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──賽とフタツキの邂逅から約2ヶ月後──



「起きろキシモト」

ギタの一声で青年は飛び起きる。枕元に放っておいたメガネを急いでかけ直し、岸本は掛布団を蹴っ飛ばして振り返った。

「何時ですか今」
「0610」
「要件が無いなら寝ます」
「あるから起きろキシモト」

浅い褐色肌を無造作に晒し、若干英国人の血が入った顔立ちの女は同じ布団へと潜り込む。岸本はさして嫌がるそぶりも見せず、人間1人分のスペースを確保すべく布団の右側へ身を移した。神奈川県藤沢市のアパートの一室。冬が近い為に窓の外は未だ暗い。ドアの向こう側から洗っていない食器の匂いが漂う中、男女二人は背中を合わせて寝転がる。


ギタ・ナガテ・アディカリ。一時は英国陸軍の某山岳旅団に所属していたネパール人傭兵──所謂グルカ兵──である。専門は山中行動と射撃戦闘。財団、GOC合同で行われた英国内での超常フリーランス規制を逃れ、紆余曲折を経て極東の地に滞在していた。

岸本悠馬。財団職員の兄を2人持つ青年。家系のツテで挑んだ81管区への就職試験の際、単純な実力の不足を理由に記憶処理され解放されるも、ギタとの接触を機に再び超常社会へ足を踏み入れる。諸事情により兄の1人を殺害したため、現在は財団と明確な敵対関係にあった。


「廃桃源フリーランスの連続殺害事件は知っているか」
「知りません」
「犯人が割れた。超常持ちの3人組らしい」
「知りませんてば」

背中合わせの状態から身をよじり、岸本の首筋に顔をうずめる。寝かせるつもりは無かった筈だが、連日の工作続きで睡眠サイクルが狂っている青年には人肌の温度が丁度いい入眠促進剤としてしか機能しない。寝かせる前に詳細を聞かせようとそのまま話をつづけた。

「1人は抜忍サヒビの弟子。もう2人の詳細は未だ不明。連合自制軍の基底現実組15名が包囲網を組んで長野の山中に追い詰めた」
「賞金首なんですか」
「既に大手4サイトで懸賞金が上がっている。バウンティハントの時間だぞキシモト」

面倒臭そうに寝返りをうち、今度は岸本がギタの胸に顔をうずめた。本当にこのまま寝るつもりらしいのを解っていながらギタはそれを受け入れる。英国政府からスカウト時される際故郷に置いてきてしまった、もう顔もロクに思いさせなくなっている弟を少し想いながら片手で抱き留めた。

日本人特有の髪の毛の硬さが掌に心地良い。岸本の場合潜伏が長引いてロクに髪を切っていないから余計に。

「3人組の噂自体初めて聞きましたよ」
「お前が情報に疎すぎるだけだ。賽がイズメの娘を囲ったのは聞いているだろう」
「ここ1か月シールドシルフの改造しかしてません。初耳です」
「あ、こら寝るな。聞け」
「アンタの依頼で寝てなかったのに……」

日の出を控え東の空が少し白んでいる。厚手のカーテンで閉ざした窓の隙間から徐々に光が漏れてきてた。岸本の確保できた睡眠時間はたったの4時間である。ギタには青年のつらさがイマイチ理解できていなかったが、岸本悠馬という男がこれしきの事では音を上げないという謎の確証だけは無責任にも掲げていた。毎度いい迷惑である。何故かキレて返せないあたりは猶更。

「穴倉と廃桃源の二大ギルド管轄区で同時多発的に失踪者が相次ぎ、次いで廃桃源の界隈に死人が相次いだ。恋昏崎からも引退済みの手練れが何人か消えたらしい。経験則に基づく予感だが、この国の超常界隈で既に取り返しのつかない“何か”が始まっている」
「何ですかその何かってのは」
「イズメが失踪する以前から危惧してたものだ」
「あー……」

外し忘れていた眼鏡を布団の外にそっと放る。多少は目が覚めてきたのか、やはり睡眠不足の目を擦りながら岸本はギタに答える。

「懸賞金次第です。アンタと同じくイズメ先生には世話になったけど命の張り方はこっちで決めます」
「サヒビの弟子“キルコ”の討伐に750万」
「命張るかぁ……」

再び飛び起きた。いきなり布団を引き剥がされ縮こまっているギタに“業務”用の服を一式投げ渡し、マナ財団から直輸入したカフェインドリンクを手に取る。体中痛いが金があるなら動かない手はない。久しぶりの任務だ。とりあえず食器を洗うところから始めようと、岸本悠馬は居間のドアを開けて台所に向かった。




