硝煙のかおりとは、このかすかに纏わりつく白い粒子であろうか。膝の上で今しがた一枚になったカードをぬくめつつ、片手は無意識に鼻頭にふれていた。やわい線の指先には戦からほど遠い、枯れた古紙のかおりが染みついている。どこか鉄くさい硝煙に張りつめた心が、慣れ親しんだ書庫を想起してわずかに解れていく。俯いた視線をあげると、未だなれきらない糊がしゃりり、とちいさく鳴いた。
無心で引きぬいたカードは抵抗なく手のひらに滑りこんだ。もう何度目かの帰還を果たした道化師のどこかうつろな瞳をじっと見かえす。彼はいつ僕を殺すのだろう。脳裏のとおく、金属音がこだまする。かちり、きっと僕は知らなかった、撃鉄のおと。一週間と二日まえ、ひとひらの紙片が僕を呼んだ。紙魚相手の戦しか知らなかった僕はただ、叱責に疲労をかさねるばかりだった。
吹きこんだひとすじの風が、鉄くささを孕んだ香のかおりを運ぶ。煩くない、気品あるかおり。視界のすみににじむ豪奢な肩章もまた、目前の男の高貴さをしめしているようだった。彼はこの場にあることをみずから望んだのだろうか。
なめらかな手袋の指のあいだ、道化師はするりと引きぬかれていった。緻密に描きこまれた彼と目が合った気がした。自然と僕を狙う銃口を想起した。黒い、くろい穴のむこう、穿たれてしまえば僕はひとりも殺さないでいられる。ふたりきりの勝負、彼が向かいの男を選ぶとき、僕の指先は罪に汚れないでいられるだろうか。道化師から逃れ、赤い心の臓を解き放つとき、そのひとつは鼓動を止めるのだ。
このクソッタレな勝負にも射幸心を煽られるのが人間という生き物だと、俺はこの瞬間に体感した。
俺は今、チープな五角の卓上で、命懸けのババ抜きをしている。
「最も勝ちから遠い人間を一定ターンごとに射殺する」という、気の利いた追加ルールまであるトランプ遊びだ。
勝って得るものは雇い主の名誉と、それなりの金。負けて失うものは命を含む全て。ちっとも割に合ってない。
だが、今日の俺は運が良い。最後の2人にまで生き残り、ババは相手の手元に行き、自分の手札はA1枚とまで来た。流石にここまで来ると心拍は痛いほどに躍動し、脳汁が堰を切ったように全身へ行き渡る。思わず息が荒くなる。
『射殺ターンまで 残り 3 手』
ラストスパート。逃げ切れたら俺の勝ちだ。しかし、老人の表情は卑屈のそれだ。もう終わりだとでも言わんばかりだ。
『手札を シャッフル しましょう 全員の 「完了」の 宣言 あるいは 120秒 経過で 終了 です』
完了はテーブルのボタンを押すことで宣言される。俺は即座に押した。対する老人はシャッフルをする。しないわけがない。音がよく聞こえる。紙と紙の擦れる音と機械音声。緊張を加速させるには十分な音だ。
さて。相手は自分自身すらも騙す大嘘つきだ。これまで老人相手に読みを成立できた人間は居なかった。心理学のプロですら最後まで読めていなかった。老人自身の読みの力はあまりないが、「ハズレを引かせる」ことに関しては誰の追随も許さなかった。
つまり、老人から何かを読み取ろうとするのは無駄なことだ。疑心を掻き立て、行動を所作で誘導する、マインドコントロールの天才。それが老人だ。どう出る?
『10秒 経──全員の 完了 が 宣言されました。手札 を 引いてください。制限時間は 60秒 です』
老人の完了宣言。速い。10秒も経ってない。余裕がないのか?いや、余裕がないのはこっちか!老人が射殺ターンまで耐えれば負けるのは俺だ。老人はそれまで耐えれば良い!
