深紅装甲
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6258万人。

国内における1日あたりの鉄道利用者数である。行きと帰りの2で割れば実際の利用者はざっと3000万人。日本国民の実に1/4は、鉄道と共にそれぞれの人生を歩んでいるらしい。


『遅えぞ新人!』

モーター音。向かい風。先輩機のテールライトと、怒号。地下トンネル内であるが故に尚更良く響く。どこまでも続く一点透視の暗闇を時速70kmで駆け抜ける。先輩はまたもや無理矢理振り返り、ヘルメットのバイザーを介して後続機を睨みつけた。

『合わせろ!後続班が可哀そうだろうが!』
「さっき速すぎると」
『フラグ機に合わせろっての!!俺のケツ追っかけても仕方ねえんだよ!!』

バイク型の操縦桿を絞る。ディスプレイに表示されたフラグ機ステータスによれば、つい先ほど隊列の機動速度が75km/sを突破したらしい。

多目的高速軌道上自律車両。通称レールトラスト。外付けの操縦ブロックから前方にかけてエンジンブロック、ウェポンブロックと続き、機体中央から4本の脚を広げたシルエットは大型バイク大の蜘蛛を想起させる。それぞれの脚に搭載されたボールタイヤは3時間前から唸りっぱなしだった。

精密に設置された2本のレールに機体と搭乗者の全重量を託し、16+1機の1列縦隊で閉鎖後の総武快速線地下鉄道エリアを走る。あと数分で馬喰横山駅。その先に待ち構える錦糸町駅は地上駅である。

『──15秒後に停車。用意』

先頭から2番目。フラグ機搭乗者が総員停止の信号を送る。ここだ。アクセルを完全に緩めてブレーキレバーを断続的に引く。マップ上で徐々に減速を開始したフラグ機は宣言通り15秒かけて静止する。これに合わせて全車が一斉に停止した。先輩はまたもや12番機の搭乗者を睨みつけている。

『総員降車。駐屯所に戻り次第ミーティングを開始。新人は別途連絡を待て』


「──ともあれホワイト・スーツの登場と実用化……これらはGOCにとって決定的なアドバンテージとなった」

教鞭代わりの警棒を片手に携え、白衣姿の髭面はホワイトボードの右端から柔らかく足取りを進めた。講義の開始から丁度30分。訓練を終えてから不眠不休の2時間が経過しているというのに、男の奇妙な往復歩行はジャスト30セット目に突入している。

「軍用ヘリ顔負けの火力と攻撃範囲。戦車を越える機動力。生存性能。認知災害対策。あらゆる超常に対応可能な各種装備類。……信じられるか?」

ホワイトボードを軽く小突く。衝撃で磁石が数個落ちても意に介した様子はない。髭面は踵を返し、再びボードのに沿って歩きながら続けた。

「日本支部が実働部隊30名とバックアップ120名を投入してようやく鎮圧が叶うレベルの超常を、連中は!ホワイト・スーツ装備の4人1班とバックアップ8名で処理する!ここまで語った最初期収容戦術論を思い出してみろ!」

わざとらしく音を立てながら警棒を振るう。よく知らない組織のよく知らない兵装の講釈を垂れ流された挙句、いきなり鬼のような形相の髭面に鈍器で指し示されているわけだから締まりが悪い。顔の見えない先輩に怒鳴られ続けて間もない新人、鳩羽唯は、得意の引き攣った笑いも浮かべられずにいた。

しかして本当に締まりが悪いのは鈍器のせいでもなければいつまで続くか解らない講義の時間のせいでもない。何の説明もなく警棒を持ち歩く白衣の髭面のせいでもない。一昨日の、もっと言えば一昨日の午後8時という迷惑甚だしい時間に機動部隊て-0(“第四軌条”)第5分遣隊からの異動を命じられ、精神的な準備も一切整わないまま強引に東京まで引きずり出されてきた理由、その経緯が未だ不透明なことが何よりも理解できないのである。