「しかし小さくなったな」
「シールドシルフもここまで来るとバックラーシルフですよ。改名しちまおうかな」
「バックラー?」
「一応アンタんトコの言葉なんだけどね」

「こういう大きさの盾ですよ盾」「ああなるほどバックラーか」「知ってんじゃねえか」と英語で言い合いながら、車を降りる。現地までの運送を申し出てくれた無所属のフリーランスに現金の束を渡し、長野の某山中に足を踏み入れた。決断から2日後。“ヨツヨ”という斡旋業者のツテで諸々の情報を仕入れてきたばかりである。

「……あんなタクシードライバーまで超常絡みの仕事に就いているとはな」
「全然外れ値だと思いますけどねアレ。時々この国にヴェールがあるんだか無いんだか解らなくなります」
「昔からあって無いようなものだ。地球人類は未だ奇跡の後に構成された“世界観”を歩んでいる」

廃桃源ギルドの斡旋オペレーターが言うには、この先に明治期から取り壊されること無く放置された廃村があるらしい。750万の金鶴と他2名は関東圏でのフリーランス暗殺で少なからず恋昏崎新聞の紙面を騒がせた後、埼玉県内での複数の目撃情報を残しながらこの山中に追い詰められたのだという。

岸本がリュックサックの中から奇怪な装備を3つ同時に取り出し、同時に起動する。淡い緑色の光を放つバックラーサイズの円盤は、やがて不明な原理により宙に浮かび、ギタと岸本の周囲を規則的な軌道で周回飛行し始めた。岸本悠馬の試作品の一つ。最終的な命名はギタにやってもらうつもりらしいが、物理的な破壊力を持つ脅威を自動排除したり、或いは思考した方向めがけて質量攻撃に及んだりといったコンセプトは昔から変わらない。某ロボットアニメ作品になぞらえて「ファンネル」と呼称していた時期もあった。

「英国の規制もよく解りませんよ。超常フリーランス発祥の地がよりにもよって財団創設に一番貢献した存在を切り捨てるなんて」
「時代がその時々の必要を求めるんだ。技術の進展と国家主導の統治が宗教の時代を終わらせたように、有力な個人による超常との対話もいつかは終わりが見えてくる」
「……時代が団結を選び、僕らは捨てられた、か」

大容量の登山用リュックサックを背負う岸本とは対照的に、ギタはほぼ手ぶらの格好で歩いていた。しかも腰元には隠す気も無く拳銃……のような装置を携えている。ホルスターむき出しのまま基底現実を歩くフリーランスも日本中探せど彼女くらいしかいないものだ。


ギタとの出会いは凡そ5年前。岸本悠馬がまだ東京電機大学は先端機械工学科に籍を置いていた頃に遡る。

岸本家には3人の子がいた。長男は高校の時分からプリチャード学院へ入学し、次男はその才覚を認められ、プリチャード学院小学校からのエスカレーター進学でそれぞれのキャリアを構築する。唯一、三男で末っ子の悠馬だけが、学力の不振を理由に系列大学とは別の進路を選んでいた。

特段の悔いも、或いは上の兄たちに対する嫉妬心を抱くことも無く、ただ自分を上から貶し続ける両親の存在だけを鬱陶しがりながら、岸本悠馬はそれなりに満足の行くキャンパスライフを謳歌する。


概ね順風満帆の人生に転機が訪れた、らしいのは、悠馬が2回生に進学後間もない5月の1日だった。自分より二回りほど要領のいい兄2人に連れられ向かった先は“財団”を名乗る秘密組織の管理するビルである。元より2人は事ある毎に両親を嗜めていた。「コイツは俺たちの持ちえないものを持っている。上辺だけの成績でいじめてくれるな」と。

彼らが財団への就職試験とその訓練の場を用意したのは、要するに悠馬に対する、既に財団の若手幹部としてのポストを手に入れた者としての温情である。岸本家は蒐集院の頃から続く財団職員の家系だったらしい。頼んだ覚えのない恩にも一応報いようと最大限努力してチャンスをモノにしてやろうと頑張っていたのか、将又自分にはとても務まらないと世界の最前線で戦う機会を無碍にしたのかは、今となっては知る由もない。岸本悠馬には結果だけが残されていた。記憶処理による解放と、何も覚えていない状態で突然告げられた実家からの勘当である。