慌てて観察する。老人にひとかけらの本当があれば……という無駄な試みだ。実際、無駄だった。表情は天に祈るという所作を全て顔に集めたような悲壮なものだ。違和感のある動作なんて一つもなく、汗の一滴も半端な場所は存在しない。
しかし、これも演技。本人も本気でそう思っているだけの嘘。奥底には冷徹で他人を死に追いやってでも生き残る意思がある。ああ、コイツは強い。強いからこそ弱者の表情をしているのが堪らなく苛つく。なぜ赦しを乞うような顔をしている。
一転、腹の底から怒りが湧いて、気分の温度差に思考が混線する。考えても無駄なことを考えてしまう。手が止まる。汗があらゆる汗腺から吹き出すリアルな実感が、思考を全て吹き飛ばした。
『残り 10 秒』
音声は焦りを一周回して凪にした。そうだ、考えている余裕はない。余裕がないなら……
最初からこうすれば良かったのだ。乱暴に、手札の一枚を引っ掴む。「マインドコントロールの天才」?「どうやってババを回避する」?それは策を手放せない雑魚の思考だ。こういう状況での答えは一つ。「考えない」だ。
今日の俺は運が良い。1/2なら引き当てられる!!!
老人が反射で力む。離そうとしない札を強引に引き寄せ、絵柄を確認する。道化ではない。ハートのA。そして俺は手札を捨てた。手ぶらになった。老人は手に持つババを見つめながら、機銃の餌食となった。
タバコに火をつけ、一呼吸。俺はもう絶対にこんなバイトはしないと誓った。
パサ、と音が1つ。その後、金属質の重音を響かせ、また1人去る音がする。
何故、俺はここにいるのだろう。何度問いかけたか分からないその問答をまた問う。返答はいつも"分からない"、それだけだ。
後頭部に突き刺さる様に押し付けられた硬い感触が何とも恐ろしく、早く動けと焦らしている。
机の下には2枚のトランプがある。どちらかを選ばなければならない。どちらかが勝利で、どちらかが死だ。ざらりとした紙の質感、その中に差異はないか、少しでも、何か、例え次が来ても決して運だけにならない様に。
手汗がべちゃりとカードへ纏わり付く。材質、傷……無い、角は何かあるか……違いが分からない、何か、何かないかと焦燥感が湧き上がる。
───後頭部からの圧が増した。
反射的に、俺の手はカードを1枚引っ張ってしまっていた。
汗が引く。
あぁ、失敗した失敗した!失敗した!!途端に後頭部が凍っているかの様に冷える。怖い、死ぬのが怖い。いつも俺は運が悪い、車に轢かれた時も、患った重病も、彼女の浮気も……このババ抜きもそうだ。
……紙の擦れた音が聞こえた。だが、銃口は突きつけられたままだ。
"俺の手番が来た"
その事実に緊張と安堵の差で脳汁がグチャグチャに溢れ出て、狂った笑いを堪えるのに必死になる。大粒に育った汗の粒が何筋も伝い、ぼたぼたと服へ落ちた。指がカードに触れる。そこには確かに2枚あった。震えが、喜びとは違う震えが湧き出る。指で質感をもう1度確認する。足掻く事を無駄だと嘲笑う様に、そこには違いなんてなかった。
ただ、後頭部に押し付けられた銃口がもう一度、と俺を急かしていた。
うわ〜お先真っ暗!真っ暗ですよ奥さん!文字通り真っ暗だ〜!何にも分からないままババ抜きさせられていますが負けた奴は銃殺されるとか言うてはるんですよ最近の世の中は物騒ですわね奥さん!?声出したり何も見せてくんないのも嫌になりますわね〜〜〜??
いやぁ現実味薄れてくるねぇここ現実ですかー?現実ですねーーだって体感1時間経ってるのに!この悪夢から目覚めないんですもの!!!うへぇ〜僕に酷な事を強いないで頂きたい!ストレスには非常に弱いことで有名な人間様ですぞ!?控えおろう!!相手も人間なんですけど
いや待て、僕が人間というだけで他の対戦相手は豚か鶏という可能性も、ほら、どっかの動物園で鳩にサッカーの試合の勝利を予想してもらったりとかさ!あるしさ!まぁ声出しダメルールで声出して★即☆射★殺☆されて南無阿弥した人いたから対戦相手も人間であることが知られてるんですよね初見さん?
