アイテム番号: SCP-XXXX-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-XXXX-JPは防腐処理を行い、防音加工を施した低脅威度物品用冷凍保管室に収容されます。SCP-XXXX-JPの今後の実験を行う際は被験者にDクラス職員を用い、その検証後にはクラスA記憶処理剤の服用を行ってください。
説明: SCP-XXXX-JPは20██/██/██に自殺した真桑友梨佳氏の死体です。死因は東京都渋谷区の自宅マンションのベランダからの転落死と判明しており、全体的に酷い損傷が見られます。
毎日16:00から一時間の間に、SCP-XXXX-JPを中心にやや稚拙なピアノの音色(SCP-XXXX-JP-A)が発生します。旋律はヨハン・シュトラウス2世の「トリッチ・トラッチ・ポルカ」と一致し、その発生原は不明です。SCP-XXXX-JP-Aは原曲の演奏時間に近い2分49秒の間続き、音色を聞いた人物の精神に影響を及ぼします。
SCP-XXXX-JP-Aに曝露した人物は一様に「SCP-XXXX-JP-Aの曲が頭から離れない」と証言しています。また強い焦燥感を抱き、予定や作業を素早く消化することに執着するようになります。周囲の人間の前で慌てた様子を見せたり、突然予定を前倒しするなどの行為から、軽微な人格への影響も確認されています。加えて処理能力もやや上昇し、人物が行う作業の完了速度が改善されます。これらの影響は無期限に残り続けると考えられていますが、クラスA記憶処理剤の投与によって即座に除去できます。
以下はSCP-XXXX-JP-A影響下の人物に対して行われた実験の記録です。
対象: D-43444(過去に受験した適性検査のスコアは34点であった)
実施方法: 対象に適性検査を受験させる。
結果: 対象のスコアが57点に上昇。30分の時間内に全ての問題に解答した。対象は常に慌てた様子であった。
コメント: 他に俺への実験とかありませんか?あるなら早く終わらせてくださいね、明日も早いんで。 -D-43444
対象: 水賀研究員
実施方法: 研究室(約50.0m2)の清掃と簡易的な片付けを依頼する。
結果: 5分35秒後、清掃完了を報告した。作業中、椅子や薬瓶を転倒させる場面もあったものの、概ね整理整頓された状態になった。対象は常に慌てた様子であった。
コメント: 終わりました!すぐ残りの仕事に戻らないといけないので、失礼します。また今度。 -水賀研究員
対象: 佐川研究員
実施方法: 新たに発見されたAnomalousクラスアイテム5件についての報告文書の作成を依頼する。
結果: 10分23秒後、全てのAnomalousクラスアイテムについての文書の作成を完了したが、著しい誤字、脱字、衍字があった。対象は常に慌てた様子であった。
コメント: 頭の中でずっとトリッチ・トラッチ・ポルカが流れてて。あの急かしてくる感じのテンポのお陰で指がいつも以上に早く動きました。こういう感じのコメントで、大丈夫ですか? -佐川研究員
補遺: 20██/██/██/16:32にSCP-XXXX-JPである真桑友梨佳氏が自殺した際、同日中に真桑七美氏、真桑海氏、真桑神奈汰氏の死亡も確認されています。3名の死亡とSCP-XXXX-JPの異常性の関連については現在調査が行われています。
以下は目撃者への調査で判明した、3名の死因及び当時の状況と、近隣住民へのインタビュー記録です。
氏名 | 友梨佳氏との関係 | 死亡時の状況 |
---|---|---|
真桑七美 | 母親 | 在宅。マンションのエントランスから道に飛び出したところを走行車と衝突し死亡。 |
真桑海 | 父親 | 自身が経営する会社にて勤務中。電話を受けながら階段を駆け下りたところ、転落し頭部を打つなどして死亡。 |
真桑神奈汰 | 兄 | 七美氏、友梨佳氏が搬送された病院の方角へ自転車で走行中。降りている途中の遮断機を突破しようとして踏切内部へ進入し、出口側の遮断機と衝突した後、すぐに電車に撥ねられ死亡。 |
インタビュー記録(20██/██/██)
インタビュアー: 沼田研究員
インタビュイー: 二階堂保江氏
付記: 二階堂保江氏は真桑氏と同じマンションに住む住民です。沼田研究員は警察関係者を自称し、インタビュイーには事件について近隣住民への聞き込みを行っていると説明しています。
<録音開始>
沼田研究員: 真桑さんご一家と娘さんについてお伺いしてもよろしいでしょうか?
二階堂保江氏: ちょうど私の部屋のひとつ下の、31階のご家族でしたわね?お父様はお見かけしたことがないけれど、お母様が有名なピアノ演奏者の方でした。我々住民の間でも話題になることあったし、すれ違ったときにご挨拶したりすることもありました。
沼田研究員: 娘さんの真桑友梨佳さんはどんな印象でしたか?
二階堂保江氏: 直接かかわることはなかったし、顔を見て挨拶するのも数える程度でしたけど。年の離れたかっこいいお兄様のいる、中学校に上がりたてのお嬢様でしたわね。雰囲気もそこまで悪くない感じで。でもあの子のことは、高層階の人間なら皆知っていたと思います。
二階堂保江氏: 毎日16時ぐらい?学校終わりの時間帯かしら。いっつもあの時間帯になると、お母様と一緒にピアノを練習していたみたいなんです。多分窓側の部屋にピアノを置いているんでしょうね?まあマンションの内側よりは迷惑にならないって考えなのでしょう。来る日も来る日も、トリッチ・トラッチ・ポルカを弾いてました。わかります?テテン、テテン、テテテテテテン、っていう。
沼田研究員: ピアノですか。部屋の近くにお住まいの方には、それが聞こえていたんですね。
二階堂保江氏: それがもう、まだ12歳とはいえ酷いのなんの。弦しかやらない畑違いの私にだって、いや誰が聴いてもわかるくらい、うまいなんて言えない演奏でしたのよ。鍵盤のたたき方もテンポもぐちゃぐちゃのトリッチ・トラッチ・ポルカを、毎日のように聴かされてたんです。せっかく最上階角部屋で一息つける夕方なのに、居心地が悪くて仕方ない。
沼田研究員: 二階堂さんや隣人の方々は、そのことを真桑さん本人に伝えたりしたのですか?
二階堂保江氏: 流石に娘さん本人にじゃないわ?お母様の方にね。皆、迷惑してるんですよ~、大きな問題にしたくないから、早いうちに部屋を移動したりしたらどうですか~、ぐらいの話をしに行きました。それでも全然改善される感じがしないから、皆腹を立てていたんですよ。うちの子はその時間塾に行かせてるから、勉強の迷惑になったりはしてないんですけど。もしうちの子の受験勉強にまで影響してたら、もっと怒ってましたわね。
二階堂保江氏: せっかくお母様はプロの演奏家でいらっしゃるのに、大変ね。それにしてもああいう芸能人って、やっぱりプライドが高いのかしら。元々関わりにくい人だったのよ。前からピアノのことやらなんやらで、娘さんに怒鳴ってるのが聞こえてたし、私たちに対してもずっと敵を見るような眼をしてて。不機嫌で無愛想な彼女が苦手でした。上の階に住んでるだけで、私たち、何もしていないのよ?
沼田研究員: なるほど。真桑さんご家族についてお話しいただきありがとうございました。
二階堂保江氏: いえいえ。それより娘さんは自殺、ご家族も皆それぞれ事故死なのでしょう?なんて気味の悪い事件。世間に変なうわさが広まって、このマンション全体の価値が下がるなんてことが、ないといいのだけれど。<録音終了>
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