「──火力!機動力!生命保護能力!対応力!最前線を構成する最小単位たる個人が超常と対等に戦うための鎧!財団がこの極地に到達できなかった理由についてはこの際割愛するが兎も角!正常性維持機関が二大巨頭の一角を担う我々が!彼らに遅れを取ることは許されなかったそこで!」

警棒一閃。所々にヒビの入っていたボードがついに拉げて割れる。

「財団スイス支部と日本支部は共同してコイツの開発に着手し、頓挫したわけだ」
「──いい加減にしろよアホンダラ」

30分ぶりに耳にする別人の声。振り返ればフラグ機搭乗者、第2分遣隊の隊長がそこにいた。

「僕は彼女に“地下鉄路線内におけるレールトラスト運用の基本思想を説け”と依頼したんだ。誰も製造開発の歴史を求めちゃいない」
「運用思想は戦術知識、戦術知識はツールの仕組み、ツールの仕組みはその歴史を知らんことには理解が始まらん。これでも色々割愛して説明したんだぞ」
「アンタの割愛が割愛だった試しは一度たりとも無い。悪いね新人」

自身を二回りは上回る巨体を押し退け、隊長は鳩羽のすぐ隣の席に腰を下ろした。

「機動部隊て-0(“第四軌条”)第5分遣隊前衛1班副長……改め第2分遣隊“ターンテーブル”前衛1班機動員、エージェント鳩羽くん。異動に際して事情はどこまで理解してくれた?」
「それを早く伺いたいのですが」

両手で顔を抑えながら軽く仰け反り、隊長は髭面の退室を促した。髭は名残惜しそうに首を振りながらそれに従う。

30分ぶりの静寂。極力すぐに打ち消したかったのか、隊長はすぐに話を切り出した。

「テストライダーだ。新型レールトラストの運用に付き合ってもらう」
「私は」
「はい」
「地上路線区間内専門という条件で札幌管区に配属された身です。あんなモノを託される人員ではない」
「“あんなモノ”って君ね」

明かな疲弊。レールトラストの操縦経験がない上にやたらと言葉に棘がある新人を急遽抱える羽目になったのだから無理もない。一息つき、飲みかけのペットボトル飲料を一度口に含んでから、隊長は再度鳩羽の方に首を傾ける。

「経歴はもう一度確認させて貰ったよ。海上保安庁と連携したロシア人非公認フリーランス掃討作戦に従事、青函トンネルに残された呪物の回収作戦を補助、緊急停止直後の列車に突入して敵性奇跡術師1名を殺害。4年勤めにしては中々な戦績だ」
「首都圏担当の貴隊と比べる程の実績ではありません。藤沢隊長」
「純粋な褒めを否定しにかからないでよ」

互いに不平不満をぶつけたいのは山々といった具合だが、流石にこうも真正面から突っぱねられると来るものがある。藤沢は再度ペットボトルに手を伸ばす。地下での戦闘、その訓練に従事し始めてから早6年が経過しようとしていたわけだが、

「本題はそこだ。今回の異動についてだが、どうにも君の経歴自体は一切関係していないらしい」
「北海道は対国家逸脱戦闘の最前線です。実働人員の欠員は少なからず国家防衛の足枷となる。改めて明確な理由説明を求めます」
「国家防衛ね」

「凡そ財団職員の台詞とは思えないな」と、飲む前にもう一度封をしたペットボトルを雑にケツポケットに突っ込み、藤沢は立ち上がる。何かを察して鳩羽もそれに倣った。

「歩きながらでよろしいかね」


「第四軌条のメインテーマは鉄道網に関連する超常の対応。その都合から全国各区に分遣隊を駐屯させているが、駐屯地の地域的特性に応じる必要から各隊の装備もガラパゴス化する。我が第2分遣隊の管轄は都心部とその周辺に張り巡らされた地下鉄路線全般だ」

部隊駐屯地815L付新宿方面駐屯所A2。その地下6階。都心部を拠点とする機動部隊の統合駐屯所の1つであり、第四軌条第2分遣隊1分隊のスペースはこの施設の最深部にあった。2、3分隊はそれぞれ神田、浅草方面の駐屯所に地上待機しており、同規模を誇る第1分遣隊“1番線”は品川・蒲田方面を拠点としている。

