・一般人がハンターの闇市に行く話
・短編にするよ 具体的には4000字未満
地下市場は喧騒に満ちていた。
七月某日の東京の地下は、猛暑日だけでは説明がつかない熱気で満ちていた。薄暗い明りの下、海水滴る潜水服を着た売り手と顔のほとんどを隠した買い手が指を折り曲げ攻防する。都会の喧噪よりもさらに鼓膜を震わせる、ワアワアという五月蠅い声が脳を刺す。
「"異鯨鰭"4つ詰め合わせ纏めて10万から!……11万、14万……はい14万だよ!まいどありがとね!」
「"シーカー"の頭部外皮、"シーカー"の頭部外皮~安いよ、固いよ、鋭いよ~……はぁ、やっぱ商品の印象が悪いかなぁ……」
「ピークォドの第三探索隊が全滅した"呪われた海域"エリア・トリトン、われらチームはその海域に降り立ち、命からがら幾つかの”深淵体"を回収した!第一スポットは"カサノヨダカ"の根城、断層からウジの如く湧き出てくる子機どもの精神汚染を何とか搔い潜り、遥か大航海時代の沈没船を発見……あ?先に商品の紹介をしろだァ?うるせェ、ちっとは語らせろや!こちとら命張った"ハンター"ぞ!」
場末の三流雑誌記者として安月給でこき使われていた私は、これまた場末の芸能事務所に所属する、落ち目の元人気芸人のスキャンダルを追いかけていた。ターゲットは人目を隠すように、徹底的な変装を行い、路地裏や、時には廃墟の中を経て密やかに進んでいた。そして、ターゲットが入り込んでいった場所がここだった。初めは戸惑った。なぜこんな潮臭い、普通の市場に、あれだけ変装して向かうのか。しかし、今の私は知っている。この場所は普通ではない、というよりも────"正常ではない"。
「見よ、この磯に塗れたオルゴールこそが今回それがしの出品する"深淵体"なり!ハンドルを回して奏でるは陳腐な音などではなく、宙に映る星々の慟哭!この音と化した星辰は私たちに何を伝える?何故深海の産物が遠き星々を映す?深海と宇宙の同一性の暗示?ああ、収まらぬ好奇心を持つ探求者たちよ、その真実を解き明かしたくはないか!?」
「レイメイオトシゴの火葬で出た聖灰だよ~。水に溶けないよ~。ケートス避けになるよ~。ハンターの方、お守り気分で買ってみて~。1g、1万円からだよ~」
「幻の"先史海域"、そこから見つけたオフタルモサウルスの幼体!まだギリギリ生きてる……無論研究材料としての価値は無限大!きっとね、さぁ買った買った!」
物理法則に到底当てはまっているとは思えない挙動を取るアンティーク、見ただけで正気を失いそうになる異形の生物群、遙か昔に絶滅したはずの生物が狭くるしい水槽の中で、実際に目の前で泳ぎ回っているさま。私の常識を揺るがす存在達────異常のみが充満している。
すると。後ろから、ふと肩を叩かれた。
「なあそこの人。ここは初めてか?迷子なら案内するぜ?」
慌てて振り返る。
そこには、そこには私が先ほどまで追っていた男の顔。
落ち着け落ち着け。まだ慌てる時間じゃない。口ぶりから察するに、どうやら尾行していた事は気付かれていないらしい。OKOK、なら大丈夫じゃないか。なら、すぐに断りを入れて、この場から───
「あ、はい、お願いします」
口を突いて出たのは、肯定の言葉だった。数秒の思考の後、軽く口を押さえる。今、私はなんと言った?ここは明らかな異常地帯だぞ?すぐにでも離脱しなければ、どうなるか分かったものじゃない。三流記事の、といえど、記者としての本能が危険信号を送り続けている。のに、関わらず。拒否を表わす言葉が口から紡がれることはないのは、どうしてなんだ。
「……ヘェ。じゃあ、競りの方法は分かります?」
「た、多少は」
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