2度目の転機はその後すぐにやってきた。自ら「英国人」を名乗る明らかに英国人ではない女に拉致され、覚えのない話を延々とクイーンズイングリッシュで尋問され、やがて拉致犯の肩透かしによる勝手な絶望を皮切りに一連の勘当劇の真相を知る。財団により封印された記憶は戻らなかったが、上の兄たちとは違い三男坊は無駄に察しが良かった。本当の意味で世界の最前線から切り捨てられたと自覚したのは言うまでもない。

怒りは湧かなかった。仕事続きでロクに家に帰ってこない癖に顔を見れば悪態しか吐いてこない両親は心底どうでも良かったが、その分2人の兄を始めて誇らしく思った。彼らの為してきた相応の努力が実を結び、相応の役職を得て、いつの間にか世界の最前線で戦う人間に成っていたのが嬉しかった。少なくともその瞬間までは。何なら今でも変わっていないが。


「助けて」


ただ二言「Help me」と、来日後間もないギタ・ナガテ・アディカリは泣きながらこぼした。岸本悠馬という怪物を動かすには十分すぎる着火剤だった。生後19と数ヶ月。待ち望んでいたのはただ一つ、「自分の力で誰かを助ける状況とその口実」だったらしい。

翌日、岸本陽太郎下級研究員は自宅から僅か30m地点で、財団支給のレクサスの残骸と共に発見される。死因は“超常技術を行使可能な何者かによる迫撃砲クラスの破壊作用”としか断定されず、回収されたのは下半身を象っていたらしい肉体の一部だけだった。直近で追放されたらしい三男の行方は未だ掴めておらず、人事部門は岸本家に起きた一連の勘当劇に対し追及を続けている。


「……超常世界の発展と共に自然発生したわけじゃない。“僕ら”はずっと前から闇を歩いてきた。何処にも属さず、超常と隣り合わせで生きる個として」
「私は兎も角、お前まで財団に敵対したのは今も理解しかねるがな」
「アンタが僕を必要としてくれるなら他はどうだっていい」

あれから5年。もう一人の兄を殺す決意は完全に固まっているわけじゃないし、そもそも行方すら把握できていない状態だが、超常フリーランス業を生きてきた。顔を焼き直したり資産を凍結されたり悪魔と契約したりと災難ばかりだったが、岸本の願望は概ね達成されている。グルカ兵としてのスカウトを機に故郷を捨て、英国の内情を鑑み古巣も手放したギタにとって、岸本は唯一の精神的な拠り所だった。岸本は変わらずギタに必要とされている。

「フリーランスの本質は孤独か」
「アンタだって同じだ。財団が僕を切ったように英国がアンタを捨てた」
「拾ってくれたお前には感謝している。それ以上にイズメの為したことも大きいな」
「あんまりそうは思いませんけどね」

岸本の指し示した方向に男女が数名、いずれも互いに目を合わせることなく、しかし一様に何かを待ちながら集っている。ギタは瞬時にその意図を理解し、岸本と歩調を揃えながらその場を離れた。

「……同業がいるとは聞いてましたけど」
「知っている顔は?」
「イサナギの術師しか」
「黒人のガキは対露海戦で漁船4隻沈めたサイボーグだ。フリーランスというかマクスウェリズムの派遣人員だった筈だが……解らんのはスーツの中年だな。あの3人は恐らく私の同類と見る」
「イギリスからのお客さん?」
「もっと早い時期にフランスから流れ着いた層だろう。匂いで解る」
「ヨツヨめ。いい加減なホウレンソウしやがって」

踵を返して一団に向かう。イサナギの術師がいち早く気づいて岸本に手を振った。他の連中もそれに気づいて岸本たちを見やる。

顔が割れていないとはいえ、実績からしても廃桃源の界隈ではそこそこの有名人である。対面すれば第一にその風体に興味を持つのも解らなくは無かったが、岸本自身は他人から視線を向けられるのが大嫌いなタチであり、何なら今すぐ全員死んで欲しい気分になっていた。彼にとってすればギタ以外のすべての他人が暫定的に敵である。同じ陣営に所属するフリーランスであろうと例外ではない。

