サカキセキュリティ亀戸事務所の一室。2人の榊トラ以外は全員がリモートでこの会合に赴いていた。このうち半数は基底現実のどこか、半数は廃桃源、1名は中国地方の穴倉、1名は恋昏崎から接続している。
『日奉の血をこのような形で喪失すること自体が廃桃源ギルド始まって以来の失態だ』
『連合自制軍B中隊も事実上壊滅した。包囲作戦を担当した15名の内14名は酷い破損状態で発見されたらしいじゃないか』
『現状一番の問題はキルコの野放しでしょ。日奉の後に何人が返り討ちに?』
「弊社専属契約を結んだフリーランスが3名。他はまだ把握できていませんが、穴倉の管轄区域で事が起きていないのは奇跡みたいなものです」
「カイナレスなる不明なクライアントの根回しにより、同時多発的な失踪を遂げた300余名。廃桃源ギルドの現体制支持者をあからさまに標的とした暗殺事案。不明な流通経路で解き放たれた希少規格銃器とその弾薬の数々……」
「君はこの危機を何と捉える?3代目よ」
「“日本超常界そのものを根幹からひっくり返す試みとしては恐らく初例”、とでも申せばよろしいか」
ギルド評議会員の間にどよめきが走る。突拍子のなさで言えばカルト教団による世界征服といったトンチキ無双と何ら大差無い仮説であった以上、当然ではある
「目的は判然としませんがその意図は最早明白です。カイナレスは賽、フタツキ両名への襲撃作戦と廃桃源フリーランス暗殺事件を機に、イズメ以降の超常界そのものに宣戦布告した。これは我々に対する……『日本超常界隈孤立弱者間互助連帯構想』に対する挑戦ですよ」
『……』
「──ただいま~……」
「先風呂入って良いぞ」
「お洗濯こっちでやっときましょうか?」
「後でやっとく。人間なら兎に角休め。俺に合わせんでいい」
白街敷地内の復旧済みアパートに居を移してから1ヶ月と少し。俺とフタツキの業務は今のところ恙無く進んでいる。業務と言ってもカイナレス絡みのドンパチではない。
賽と出会って以降ほぼ初めての単独行動。根っからイズメの信奉者である自制軍がこれだけの数で施設内を闊歩している以上、急襲される危険性は皆無であると信じたかったが、当のフタツキは生きた心地がしなかった。せめて内偵が終了し、カイナレスのシンパではないと保証された人員だけで周辺を固めてもらいたいというのが正直な感想だった。
ふと、隣の自制軍兵士に目を向ける。制服は支給されていない。サカキ斡旋の社員が着込んでいたのと同じようなアーミーグリーンのモッズコートで[加筆]
「……何か?」
「いえ、アタッチメントが充実しているな、と」
「部隊規定ですから。白街を守るための抑止力として動かなければならない以上まず装備が充実している必要があります」
「抑止力……」
フタツキは訝しむ。男がぶら下げているのはMAC11マイクロサブマシンガンだ。アメリカ生まれの玩具じみた外観は見る影もない。換装された折り畳みストック、覗きにくいリアサイトを丸々潰す形で増設したレールと、それにマウントされた申し訳程度のダットサイト。大型サプレッサーを装着する過程で無理やり挟み込んだらしいフォアグリップ。サイト以外のパーツの殆どは3Dプリンタ製だった。所々にプラスチックの出力跡が見受けられる。
.380ACP弾の反動を考慮すれば扱い易そうと直感的に悟りながら、同時にフタツキはもう一つの状況を想定していた。即ち自分自身が彼らと射撃戦闘に突入した場合である。周辺に同一の火器を揃えた兵士は4名。双方とも援軍が来ない、また戦闘はすべてこの室内で完結するものと仮定し、今の自分の武装で、射撃能力で、敵対状態に陥った彼らとどう渡り合うか。
「我々は当時のイズメのおかげで生かされているようなものですから。彼の築いた弱者のための──」
攻撃すると決めてから銃を引き抜くまではそうかからない。隣に立つ脅威を2発以内に無力化するのは絶対としておいて、弾倉内部に残っている弾は6発。発砲音でそれぞれの反応を見せる残り3名は、やがて1秒とかけずこちらを敵と判断し、攻撃を開始する。状況的人数不利が発生私の負けだ。
複数人相手に1人で戦闘を開始して、仮に1人処理した後の動きを一切マニュアル化していないからこうなる。脊髄反射で順番通り処理しつつ臨機応変の対応を行うべきだった。現実の私は死んでいない。やり直しだ。
