下書きのフリーランスの部分

「SCP財団というところで職員をしている、原田です。普段は交番勤務の警官として活動してるけど本職はこっちなんだ」

これはまだ渡せないけどね。と言いながら名刺のようなカードを見せてきた彼に連れられたのは、新宿の地下街だった。今いるのはそこからさらに何階もの地下に潜り、幾度とないドアを抜け、何種類もの鍵を駆使して辿り着いた場所だ。地上の駅近辺よりよっぽど迷路の体をしていた。

「私は怪しい者じゃない。ただスマホは出しておいてくれる?大瀬ケイゴ君。君は今だけは外部への連絡は禁止だし、勝手にこの部屋から抜け出すことも許されない。ただこの交渉が終わるまでは信頼して欲しいんだ。ここには監視カメラもある。私が何かしら君に害を与えた場合は、それ持ってすぐに出てって大丈夫」

SCP財団、という異常な組織についての説明を受けている間、現実味のない難しい話を理解できない俺は二人きりの部屋を見回していた。学校の資料室みたいに事務作業をするような設備がありながら、机の上や棚には薬の小瓶が置いてあったりして、病院の診察室のようでもある。俺はグラスで渡された紅茶をどうするか考えていた。

財団、交渉。彼は怪しさ満点の単語を羅列した。名前を呼ばれたことで改めて緊張が駆け巡る。秘密組織かのようなワクワク感は何度も過ぎったが、そんなことを考えていられる状況でないのは確かだった。

晶野が死んだ事故について知りたいと言ったのは俺だが、一人で受け止められるものなのだろうか。

「君に頼みたいことがある」

大きな茶封筒を取り出した職員の彼は、その中から1枚の紙を俺に差し出してきた。

[申請書のフォーマット]

「雇用……?」

「君の友人が亡くなったあの事故。あの時間のあの場所で、4人の財団職員も死んでいたんだ。私の同僚だった」

これらの言葉が、果たして自分に向けられているものなのかずっとわからなかった。俺はただ、晶野のことが知りたいだけなのに。でも俺は子供っぽく拒絶する前に、まずはこの人の話を飲み込んでみることにしたのだった。あらゆる彼の所作から、これは対等な人間と行われる真剣な交渉であることを、子供ながらに感じ取っていた。

「襲撃事件なんだよ、これは。世間には明かされていないけど、財団の解析技術では周辺の状況がいろいろ判明してる。公表できていない理由は、その襲撃してきた相手と手段にある」

俺は緊張して手を膝の上から動かせない。彼は机のリモコンを手に取って部屋の気温を1℃下げた。

「恋昏崎っていう、我々と長らく敵対している連中の仕業である可能性が浮上した。私の仲間は爆発で死んだんじゃない。それよりも前に、何者かに脳組織を破壊されたことで死んだ。どんな方法がとられたにしろ、何故爆発を起こしたにしろ、それらが異常な手段であることは間違いない。今回の事故は、我々財団が世間に隠したまま解明しなければいけないんだ。」

「晶野は、それに何か関係してるんですか」

「恋昏崎はここ新宿で、敵組織を襲撃するために手駒となる若者を雇用し始めたんだ」

君みたいな年齢の子にも手を出しているよ。

原田の言葉に、俺の心が形を保てなくなっていく。

「晶野リョウくんはよくこの辺りに出没していたんだろ?その当初の目的はバイトだったかもしれないさ。でも奴らのような連中は人を洗脳する特殊技能なんかいくらでも持ってる。シンプルに説得されたのかもしれないがね」

優等生の晶野に限ってそんなことがあるのかと思うと同時に、俺が会っていない時のアイツがこういう活動をしていたとしても知らなくて当然だ、という感情が渦を巻く。

俺はどうすればいい。

「まず君に依頼したい仕事は今回の財団職員襲撃事件の調査だ。晶野くんの身辺調査もそうだし、当日の状況とか。あとは恋昏崎の人間ないし、そこと繋がってるフリーランス達が新宿でどういう勢力を広げてるか、君を使って情報を得させてほしい。」

晶野はいままで晶野自身のことをどのくらい話しただろうか、思えば、どこの大学に進む予定なのかも聞かされていない。

「君は友人のことを信じてるんだろ?ただの一般人の彼が事件に関与してるはずがないって、そう思うんだろ?なら君が直接見てくればいいじゃないかという提案だ。この依頼を受けてくれれば、子供だと見くびらずに報酬は弾むし、我々は君が真実を知ることに助力する。申し訳ないが、この話を一旦持ち帰ったりとかはさせてやれない。今この場で決断してくれ。無理に来いとは言わない。もし拒否しても、今日話したことを忘れてもらうだけで危害を加えるつもりなんてないさ。ただ我々には、君の希望を絶対に叶えてやるだけの力があるんだ」

……俺の心は決まっていた。

あとは、俺の決意を、震える唇でゆっくりと、伝えていくだけだ

「……難しい話は苦手なんです。俺はただの一般人で、晶野ともただの一般人らしい日常を過ごしてきました。俺がやらなきゃいけないのは、晶野の死の真相を知ることじゃなくて、晶野の死を受け止めることなんですよ。アイツへの見方が変わる様なことがあっても、その時には俺は後戻りできなくなってるかもしれない。それに……」

俺は今できる精一杯の表情で、震えを抑えながら言う。

「うちの高校、バイトダメなんで。ごめんなさい。」

特に明記しない限り、このページのコンテンツは次のライセンスの下にあります: Creative Commons Attribution-ShareAlike 3.0 License