「機動部隊」という単位で括られた作戦コマンドとしては国内最大規模を誇るが、実質的には全国各地に散らされた分遣隊がそれぞれの管轄区内で独自行動しているだけに過ぎない。第四軌条は

「第5……札幌方面隊と言っても君の分隊拠点は北海道の最北端だった。国内外の要注意団体摘発や非公認フリーランスの討伐が主任務と聞くし、同じ隊にありながらレールトラストの操縦経験が皆無だったのも仕方の無いことだ。事実札幌エリアでの地下鉄事案も少なかったしね」
「本題を」
「“未だ明確ではない”。故に“君を招いた張本人に会いに行く”」
「00の担当管理官でしょうか」
「言っても信じてくれない。だから見せる」
「?」

扉が開く。藤沢に続いて鳩羽も足を踏み入れた。

「“起動”は?」
「到着した時点で既に……」
「話通じるんだろうな」
「相互コミュニケーションは取れますがなんというか」

「鳩羽さん?としか話さないらしいです」
「私と?」

『初めまして鳩羽さん!』

『私はレッドバック!貴女の専用レールトラストです!』


「レールトラストは地下鉄路線内での機動を前提に再設計、改良された財団製のアシストモビリティだ。名の通りレールが無ければ成り立たない兵器だが、コイツが無ければ次は第2分遣隊が成り立たん」

「俺たちの戦場は地下道故に概ねして一次元的、かつ非常に長大な空間だ。軌道上の収容対象と対峙した場合、上下左右の逃げ道が失われた、しかも平均して前後500m以上はその条件が続く環境下で戦わなければならない」
「言うほど直線的ですか?地下鉄って」
「……続けて良いですか」
「どうぞ」

「『どうぞ』じゃないんだよ」とでも言いたげな目で、実際それをあえて口に出さないよう可能な限り努力しながら藤沢は続ける。新人の歩行スピードが速すぎるのでこちらから合わせる必要があった。

「生半可な兵員物資輸送用の電動列車は対超常戦闘で使えない。的がデカく加速は遅く、ブレーキ使用時の制動距離は長く、更に何らかの原因により行動不能となった場合のリスクがデカい。大破した場合は二次収容作戦の展開以前に車両撤去という課題が降りかかってくる」
「大型バイクと同サイズの4脚型移動兵装を個別運用しているのは機動性と制動性の両立、隊員保護やアクシデント発生後の撤去作業を想定してのことですね」
「説明したかったとこなんだけどな……」

コイツとは絶対に仲良くなれないという確信。藤沢は口元をグニャグニャ曲げながら少し足取りを早める。日頃から日本人らしく精密に敷設されたレールばかり流れているのもあって、駐屯地の天井を埋め尽くす規則的に並んだ蛍光灯の列は目の毒だった。その光を薄らぼんやりと反射している床でさえも鬱陶しい。

「実際アレは良い兵装だ。1機あたり最大2名までしか積載できないにしても速くて小回りが利くし、多少技術が必要にはなるが一時的にレール上から外れて行動することもできる。移動中に1機撃破されたとしても基本的には乗員1名の重症か死亡で収まる」
「作戦区域への移動が終了した後は対象確保後の簡易収容保管車両、兼隊員用の防護盾として機能するとも聞きました。確かに財団用兵器としてのコンセプトは素晴らしい」
「コンセプトはね」


レールトラストの歴史は中途半端に長い。

事の発端はやはりGOCとその主力兵装、ホワイト・スーツだった。対超常、ヴェール保護、そして人類の存続を目的とした世界規模の組織といえば財団かGOCの2つしか無く、しかしてそのスタンスや背景もあって両者が相容れる機会は少ない。互いに独自のアドバンテージを求め続ける競争自体はもはや必然のものであったわけだが、特にこの高軌道型パワードスーツは目に見えてGOCの対超常戦闘における優位性を物語っていた。

火力、防御力、機動力、継戦能力、あらゆる環境への適応能力、挙げ始めればキリが無いが、目的が超常の収容にせよ破壊にせよ現場に立つのはあくまで人間である。目の前の脅威を相手に人として、個として、かつ群として強くあれるホワイト・スーツの性能を財団は妬み、恐れ、同時にその技術的アドバンテージを克服しようとしていた。