「──装備品は海外のわざわざ同志が揃えてくれたんですよ。ミャンマー軍の反政府勢力で長いことCADエンジニアをやっている──」
会敵。配置状況確認。全身をカバー可能な遮蔽物は存在する。1名処理。発砲音に反応した残り3名へ牽制射。こちらに背中を向けている一番手前の人は確実に倒せる。何処へ転がり込もうとも必ず動けなくすることができる。敵には決して正しい判断をさせず、その隙を突く形でデスクの裏手へ転がり込む。残弾無し。装填。残った2人は恐らく二手に分かれてこちらへ詰めてくる。状況は不明瞭。MAC11の断続的な牽制射がデスクの両脇を削りながら弧を描いて私に近づいてくる。やがて1名とは目が合う。もう1名は私の背中を見ている。死んだ。賽さんが隣にいてくれたら結果は変わってたのかな。
「……して、何か気になることでも?」
「……超常社会の住人を相手に実効性圧力を考慮すると、その、380対応の短機関銃って実際どうなのかなあと」
「自分も常に同じことを考えていますよ。世界中がより大きく高性能な弾丸で溢れている中、我々の軍備は未だ冷戦初期を生きているようなものですから」
賽さんがいてくれたら、変わった。これは本当だ。あの人が隣にいてくれるとするならまずこの兵士を最初に殺さない。不意に足を撃ち抜いてから賽さんに受け渡し、人質にしてもらう。次に撃つべきは一番殺害難易度の低いあの人、残った2人に対しては先ほど確保した人質を盾に下がるか進むかを決めて、あとは密集渋滞で1名の射線を切った後、私が撃たれるより先にもう片方を叩く。あとは理詰めだ。
脳がクリアに動いていることをフタツキは自覚していた。視界が半分なくなった結果得た思考のリソースなのか、はたまた連日修羅場を生き抜いてきたが故の急成長なのか。
「仮の話ですよ。白街に現実改変者」
「……吃不吃?」
「あ、え、あの」
「この子のお知り合いでしたか?」
「たぶん初対面です」
「ならハジメマシテですね。“マナによる慈善財団”実地調査員のレッケ・ミチナシと申します。この子は契約中の護衛ですね」
「廃桃源フリーランスの……えー……ワケあってちょっと名乗れないんですけど……」
「こっちの業界じゃよくある話ですから。それよりその」
「ごはん食べていきませんか。お昼近いですし」
「……辛いやつですか?」
「見た目ほど辛くは無いんですけど、結構パクチー効いてます」
「ん~……」
賽さんに見つかったらリスクコントロール云々で確実に怒られる気がするけど、
「“まだか”」
「そろそろだね。お皿パス」
「那边杵着那个看起来弱不禁风的,也分点儿给他呗。吃饱了就能练得结实点儿」
「そのつもりだよ」
「えと、お返しできるものが無いんですけど……」
「あわわわ、見返り目当てにご飯をごちそうするほど腐っておりません故、安心してくださいな」
「ではその、ご一緒させてください」
「もちろんですとも」
「……あっ!?」
「ど、どないですか」
「いや、美味しい、美味しいけどこう」
身体がビックリしている、とでも言うべきなのか、フタツキはただ純粋に困惑していた。味そのものはパクチーが多分に含まれている点を除きおとなしい部類に入るが、その真骨頂は一度一口分を飲み干した後だった。腹の底を火種に上半身が燃えるように温まる。
「美味しいけど、何か、何か御飯で貰っていい元気なんですかこれは」
「わはは!良いリアクションです!あんまりその要素があるわけでもないんですけど、広義の“薬膳”というものですな」
「お腹の底から熱が……!疲労が一気に吹き飛んでったような感じがします」
「この手のスープの褒めるべきポイントはフィジカルに対する即効性です。嚥下した瞬間から活力が漲る食べ物の代表格ですから」
「元気は貰えますけど、正体はあくまでその場しのぎです。一口で疲労回復が自覚できたというのなら寧ろ休養が必要ですよ」
「疲れてるのかなあ……確かに午前中は自主トレにだいぶ時間割いちゃったけど」
「というと?」
「銃です。さっき800発撃ってきたばかりで」
「800!?」
「“コイツお前の知り合いか?”」
