていること自体大切だよ。身体の欠損を超常で補える世界にあったとしてもその認知は歪めちゃ駄目だ」
「な、なるほど」
「親から授かった身体だからとは言わない。自分の事くらい自分で労わりなさい。自分の悲しみとも向き合いなさい。後悔はしておきなさい。孤独の否定なんて人間チックな真似するつもりなら君が人間に成らない限り始まらないでしょ」
「……ごめんなさい。変に傷つきたくなくて気丈に振舞っていたのは確かです」
「イズメにもその気があったけど似るもんだね」
偶に超常の住人であることを疑うほどマトモな事抜かすから油断できねえんだよなこの医者。刃物ごと包帯でグルグル巻きにして緊急搬送してのゴタゴタの中ずっと元気だったフタツキが初めて精神的なショックを受け入れつつある。
「この……モードオンした時に表示される下の方の文字列って何ですか?ヘブライ語……?」
「実用段階には至っていない代物だ。一時期ウチの助手にその目を埋めていたんだが単なるメモ帳にすらならないらしい」
網膜投影機能か何かが備わっているのか。戦闘用バイオロイドシリーズのプロトタイプとして製造された俺には搭載されていない能力だ。やたら視力が良い癖に肝心の射撃補助システムが搭載されていないことを何度悩んだことか。まさかこの手の機能を俺より先にフタツキが会得するとは思わなかった。事態を鑑みれば保護対象の身体欠損を喜ぶなど言語道断甚だしいわけだが、それはそれとしてこの義眼の搭載がフタツキの戦闘能力に可能な限りプラスの影響を与えてくれる可能性はある。
百面屋は人格破綻者だが、顧客のオーダーに対する熱意と姿勢、それらを実現する手腕については一級品である。「戦える目にしてくれ」というフタツキの注文を汲み取っての義眼移植手術は伊達に熟した仕事じゃない。
「あの、改めてありがとうございます。素直に幸せです。両目があるのって」
「僥倖。これで君も義眼のともがら、“ギガント”だな!」
「お世話になりました」
「行くぞフタツキ」
2人して廊下に出る
「……ふむ」
「?何かあったんですか?」
「お前の目ん玉潰した女の事だが」
ジャンクロイドの画面をフタツキに向ける。既に左右非対称の眼の色が同時に少しだけ縮こまった。
『廃桃源ギルド在籍フリーランス連続死傷事件、無尽月導衆抜け忍の弟子に100万円の懸賞』と銘打たれたニュースの見出し。恋昏崎新聞webのトップページにデカデカと掲載された文字列の下には、先日フタツキが殺したババアの顔写真が添付されていた。
「……キルコさん、なんですか」
「凶器はデカい刃物、そして投擲武器やブービートラップ。170cm程度の女。間違いなく奴だな」
「俺だ」
『7、8人目が同時に出た。フタツキちゃんの端末に画像送付するね』
「フタツキ」
「こちらに……うわっ──」
何を見て硬直したのか、不意に取り落とされた端末を空中で掠め取る。その画面を凝視した瞬間には自分もフタツキと同じような声で反応していた。
「うっわ……」
『貝塚コユキとナスターシャ・ナインハンドレッド。2年前の模擬戦闘訓練で君が受け持ったフリーランスだ。憶えてる?』
「貝塚はお前のツテで来た蒐集院残党のお嬢さん、ナスターシャの方もそこそこ印象に残ってたんだが、そうか……」
どれだけ痛めつけたところで崩れなかったポーカーフェイスも見る影すらなくなったロシア人男性、辛うじてアジア系の顔立ちであることは判別できる推定日本人女性。
それらの生首が東京下町のごくありふれた路地裏に転がされ、その背後にそびえる壁には等身大の『伐』一文字が荒々しくペイントされていた。ドス黒い紅。決着がつき次第現場から全速力で離脱するの俺からすれば、一周回って見る機会の少ない風化の色。数刻は雨風に晒された人間の血の色だ。転がされた生首はこのパフォーマンスのために消費された使い捨ての筆であった可能性が高い。
「こういう凶行に走る奴には見えなかったが、なるほどな」
『コードネーム“キルコ”。専門は暗殺と代理決闘。廃桃源ギルドに籍を置いているわけではないけど、サヒビと共に行動を始めた1年前の時点で斡旋業者の一部がマークしていた。フタツキちゃんの話を聞いている限りだと君とタメ張れそうな実力っぽいけど、確かに自分から目立ちたがるタイプとは思えないね。仙台の方の人?』
「データあるなら回せ。そしてフタツキの端末にこんなモン送んな。ビックリしちゃうだろうが」
『ちゃんと認識しておいて欲しい事があっての送付だよ。フタツキちゃん聞こえてる?』
「聞こえてます。あの、びっくりするのでやめていただけると」
画像を削除し、端末を返す傍ら無言でフタツキの眼を確認する。会話の流れは把握できているらしい。
『君に対する再戦宣言だよ』
「やっぱりぃ……!?」
「“カイナレス”そのものが大々的に動き始めている。敵の目的は思った以上にデカいぞ」
「あんまりピンと来ないような……?」
「お前がこの界隈来てまだ1ヶ月も経ってないのがおかしい。まあ要するにだ──」
「日本超常界の」
「……マジかよ」
「大マジだね」
「というわけで、君は我々ではない。君自身だ。後は勝手にしてくれ」
[加筆]
「……舟木」
「…………ユーリ。……僕は」
「僕は行くよ。君の目指した孤独の果てに。」
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