『そこで僕らのご先祖様!全環境対応型脅威鎮圧執行補助車両が、ヒルメ開発と財団81管区、並びにスイス支部の技術者たちによる共同プロジェクトで爆誕するのです!』

紅いレールトラストは、人間的に表記するなら「得意気」にフレームを跳ね上げる。鳩羽はその場に突っ立ったまま無表情に眺めるだけで、レールトラストが先程の髭面と同じような無意味往復を重ねている人工知能については特に何も覚えていない。さっさと原隊復帰させろという意思を込めるには目力があまりにも足りない。

『4脚とタイヤを状況に応じて使い分けるクリスティ方式を採用した、人員/物資輸送用の半自律走行ユニット!オペレーターによる遠隔操作、ライダーによる手動操作、そして機体そのものに内蔵された簡易AIによる独立駆動まで操作方式は広々対応!』
「口調はそれがデフォルトなのか?」
『武器も対応機種満載!壁も登れるし盾にもなるし室内戦もできちゃう!簡易収容房やロッカーも取付けできます!すごい!』

第2分遣隊に配備されているレールトラストも当然簡易AIが詰め込まれており、分隊ヘッド機は常にAIコマンドによって駆動している。地下という環境も相まって作戦中の電波状況が壊滅的に悪化するため、作戦本部からの遠隔操縦はかなり前に廃止されていた。

無視を決め込んで説明を続けるレッドバックから目を背け、天井を見上げる。北海道の偽装ビルが懐かしい。少なくともあそこには昼夜のサイクルを視覚的に表してくれる街並みがあった。夜の地下というのはどうにも感覚が狂う。ラボで踊り狂う深紅のレールトラストが目の前にいるともなると、嫌に明晰な悪夢を見ているような気さえしてくる。

レッドバックはやはり髭面のようにアームを伸ばしてこちらの注目を惹きつけにかかってくる。

『そんな便利な対超常用補助兵器が投入されるべき戦場が!』
「一つも無かった」
『一つも無かったのです!』

機械相手でも無意識な台詞の横取りをする癖は変わらないが、レッドバックは人間らしさしかない藤沢隊長とは対極的に動じない。横取りされたはずの台詞はそっくりそのまま、何のツッコミも無しに吐く。鳩羽は反射的に口を噤んで腕を組み直した。いつの間にか各路線の始発が動き出す時刻が迫っている。

『拗れに拗れた当プロジェクトは対立組織に対するパフォーマンスとしてすら十分に機能せず、更には当時のAI技術の限界もあって、半自律駆動する戦術補助ユニットとしては不十分過ぎる性能を晒す羽目になりました!そんなわけで僕らは10年単位のお蔵入りを食らうわけですが』
「──1985年、浅草橋駅でソイツは発生した」

藤沢が割って入った。レッドバックは鳩羽の時とは打って変わり、何故か途中で説明を止めて藤沢にアームを向ける。残弾0とはいえど取り外されていない火器をいきなり上官に向けるのはどうなのかと訝しみ、藤沢は銃口から目を背けるように頭を掻き毟って切り出す。

「超常テロだ。駅内超常事案における専門部隊というのは一切確立していなかった故に対応は後手に後手にと遅れを取り、民間人の犠牲者数は3桁を越えた。記録もクソもヴェールの向こう側じゃ全部消し去られたけどな」
『地下、地上問わず重武装での侵入が難しい線路内への迅速な侵入と、線路内で全てを終わらせるための速効性が必要とさた事案です!詳しい説明は省きますが終わったはずの僕らが注目されました!』

鳩羽は少しばかり考え込む。「リアルタイムでの自然な会話を可能とする超高性能AIを搭載した」「アームと増設シールドを装備したワンオフ試験機」「単身送り込まれてきたテストライダー」という3つのヒントから考えるに、恐らく自分の、そしてレッドバックのポジションは明らかに分隊12番隊員ではない。