「“いや普通に初対面だが”」
「“どっちにしろ初めましてだな。自己紹介が遅れたがフリーランスのバイオレットだ”」
「“通じてないと思うよ”」
「“礼節を通すことに意味がある。お代わり”」
「はーい」
「“お前面白いな”みたいなこと言ってます」
「面白い……?」
「面白い身体の鍛え方をしている?のかな。わたしはよく解らないけど」
「面白い……面白いというよりは」
「こっち来て以来毎日1000発近く撃ってきたからかな。銃を取り扱う身体になってる自覚はあるかもです」
「耳とか大丈夫ですか……!?私の知ってる人たちだってそんな訓練しないですけど」
「慣らすために最後の100発だけ聴覚保護なしでやってます。それ以外はちゃんとイヤーカフしてますよ」
「わ~凄い……撃たれたわけじゃないんですけど昔銃声で嫌な思いして……」
「“お前の話はどうでもいい。おい女”」
「“強く、同時に貧弱な肉体だな”」
「……え、あの、私ですか?」
「“針の穴に拳を通すような精密動作に特化した痕が見受けられるが、オレの前ではどの道変わらん。小突けば朽ち木のように倒れるだろう”」
「わ!?え!?」
「“流石にオレより重くはあるか”」
「わ~~御免なさい御免なさい!!降ろして!降ろせ馬鹿」
「“太極を教えてやる”」
「……!?」
動きの一つ一つは非常に低速だが、問題はその精度だ。機械的
「“超常すら打ち砕く武の神髄、それが極、太極だ”」
「タイ……チー……」
「太極、ですね。この子が軸にしている武術です」
「を、何か教える流れっぽいですよ」
「え~っ、私にですか」
「らしいです。他人に教えたがってるの見るのは私も初めてです」
「翻訳頑張れって“そちらこそもっと日本語勉強してくださいよ”」
「モンク。アンノカ。コノヤロー」
「文句しかないよ」
「え~っと……『武術太極拳の練度は“重さ”に対する理解で決まる。まずはお前が重くなることから』だそうで」
「重くなるってのは……?」
年齢が均等に、かつそこそこ離れた女3人が、何故かこんな場所で食べかけの鍋を放置したまま太極拳の練習をしている
「えー……『例えばオレの体重が47kg、そこの枯れ木が62kgなわけだが』」
「62キロ……」
「復唱しなくていいですからね?」
「『無極と太極の世界ではこの単純なフィジカル差が練度次第でいくらでも覆せる』……あ、実演する感じですか」
「“いつも通りの推手で構わん。全力で押してこい”」
「はいはいはいはい」
「……と、まあこの通りらしいです。わたしも練習してるけど、この子のはちょっと練度が違い過ぎて」
「試してみて良いですか」
「試したいだってさ。どうするの」
「“組む気か?良いなお前。凄く良いぞ”」
「組んで良いらしいですよ」
「これだ……」
「……?」
「賽さんに並ぶために、キルコさんを殺すために必要な、技術」
「今サイさんって言いました?」
「あ、賽さ──」
「バオリッッ!」
「小賽!」
[加筆]
「……賽さんと徒手格闘を!?」
「バオリと素手で殴り合い……!?」
レッケさんと一緒に仰天し、続けて双方の顔色を窺った。なんだかよく解らないけど思うところは同じらしい。
「賽さんはあの……バイオロイドという、戦闘用に開発された兵器で……」
「バオリは裏……『裏の裏』の格闘技大会で未だ無敗のフリーランスなんだけど……」
「今回だけはこっちの私怨で戦ってやるぜ馬鹿ガキ!」
「“見ろ!身長がちょっとだけ伸びたんだ!いずれはお前に追い付けそうな──”」
「確認です!敵ですかこの人たち!?」
「降ろせ!仕掛けたのは俺個人の都合だ!」
「レッケさんは!?」
「知らねえ!誰だお前」
「誰ですか!?」
「レッケ・ミチナシ26歳です!助けてバオリ!」
レッケさんに銃口を向けたまま固まる。どういうことだ。というかやっぱりあの子がバオリ・バイオレットなのか。トラロック社の仮拠点を襲撃して資料を回収してきてくれたサカキさんお墨付きのフリーランス。賽さんが認める「俺とステゴロでタメ張れる中国人のガキ」。
あんな小さな子が!?歳は多分私より一回り下、身長だって私の頭一個分下だった女の子が!?バオリ・バイオレットその人だというのか!?