「……」
「岸本ってのは君か。日奉ウィスタリアだ」
「僕が岸本でこっちがギタです」
「見れば解るけどな」

日本語で会話するのが久しぶりだったことに加え、イサナギに対する警戒心を捨て切れずに最低限度の会話だけで挨拶を済ませた。ヨツヨが派遣した以上実力は確かと判断しても良いのだろうが、そもそもの話在野で超常の住人をやっている時点で人間性や本性を疑うに越したことは無い。極力目を合わせず、ギタと歩調を合わせて素通りした。一団の中を突っ切る形で更に進む。

「……岸本」
「今から補助脳に送ります」
「了解した」

ポケットの中でEVE対応のアクティヴスキャナーを起動する。同じような索敵装置を持っている者はいない。例のスーツの中年とフランス人らしき3名を重点的にスキャンし、ギタの首元に巻き付いているチョーカー型の補助脳に圧縮情報を送信する。更に先に待機している廃桃源ギルドの正規部隊、白街自制軍B中隊のメンバーの元へ向かった。ヨツヨ曰く、重要な情報は彼らに預けてあるとのことだ。

「中年は蛇の手の幹部候補生。フランス人は……思い出した。現地のAWCYコミュニティと袂を別った改造愛好家の一党が極東地域に飛んだと聞く。シメオン・アブドラヒ同様に壊神教との関係疑惑も捨てきれない」
「黒人のガキがマクスウェリズムの信徒何でしたっけ。中年についての根拠は」
「前々回のクライアントが蛇だったろ。彼女と似たような紋章を左肩に刺青している」
「どー見てもヒラのサラリーマンなんだけどね」
「印象操作のプロという線もある」
「5年も前に壊滅したとはいえ、この手の稼業にヨツヨが呼んでいる以上百歩蛇の残党である可能性も捨てきれない。交流は避けよう」

あの場に集った6、7名全員はそれなり腕の利く前線フリーランスだった。それも単なる野良の超常持ちではなく、時には正常性維持機関との交戦も経験してきたような筋金入りの歴戦揃いである。実際のところギタや岸本もその部類に属するが、2人はあくまで安全かつ正確無比な仕事を好む側であった。

ライン入りのツナギ服を着た2人が茂みの中から姿を現した。自制軍の所属隊員である。

「B中隊第2小隊隊長の田崎です。ギルドより直接の要請を受け、現状況を封鎖しております」
「即応D中隊第8分隊の岸本と、第3分隊のギタです。廃桃源ギルド所属サカキ斡旋を介し不審人物討伐の任を授かっています」
「ヨツヨさんからお話は伺っております。今回の敵についてご説明を」

この手の前線業ではよくあることだ。業務を受注したフリーランスによる故意のリークを防ぐために、まずはじめに「とある超常能力を持つ個人の討伐」といった漠然とした情報だけが先行公開され、他人の車で移動された後に現場を封鎖していた別人員から任務の直前でその先の情報を知るシステムである。

僕らの多くは金で動く側の人間だ。金の為なら平気で他を裏切る性質である以上、雇用する側も委託先が裏切る機会を先んじて潰しておくに越したことは無い。斡旋が提示した限りある情報の中でヒントを掴み、必要に応じた武装をアセンブリして未確認の敵を討伐する。2人にとっては慣れたものである。

「メンと能力が割れているのは目標3名の内1人、サヒビの弟子『キルコ』です。無尽月導衆の第3世代くノ一が使用する忍術はほぼ習得しているとみられ、銃器に頼らない暗器での戦闘を専門としています」
「待ってください、まだ1人なんですか」
「バックボーンが割れているのはキルコだけです。が、未確認の2人の内1名については交戦ログから一部情報が判明しつつあります」


財団の日本上陸以前、後に財団81管区の前身団体となる巨大な正常性維持機関が存在した。超常的な研究開発の最前線を担う薬師寺、対話による神格事案の鎮静化を担う神枷一族など、対超常の術を持つ有力な家の連合組織として蒐集院は職責を全うし、終戦を機に財団へと吸収合併され、消滅した。『日奉』はこの内神格の殺害を専門とした血統の一族であり、蒐集院亡き今もその血を継ぐ者たちがそれぞれの立場で超常と共に生きている。