1列縦隊を常に強要される作戦環境。いついかなる時も最前列が最も重要となる部隊の特性。作戦区域到達後のレールトラストに想定されていた隊員保護性能と、ある程度の火力。それらを過剰に詰め込んだ1機。

「……レッドバック」
『はい!』
「ヘッド機だなお前」
『その通りです!』

『従来の無人型ヘッド機は作戦区域指定後の降車戦闘において移動式シールドとしての役割を果たすわけですが、これらはあくまでシールドとしてしか活躍しない』
「」

『私の第一任務は搭乗員と部隊員全員の保護、及び生還支援です!』
「お前の目的は半分理解した。もう半分についてだが、何で私なんだ?」
『質問の意図を理解しかねます!』
「何で私がテストライダーなんだと聞いている」
『財団イントラネット内でアクセス可能な部隊員の人格データから算出した結果です!私の最適格ライダーは貴女でした!』
「その評価基準というのは?」
『言語化できません!』
「隊長」

「いくつか質問があります」
「どーぞ」
「これは“誰の意志による”プロジェクトなのですか」
『クリアランスレベルの都合からお答えしかねます』
「お前には聞いていない。次に」
「うん」

「私はいつ、原隊に復帰できますか」と、これまでの言動と比較すれば相対的に力強く聞こえる声調で鳩羽は問い詰める。藤沢は面食らった顔で数秒固まった後、上げっぱなしだった肩をゆっくりと落としながらため息を漏らし、

「……ここが原隊だ」

独り言のように返した。


『ヘッド機発進後は全隊順次発進を開始。車間距離は各機40mに統一設定。作戦区域設定後は総員降車し、収容班による回収作戦のため脅威の攻撃性能を一定レベルまで削ぐ』

翌日の深夜2時。やはり総武快速線地下ホームを舞台に訓練が始まる。

馬喰横山駅から出発して、2駅先の東京駅に設置された無人レールトラストを無力化、回収するといった内容だが、その都合から今回は品川方面第1分遣隊“1番線”第3分隊が品川方面から挟撃を仕掛ける運びとなっている。両隊のヘッド機が脅威に接近し、それぞれが目視戦闘距離で停止した場合、2機と脅威の位置を基準にその事案における「作戦区域」が設定されるのだ。

『フラグよりヘッド。発進せよ。会敵時は目視戦闘距離まで接近しその場で待機するように』
「ヘッド了解」

覚えたばかりの受け答えの後、何の面白みも無く発進する。今日は毎度睨みつけてくる先輩が目の前にいない。速度についてはヘッド機より少し早くてもいいくらいである。どうせ急停止しても衝突に10秒近くかかるくらいには車間距離を開けて走るのだから。

股の下で相変わらず勝手に揺れているのが紅いレールトラストでなければ幾分かマシだったかもしれないと、鳩羽は小さくため息を吐いてからアクセルレバーを捻った。静かに、力強く、自分の肉体がレールに沿って前進する。

「レッドバック」
『はい!』
「フラグ機への報告はお前の担当だ」
『りょーかいです!』

自律駆動状態のハエトリが出来ることはレッドバックにも出来る。ライダーとレッドバックが真の意味で組むべき局面は、寧ろ作戦区域設定後の収容作戦にある。

戦闘プログラムが熟成し切っていないレッドバックを修羅場に漬け込む。16名の隊員を機体1つで保護しながらジリジリと前進し、時と場合によってはホーム側に展開した味方の援護射撃と連携して火線を維持し、極力線路の内側でケリを付けるべく理詰めの攻撃を行う。正直な話ただ先頭機として走行するだけならフルオート操縦に任せっきりでも大丈夫なくらいだ。

「……何が怖いんだろうな」
『はーい?』

鳩羽は理解できなかった。ハエトリの現性能を鑑みれば作戦区域までの移動はオート操縦でも事足りるし、仮に移動中に事件事故が発生したとしても反応速度は内臓AIの方が上だ。訓練なら兎も角現場でもマニュアル操作に拘る理由が解らない。

[加筆]