「“技のキレが衰えていないようで何よりだ!嬉しいぞ!”」
「テメーが台本読まねえせいで契約切られたんだ!」
「は!?えっ、嘘」
「嘘でしょ!?」
廃桃源ならではの建造物の脆さも関係しているのだろう。それにしたってフィジカルが人外すぎる。賽さんは右手の指を建材にめり込ませながら壁に張り付いていた
「……ッ!?」
「」
「フタツキィッ!」
「“フタツキ!!”」
「……私ですか!?」
賽さんの荒っぽい縦拳を全部いなしている。殺している。この娘は技を殺せるんだ
「サカキテメーこの野郎」
『仲良くできそう?』
「覚えてろよマジで」
「元MCFの非戦闘要員と日本語通じねえガキ、業界入りして2ヶ月目の生身と型落ちの警邏用バイオロイドかよ。アイドルユニットでも組めってか?」
「組んでみましょうか」
「このタイミングでボケんな!お前センターだからな!」
『双方とも自己紹介とか出来る性格たちじゃないからこっちで各々解説しよっか』
「要らねえし舐めてんじゃねえ何年目の付き合いだと思ってんだこの野郎。フタツキ!」
「フタツキです!えと……フリーランスです!」
「撤回する。紹介頼むわ」
「フリーランスです……」
『イズメの娘ことフタツキ。カイナレス事案の中心人物で敵方の最重要目標。名目上は君らの警護対象だけど、廃桃源ギルドの基準でいうクラス4脅威と何回か戦って生き残った前線フリーランスでもある。戦力として換算しても申し分ない子だよ』
「“君らの警護対象”だと?コイツら」
『賽。イズメの生徒の1人で、この4人の中では唯一の超常存在。白街連合自制軍の教導C中隊ではアグレッサー兼教官として活動中。サカキ斡旋イチオシのフリーランスと言えば間違いなくこの子だと言い切れる実力派ってとこかな』
「……賽さん連合自制軍の人だったんですか。てっきり本当にフリーの人かと」
「D中隊所属の予備役、実質的な非常勤だな。そこの馬鹿も同じ部隊にいるぞ」
「へっ?」
『バオリ・バイオレット。穴倉フリーランス組合にも籍を持ってる決闘専門のフリーランス。中国語しか喋れない点に目を瞑れば賽に並ぶ一級品の実力者。D中隊所属の予備役もやってる』
「決闘というのは……?」
「超常企業間での紛争解決手段だ。俺も何度か担当したが需要は多い」
「そういう意味ではバオリ殿も結構な有名人なんですよね」
「逆によくこんなモンと個人契約結べたなお前。要注意団体サマの力ってやつか?」
「穴倉ギルドを介して三代目殿に紹介していただけた故……あと雇用した時点では既に休職していましたから」
『レッケ・ミチナシ。広域指定超常組織“マナによる慈善財団”の日本支局……に務めていた人で、まあフリーランス化した経緯は本人の口から聞いてもらって』
「一番解説必要な奴を端折ってんじゃねえ。どうすんだこのモブ顔」
「御免なさい誓って賽さんに悪気があるわけじゃないんです」
「あるに決まってんだろ。足引っ張ったら承知しねえからな」
「頑張ります!頑張ります故、何卒……」
『以上4名だ。サカキ斡旋が見込んだ最高峰の少数精鋭チームとしてカイナレス事案の鎮静化に努めて貰う』
「お前の口からじゃなきゃ何一つとして信用しなかったとは言っておく。その上で説明してもらおうか。何処がどう最高峰なんだ」
[加筆]
「カイナレスとの接触を機に行方をくらませたらしいフリーランスは東西両ギルドを合わせても300を超えた。そのいずれもが腕利きだ。君ら4人分に匹敵するような実力者も数名含まれている」
「3人。3人です」
「3人だとよ」
「4人だよ。レッケは舐めない方が良い。バオリより危険な子だ」
「サカキ殿……!」
「で、どういうつもりなのかこの内7名の行動が過去24時間以内に首都圏とその近郊で確認されている」
「ほー」
「打って出ますか?」
「乗り気じゃねえか。俺はお前次第だよ」
「賽さん。私たちはいつもボコボコに嬲られてばかりで肝心なことを忘れてます」
「あの1日で発生した戦闘、全部奇襲される側だったじゃないですか」
「……クッソ腹立ってきたな」
「迎撃戦闘で有利を取るには運や環境、そして経験が必要です。でも先手を取れば最初からこちらの有利で畳みかけることが叶う」
「先手だからな」
「で、俺らにどうしろってんだ」
「ヨツヨと例の飼い犬が監視を続けている穴倉ギルド所属の子、情報の提供を先方から渋られている以上何をやってくるかは解らないけど、今一番確実に捕獲できそうだ。先手打っといで」
「捕獲で良いんだな?」
「状況と君たちに任せる。私個人としての依頼だ」
「了承した。フタツキ」
「はい!」
「……勇者だ」
「勇者ですね」
「回避方向が絞れる次の路地で仕留める。死体は放置で問題ない」
「賽殿、我々は何をすれば」
「お前らは全部失敗した時のためのバックアップだ。バオリ1人を追加すれば事は終わる」
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