ウィスタリアはネオサーキックハントのスペシャリストである。遠くアラスカの地に生まれた日奉の青年は若くして日本の“分家”に引き取られ、16歳の頃には連邦諸国某地域の原生林にて有志の抵抗勢力と共に肉狩りに勤しむ日々を送っていた。異常な免疫、日奉の血族を色濃く受け継いだ超常的な能力、戦いの中で会得した複数の黒魔術など多彩な特性を持ち、帰国後は廃桃源ギルド屈指の前線フリーランスとして傭兵業に身を投じている。

決戦の日を生き延びた数少ない戦士。日本超常界最高クラスの実力者。そして根っからのイズメ信者であった。




長野県

「アンチJAGPATOが聞いて呆れる。今や非公認フリーランスの業務の大半は『社会的弱者による個人単位での正常性維持活動』を担っているというのに」
「イズメが俺たちに託したのは弱者間の互助という可能性だ。ヴェールの保護でそれが叶うなら財団の尖兵にだってなるさ」

ウィスタリアを先頭に一列縦隊で廃村を見て回る。最後尾の警戒はシメオン・アブドラヒが名乗り出てくれていた。ほぼ初対面同士の複数人がある程度統率の取れた集団行動に及んでいるのは日本のお国柄というか、今の日本超常界ならではというか。良くも悪くもイズメ以降のフリーランスだなと思いながら、岸本はギタと共に周辺警戒を続けていた。

「乱立していた斡旋業者が各地のフリーポートを軸にギルドを構成し、ネットワークの発達が悪質なクライアントの排斥をある程度は促進した。弱者間協調主義の波に置いて行かれたフリーランスたちが未だ不完全ながらある種の“要注意団体”としての体を為しつつある」
「良いとも悪いとも思いませんけど、僕らが手を取り合って生き残っている道がイズメの望んだ未来だとするならいいことなんじゃないですか。ギルドの存在とJAGPATOによるある程度の黙認が叶っていなければ僕らは当に死んでいます。英国はその前例だ」
「口のわりに興味はなさそうだな」
「僕らみたいに超常と関わった人間の行きつく先は大体同じですから。いつかは全員が同じ報いを受けるべきだと思ってます」
「同じような物言いの女が昔いた。在ろうことかイズメの側近に」
「ニットキャップのガキですか」
「知っているのか」

ギタの紹介で白街連合自制軍の予備中隊枠に入隊した折、バラクラバの上からニット帽を被ったやけに横髪の長い女に何度となく転がされたことがある。有志の教練部隊に非常勤講師として呼ばれていたらしい正体不明のニット帽は、兎にも角にも体力練成と反復練習を重要視する理論派の体育会系だった。

「技術と経験が無ければ非超常相手ですらどうにもならない」という事実を新人フリーランスたちに叩き込むべく、やたら身長の低い中国武術の使い手とツーマンセルで、密室に詰め込まれた僕を含む30数名を1時間連続で叩きのめしに来た初日訓練は今でも覚えている。全員が満身創痍で受講する夜間座学で女は語った。「原則として俺たちはあぶれたまま救済の機会を失った弱者であり、いずれは社会に殺されて当然の立場にある」と。

ニット帽女がイズメの生徒であることを知ったのは予備隊員としてのライセンスを手に入れ基底現実に帰還した後だった。当時はそこそこ驚いた記憶がある。大きな目標に縛られない緩やかな団結を促進するイズメの生徒がフリーランスの本来のサガを、自分自身の孤独を決して否定することなく、寧ろ率先して受け入れているのかと。

「ギタは戦ったことあるんだっけ」
「誰と?」
「ニットキャップのガキ」
「2:1で私が負けている。本気で殺し合ったことは無いがな」
「お、アンタも賽を知ってるのか」
「……岸本。さっきから誰なんだソイツ」
「イサナギだっつってんでしょ」

「僕だってリスクヘッジ兼ねて今すぐにでも縁を切りたいところですけどね」という気持ちを表に出すわけにもいかず、表情を隠しながら歩く。イズメが何をどう宣おうが僕もコイツらもフリーランスだ。団結するに越したことは無いが、双方適切な距離を保ち続けるのはなおさら重要なことだった。

廃村の中央部までやって来た。先行調査を担当していた自制軍の隊員が消息を絶ったのは丁度この辺りであったと聞く。建物の数は14。いずれも木造平屋。南側に下れば使われなくなって雑草の生えつくした申し訳程度の畑が広がっている。