『1-3フラグより2-1ヘッド!こちらのヘッド機が現着した!』
「2-1ヘッドより1-3フラグ、ヘッド機に待機を促し軌道内戦闘隊形への移行を」

先に到着したのは第1分遣隊だった。あと数十秒も走っていればこちらも目視戦闘距離に入る。隊内回線で藤沢にコールすべきだ

「ヘッドよりフラグ。軌道上の」


「死ぬつもりかよあの新人?」
「俺達全員死なせないつもりなんだとさ」

「ヘッド機ってそもそも自動操縦の無人レールトラストが担当するモンだろ!?軌道上だろうが駅構造内だろうが一番最初に接敵するポジションだ!」
「2機目ポジの前衛1班班長が2年も保たん部隊だってのにな」
「それがどうも」

「乗るのがハエトリ以降の新世代型らしくて」「マジで!?」

「作戦前に今一度確認する。お前とレッドバックの役目は?」
「軌道上に存在する報告事項の伝達と最初期対応」
「よろしい。総員乗車!」


「また面倒臭え駅で……」
「緊急避難と記憶処理は成功している。Fクラス化した駅員が財団エージェントが来る前に避難完了させたんだと」
「公認フリーランスってやつか」

過去に発生した首都圏での超常災害において財団との共同作業に従事した駅員の一部は、「事案を一度経験して生還している」という点において非常に希少な人材である。その有用性は事件終息後の記憶処理で消し去るには惜しく、しかし当人らが決して財団への完全な就職を決して望まなかったことから、財団は国内超常個人営業者取締条約に則る形で全員をJAGPATO公認フリーランスと定め、彼らに記憶と身柄の安全を保障した。義務らしい義務は機密保護ミームの定期接種と事件発生時の通報、それと避難協力である。

「続報だ。敵の異常性についてはシラユキヒメ型の現実改変で間違いないらしい。」

全員が再度端末を注視する。

無自覚且つ未覚醒の現実改変者の突発的な死亡に際して稀に起きる事故である。「脳機能の一部を残して死亡した改変者の残骸が寝惚けたように改変行為を繰り返す現象」として知られており、その凶悪性から財団機動部隊の一部はGOC主導の合同訓練に参加して対抗戦術を学んでいた。第四軌条第2分遣隊はあくまで通常の、意識と判断能力が残っている現実改変者の処理について辛うじて知見を齧っているだけに過ぎず、部隊規定に基づいて作戦を立てるなら「第四軌条で脅威を牽制し、別働の専門部隊がトドメを刺す」といったモノになるはずだ。

シラユキヒメに敵意や悪意はない。問題なのは善意や良心すらも失った致命的な脅威が、人間的な側面を残したままの現実改変者には成し得ない予測不能な大惨事を巻き起こしかねない点にある。

「車内カミカクシよか対処のしようがあるな」
「第1分遣隊の到着は待ってられんでしょうねコレ。“ターンテーブル”総力戦か」
「ホーム上への乗り上げ阻止もクソも、そもそもホーム上での突然死が原因でこうなったわけでだろ?俺らの突入前に地上出口から市街地に脱走なんてのもあり得るんじゃない?」
「……新人と隊長来ましたよ」

全員が起立し、割れたままのホワイトボーを背に立つ藤沢へ傾注する。何故かその隣に立ったままの鳩羽に気を散らされながら。間もなく着席の合図が入った。

「2分後に移動を開始するため手短に。現場状況は端末に送信された通りで、2、3分隊は既に神田駐屯地から出動済みだ」

もう一度端末を取る者。そのまま隊長から目を離さない者。何故か未だ微動だにせず隊長の側に立っている者、それにツッコミを入れかねて辟易している者。数日前からイレギュラーが1人と1機増えただけとは言えど、例事通りの事件に際して未だ得体のしれない要素が2つも介入してくるとなれば話は別だった。訓練時以上に隊が浮ついている。

出動の流れは大まかに決まっている。レールトラストと隊員を積載したトラック数台で駐屯基地から新宿駅まで直接リンクしている地下道を走り、現着後は搭乗完了後のレールトラストをその場で展開して1列横隊で着軌する。これはあくまで第2分遣隊1分隊の移動経路であり、別働の2分隊、3分隊は地上経由で住吉駅まで移送される予定だ。