ちょっと待って下さい?1人去ってく音が?聞こえますねぇ!!ちょっと待って下さい!最初の紹介で行くと10人いて大体8人消えていらっしゃったよね?てかカード残り何?2枚?どっちか引け?え?このままだと僕らどっちか死ぬんですか?やめて下さい死んでしまいます!?
えぇいいざ鎌倉!はい死ねェ!あ、クッソ終わってねぇ!ババ引いたヤベェ!うおおおお!!こええ!!!!手が震える!!!何も見えないのがいっちゃん怖い!!!止めどなく続く思考〜!!これあれだな知ってる深夜テンションでしょこれ、今何時かわかんねぇけど!!!!
お?今紙の擦れる音が、おっと?もしや僕のターン?
僕のターン宣告来たコレ!!はっはっは!はいセーフ!生きてる⤴︎!最高!空気うめぇ!!ばーかばーか!!!!こっからババ以外を引けば良いんでしょ?余裕よ余裕!
……あぁ助けてくれ、死にたくねぇよ
滑らかなトランプカードの質感を親指の先端で何度も確かめる。ハートのAが一枚と、道化の顔のジョーカーが一枚。目の前に座る冴えない顔の眼鏡野郎がハートのAを引いてしまえば、俺は脳天を撃ち抜かれる。一人の死者が出るまで終わらないデスゲームだ。
ババ抜きで命を懸ける羽目になるとは。アホらしいが人生にはそういうこともある。6人いたプレイヤーは次々と抜け、既に二人。そしてカードも眼鏡が持つそれを合わせて3枚。最終局面だ。
2枚のカードを構える。僅かにハートのAを突き出して見せる。単純な心理戦、そのままか、裏をかくか、裏の裏か、そのまた裏か…… 単純だがそれ故の究極の心理戦。
眼鏡の手が震える。まずジョーカーに触れる。俺の目を見てくる。極力ポーカーフェイスを務めているが、眼鏡の奥の魚のような眼が何を見ているかはわからない。おもむろにハートのAに手を伸ばしてきた。眼鏡が鼻息がかかるまで顔を近づけてくる。臭いしキモいし鬱陶しい。汗だらけの顔を拭け。
眼鏡は何度も触れるカードを変えて俺の表情を読んでいた。どうしても手掛かりなしに指運で選びたくはないらしい。仕方がない。奴の指がジョーカーに再々々々度触れた瞬間に、意図的に瞬きして見せた。
時が止まったかのようだ。どう受け取った?眼鏡は眉間に皺を寄せている。どうだ?
時が止まった時間は10秒だったか1分だったかあるいは10分ぐらいだったか。別に見たくもない顔同士でずっと見つめあった後、奴の手はするりとハートのAに伸びた。その一瞬後にジョーカーの方を奪っていった。アホめ。
眼鏡は引いたカードを見、嗚咽を殺して顔を歪め、しばらくした後に汗まみれの手でカードを入れ替え構えた。
片方のカードはかなり飛び出させて、もう片方はほぼ握り込まれている。さて……
人差し指を飛び出したカードの裏面に滑らせる。感触でカードが分かればいいのだが、そんな技能は不可能だ。眼鏡は息を荒くして俺の目を見つめている。もう片方のカードは触りにくいのでカードの端に滑らせてみる。プラスチック製のカードは端までつるんとした感触で、時折、眼鏡の手汗が指に吸いついて不快であった。眼鏡はその間震えていた。
わかるものかこんなもの。奴の手の内深くのカードを強引に引き抜いた。
ジョーカー。
…… 再びカードを入れ替え、構えた。先程と同様少しだけハートのAを飛び出させて見せる。なんだか酷く疲れてきた。相手も同じようで、病的な呼吸の速度で俺の眼とカードを交互に見据える。手指は痙攣しているように、いや痙攣している。顔色も妙に紅潮している。勘弁してくれ。
幾ら時間が流れただろうか?主観的には1時間か2時間か?主催者も流石に飽きはしないだろうか?俺の手も痙攣し、頭が割れそうな頭痛がしてきた。眼鏡野郎の眼は完全に焦点を失っている。俺の手からカードが引き抜かれた。