「都営新宿線の路線は諸君らの頭に叩き込んだ通り。対象が別路線に飛んだ場合を想定し、接敵までは駅ホーム通過時を除き2列縦隊行動を原則とする。レール操作は定例通りこちらの職員が代理執行する予定だ」

藤沢の合図で鳩羽が前に出る。突っ立ったまま微動だにしなかった新人がいきなり人間らしく歩き始めただけだというのに、何故こうも心臓に悪い衝撃ばかりが押し寄せてくるのか。分隊員は一斉に背を伸ばして固まった。原因は新人の素性性格と、あの紅いレールトラストにあること自体は明確である。

「出発時のフォーメーションについてだが、我々の隊列から300m前方を鳩羽とレッドバックに先行させる。2分隊ヘッド機とレッドバックがそれぞれ目視戦闘距離で停止した場合は当該エリアを初期収容区画として鎮圧作戦を展開。第2戦闘距離を維持しながら線路区画内までの誘導、拘束、牽制を継続し、直近の対現実改変者専門部隊の到着まで時間を稼ぐ。質問は?」
「線路区画で戦うしかないんですね?」

辻堂だった。手を挙げながら指される前に質問を投げる癖は変わらない。

「死にかけとはいえ敵は現実改変者だ。当人の観測範囲が物理的に拡張される事態だけは何としてでも避けたい」
「観測範囲が絞り込まれるほど改変能力の精密性は増す。俺たちの戦場は常に一直線だ。1回の改変で分隊1個が全滅なんて線も起こり得るでしょう」
「かもしれないな」
「戦闘距離は3に設定して様子見すべきかと。事実対象の眠り姫化から15分、一度も改変は……」
「2だ。かつ線路区画への誘導行為は行う。我々のアクションにより何が発生しようと、ホーム近辺での野放し状態は今後の予測不能行動も考えて看過できない」

「時間だ」と、藤沢が手を叩く。防火衣に似た搭乗用スーツをはためかせ、鳩羽を先頭に17名の分隊員が一斉に会議室から駆け出した。


『──新人』
「はい」

全員乗車後。隊内通信網を介してのコールだった。辻堂の唐突な呼びかけに慣れ始めた鳩羽は何も臆することなく聞き返す。

『路線図とか憶えてんだろうな』
「記憶しています」
『新宿駅から?』
「番号順に新宿三丁目、曙橋駅、市ヶ谷、九段下、神保町、小川町」
『OKもういい』
『うるせえよ辻堂』

口と治安の悪さにおいては81管区直下機動部隊の中でも並みであると聞く。事態が発生すれば死と隣り合わせの最前線に投入される人員の集まりである以上、多少なりとも荒くれ者らしさが露呈するのは仕方の無いことであった。別に今日に限っての険悪ムードというわけでもない。第2分遣隊第1分隊においては尚更のことである。

『今の段階で使い物にならんなら藤沢隊長が前線に出すわけないだろ』
『有人ヘッド機の初導入だぜ。どんな神経してたらそんなアホみたいに落ち着いていられる?』
『アタシらが信じるのは藤沢隊長だ。隊長が正解っつったらそれが正解なんだよ』
『ボケ共が。同じ生き物として恥ずかしいね』
『財団機動部隊員だ。生き物じゃない』
『だったら尚更無駄死になんて御免だ。聞いてるか新人』

「死にたく無けりゃ死ぬような真似するなよ」と、解り切ったことをわざわざ念入りに押しつけた。辻堂という男の実力は隊内でも屈指の本物だったが、その強さはこの小心に起因している。強くあり続けるために全てを疑い、警戒し続ける姿勢は結果的に藤沢からも買われていた。

鳩羽は動じない。辻堂の一言で気を引き締め直す程経験不足ではなかった。流石の辻堂もそれを無視と捉えるほど鈍感な男ではないらしく、車庫からやってきた移送用トラックが到着することには口を閉じている。

『キャリアが来た。順次荷台に上がれ』


何の面白みも無い移動を続けて10分。本隊より300m前方をフルスピードで走行していたレッドバックは、鳩羽が吹き飛ばないギリギリの加減で断続ブレーキを開始する。カメラ映像と音声、内臓AIが算出した現時点での危険指数は暗号化されてフラグ機に伝達される。

鳩羽の眼前。九段下駅ホームの丁度中程に“脅威”は佇んでいた。サイズは人間大だが、

「2-1ヘッドよりフラグ。作戦目標を目視確認」
『2-2フラグより各員。こちらのヘッド機も目視戦闘距離に到達している』
『2-1ヘッドより各員。現時刻を以て当収容作戦における区域を設定する。対応部隊の到着まで絶対にホームに上げるな』

第2分遣隊2分隊の連中が続々と停車し、ヘッド機を盾にする形で戦闘隊形に移行している。


「隊長」

「私の意味を見出しました」
「言ってくれ。君はヘッドライダーだ」

「奴が地上へ出る前にレッドバックでブッ飛ばします」
「ヘッド機以外は総員撤退。3分隊は2分隊員の回収に回れ」

「マジでやらせるつもりですか隊長!!」


風が気持ちいい、なんて感じたことは一度たりとも無い。地下道に流れ込む気流に風情や爽快を覚えるほど出来た人間ではなかった。

[加筆]

「現在速度」
『時速90.1km』
「フロント重心。ウィンドシールドとランチャーは2門とも破棄」
『搭乗員が危険です!』
「やれ」

ハンドルのすぐ奥に配置された防風用のアクリルシールドが縦に割れて吹っ飛ぶ。向かい風がモロに顔面にぶつかってくる。続けて足元に設置されたグレネードランチャー2門が後方へと消えていく。

機体重量が幾分かマシになってくれた。更に加速すべく右ハンドルを絞るが、途中から不自然にその抵抗が消え失せる。レッドバックは自らの意志で加速を拒否していた。

「レッドバック」
『軌道構造に則った速度制限を開始しました!時速94kmを越えた走行継続は脱線の危険性が伴います!』
「このままじゃ引き離される」
『乗員の安全を保障できません!』

脅威の移動方法にも変化が表れ始めた。今までは列車のバケモノらしくレールに沿った走行しか行っていなかった癖に、段々と物理法則を無視した方向転換や、壁や天井を利用しての短距離跳躍を駆使するようになってきている。距離は目に見えて離されていた。1秒間の感覚を開けて相対距離の測定を行っただけでも、双方の数値には実に3m程度の差が生じていた。

爆音と猿叫のケツをただ無表情に、鳩羽は追う。深紅の装甲を軋ませながら。

「追い込み分隊は来ない。追跡戦闘で片を付ける必要がある」
『フラグよりヘッド!説明した通りだが地下鉄道内での爆発物使用は』
「崩落と生き埋めの危険性アリ」
『策は!?』
「天井が消えたタイミングで全火力を開放します」

住吉駅を通過。ここを抜ければ地下ホームのある駅は西大島駅と大島駅のみだ。その先の東大島駅に達してしまえばヴェールの小規模崩壊が発生し、財団側の敗北が確定する。情報の拡散が行われる前に地域全てへの記憶処理とメディア洗浄を行わなければならず、当然ながら莫大な資金と人員がコレに割かれる。作戦失敗は部隊そのものへの信用が失われるのは勿論、財団81管区そのものへの負担となってしまう。

『爆発音の発生だけでも困るんだけどな』
「現段階で一番確実な作戦はこれしかありません」
『俺たちはヴェール屋だ』
「私は第四軌条──」

違う。

第四軌条のメインテーマは鉄道に関連する


前方に光源。西大島駅ホームが近い。このまま加速が続けば残り5分としない内に地上に逃げられてしまう。

阻止線を張る時間は当然ながら無い。

「私の正義だ。レッドバック」
『全装安全装置解除。使用権限解放。エージェント鳩羽による即時脅威排除が許可されました』

[加筆]

やるなら一発。これで頭を吹っ飛ばす。鳩羽唯は迷わない。レッドバックは止まらない。

「コードナイン。レディ」


深紅装甲RED BACK

文字数: 14199

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