ハートのA……
……
鯨幕が四方を囲む中で坊主が般若心経を唱える。あの死のババ抜きの参加者全員がその場にいる。
遺影は眼鏡を掛けている。
奴はハートのAを確認した瞬間、心停止した。一人の死者が出るまで終わらないデスゲーム。勝敗以前に死ねば、それで終わり。そういう話だった。
試合に負けて勝負に勝った?奴の方がゲームに真面目だった、真面目過ぎた、のか?どうあれ身代わりになって死んでくれた形だ。
遺影を見た。睨んでいる?結局、俺には人の表情など読めない。わかるものかそんなもの。
悪魔が俺の指先に全体重をかける。
醜悪なそいつと目が合おうが一声を発することも許されない。俺の精神はとっくに限界を迎えていて、人差し指と親指は1枚のトランプすら支えられないほどにひん曲がってしまっていた。
俺が今引いたジョーカーを何度見返しても、2枚目のハートのAに変わってくれたりしない。振り出しだ。ジョーカーの隅にはハンドソープのようなものが付着していて、それは対面に座る奴の口元のものと同じだった。
激しく重たい2枚のカードを落とさないように、机の下で意味もなく順序を入れ替える。汗、唾液、涙、鼻水。6人分のあらゆる液体でべとべとになったトランプが糸を引いている。テーブルの周りの床にはゲロだのクソだのが散乱していて、その上を4つの胴体が泳いでいる。俺も胃の中のものはすっかり吐き出して、今はやたら粘性の高い唾液を半開きの口から滴らせていた。
全く馬鹿げたゲームに付き合わされてしまったと、最初は思っていたが、俺がこのテーブルの上ですべてをぶちまけるかどうかで、何億人といる国民の運命が決まるのだ。緊張はとっくに臨界点を超えてしまった。
手札を上に戻すと、相手は既にこちらに震える手を伸ばしていた。スーツ姿ではあるが、体格からして軍人だろうか。そんな男の顔は、度重なる夜泣きで母親を眠らせない赤子のそれと瓜二つだった。しかし、ひとたび声を上げれば永遠に寝かしつけられてしまう。
思考も目線も集中できない。力の抜けた指から悪魔が飛び立っていくのを見て、俺の寿命が数分伸びたことに気づくのに少しかかった。
俺だってただの外交官だったのに。こんな、手駒みたいにこき捨てられるような扱いを受けるとは思っていなかった。息が上手く吸えず、涙もろくに拭えず、視界が白濁する。もし相手が2枚揃った手札を投げ捨てれば、俺の脳漿と祖国が同時に吹き飛ぶのだ。
俺は数kmにも感じるテーブルの反対側に向かって、指先を伸ばした。震えを抑えられない腕の上で鼻血が川を作り、テーブルに地獄のような池ができていた。
俺達2人は対戦相手のようで運命共同体だ。互いの顔から出る液体を何度も何度も交換し、俺達は一つになっているも同然だ。もう、このターンで終わらせなければ、死を迎えるのも同時だろう。
手がトランプを何度も上滑りして気づく。俺が取ろうとしているカードに、強い力が込められていることを。目線だけを少し上に向けると、奴は白目を向く寸前の表情で口の端に泡を付けていた。
俺も最後の力を振り絞ってトランプを掴んだ。そいつを、そいつを寄越せ。俺は生きたい。生きて人の形を取り戻すんだ。唇を噛み締めた奴からの訴えに、俺も唇を噛み締めて応答する。
引いたトランプに奴の体がついてきた。俺も負けじと腕に向かって身を乗り出す。数cmの距離まで顔面を付き合わせた俺達は二人とも、出るべき場所から出るべき液体が流れていた。俺が指先に力を込める度に、奴の口角が下がり、顔を横方向に小刻みに震わせる。
もうトランプも俺達も、輪郭を留めていなかった。
カードに亀裂が走る。
ふやけたハートのAが、ちらりと見えた。
絶叫。
奴の頭が吹き飛ぶのが見えたと同時に、俺の視界も赤に染った。
全く何でこんな目にとふと思った時、俺はやっと自業自得って言葉の意味を理解したよ。
他にやるべきことはあんのに、パチンコ、競馬、その他諸々で残金をマイナスにしちまった俺がぜーんぶ悪いってな。まだ30代前半だぞ俺。
てな訳でこんな目—つまりは陰気な地下室で、野朗共と負けたら即死のチキチキ猛ババ抜きをするような目—に遭わされている訳だ。
周りで高みの見物をしているのはヤーさんらしき輩で、どうやら俺たちを対象に賭けをしているらしい。ギャンブルのせいでこんな目に遭わされている俺にとっちゃ皮肉以下だ。
横に散らばっているのは実際負けて退場した10人の跡。マヌケな面して退場して消えていった。
生き残った俺の向かいにいるのはムキムキマッチョのごつい野郎。脳味噌まで筋肉ですって顔してるが、案外駆け引きにも強いところがあるらしい。ヤマカンだけは強い自信のある俺と並んでここまで生き残ってきたんだからな。
イカサマはできるタイプに見えないしそもそも俺たちを360度から見守っているカメラのせいで絶対にできないから相当な強みがあるのは間違いない。まあ体にクレーターの如く開いている穴から見るに粗方元ヤーさんといった所だろう。
現在俺の手札は2枚。一枚はハートのA。そしてもう一枚が場合によっては俺の処刑立ち会い人となりうるピエロが踊るジョーカーだ。一方相手は何かのAであることは間違い無い。
相手はどうやら意を決した様で、震える手で手早く俺のピエロを奪い去っていった。安堵のため息が喉を通ろうとしたが、必死でそれを肺の中へと押し込む。危ない危ない。
マッチョは湿っぽい格闘場とはあまりも雰囲気違いのテーブルの下で札を切り始めた。札を切る音をバックに考える。
考えると言っても覚悟をキメているだけではある。だが俺の実感ではこの覚悟タイムがあるのとないのとでは勝率がかなり違う気がしているのだ。きっと神様が力を貸してくれているのだろうと勝手に考えている。
音が消えた。
野郎は二枚の手札を下を見て確認してからテーブルに札を伏せて置いた。
右か左。二者択一。天の神様の言う通り。
手をずらす。相手は眉一つ動かさない。
手を滑らす。手が震える。
相手は至って冷静なようだ。手の震えが消えている。
これは野郎と俺の、覚悟の闘いだ。
眼光は互いに交差している。
この脳筋、中々やるな。
こいつヤーさんっぽいがよくよく見れば優しそうな眼をしている。傷は一般社会ではまず見ることのない銃創がほとんどだ。
だけどなあ、
悪いけどなあ、
俺の覚悟が上だ。
ただただ生き汚いだけの俺の覚悟が。
手を叩き込む。向けたのは右。こちらに紙を寄せて、
捲り上げた。
出てきたのはスペードのA。
銃声が鳴った。
ついに解放された。外は灼けるような暑さだったが、それでもあの湿っぽい地下に比べればまだマシだ。
野郎は頭から血と脳髄を漏らして、死んだ。
脳髄はしっかりと灰色で、筋肉ではなかった。
ずっしりと重たくなった財布。ついに借金が返せる。
あの野郎、最後の最期で握りしめていたのは薬指の指輪だった。
ご大層な覚悟を持った奴がただのギャンブル狂いに負けることになったのだから世の中は皮肉以下のモノで出来ている。馬鹿馬鹿しい。
俺の覚悟を決めさせたギャンブルに恩返しがしたい。これもやはり馬鹿馬鹿しい話だ。ふと笑いが漏れる。
足取りはパチンコ屋へ。野郎見てやがれ。お前の分まで勝ってやるからな。