「……鉱山跡地と聞いてたんですけど」
「坑道ならもう少し登ったところにあると思いますよ」
「……」

例の蛇の手の幹部候補生と思わしき中年が割って入ってきた。

「家屋の数がここまで少ないのは昭和中期の取り壊しが中途半端に打ち切られた結果ですね。長野県内の似たような廃村はその殆どが観光スポット化を果たしているわけですが、ここは三重の意味でそういった復活が難しい場所っぽいです」
「『図書館』でも随分と調べ物をなさっているようですね。それとも自前の知識ですか」
「……自己紹介してましたっけ私……?」
「蛇なら匂いで分かります。別に敵対したいわけでもないんでお気になさらず」

「坑道に偽装した旧日本陸軍の実験場だったんです」
「なおさらマニアが寄ってきそうなもんだけどね」

「何が野良狩りだ馬鹿馬鹿しい!」

首を飛ばされた黒人青年の体躯を引き摺り、イサナギの血縁が叫んだ。

「たった1人不意打ちして尻尾出すような雑魚に殺され続けたというのか!?この国のフリーランスが!!」
「次は無い。人数差で勝ちましょう」

キシモトの声には何一つ返さず、イサナギは既にピクリとも動かなくなったサイボーグの躯を不明な力で凝縮し始める。首の無い遺体はものの数秒で日本刀のような形状に変質していた。極北に伝わるネクロマンスの一種。ロシアの奥深くに眠るはずの秘術を何故イサナギの血縁が手にしているのか、事の一部始終を知る者は当の本人を残して死滅している。

次の瞬間には誰かが首を刎ねられているかもしれない。バイタルゾーンを刺突されているかもしれない。しかしそれ自体は些細な問題だ。自分以外の誰かが致命傷を負わされた場合は、その不意を更に突く形で攻撃を仕掛ける。キシモトには不意打ちを成功させる自信があった。ギタはこの状況において尚透明化した敵の捜索に思考のリソースを割いている。イサナギの呪術師は誰にも予告することなく対物理結界を構築し、反面手ぶらの放火魔は自身の置かれた状況から手札の少なさに苦しんでいる。3人の英国紳士は互いに背中を合わせる形で直立姿勢を維持するのみである。

更に言えば、この場に立つ全員が何となく次の攻撃対象を予測していた。得体の知れない英国人数名は例外だが、この場に立つフリーランスの殆どが実力の知れた超常の使い手である。中にはあのイズメと肩を並べて戦った者さえいる。わざわざ選り好んでイズメの信奉者を狩るような奴がその能力の概要を知らない筈がない。

最初の奇襲では現時点での最高戦力とされていたナイジェリア人の刺客を仕留めた。フリーランスたちの警戒度が最高潮に達した今、次に狙うべきは迎撃戦闘の手段と経験に乏しく、更に言えば自らと同じ「必殺の奇襲を得意とする」者──

「──ぐえぁ!」

カエルのような呻き声を上げ、放火魔はワイシャツの胸から下を赤く濡らし仰け反っていた。同時にその背後で爆炎が迸る。

潜像迷彩機能を喪失した極薄のケープを脱ぎ捨て、くノ一が1匹。サーベルを右手に飛び出す。その隙を逃すことなく死にかけの放火魔が掴みかかる。

「各位!」

礼も無ければ慈悲も無く、情け容赦はもちろん介在しない。「殺るなら今」という思考のみで無傷のフリーランスたちが動く。叩き込むべきは一撃必殺。それこそこの中年男性ごと巻き込むほどの攻撃で仕留める。剣でも銃でも成し得ない、それぞれが信じるそれぞれの超常を駆使して。

「キシモト!」
「撃て!」

ギタの発砲。拳銃を象った漆黒の装置から、直径13mmの鉄塊がプラズマを纏い射出される。

素体は単なる──それこそ電子工作を多少嗜んでいるだけの高校生が少々奮発して作成するような──自作レールガンだった。名は“プラヴェザ”。もう片方の兄を必ず殺害するため、より確実な致死性を追い求めて悪魔工学に手を染めた岸本悠馬の最高傑作。岸本自身の生命力を動力にあらゆる種類の物質弾と強大な電気エネルギー、磁気エネルギーを生成し、超高出力かつ殆ど無反動で対象を砲撃する決戦兵器である。

現在は稼働用エネルギーの提供を岸本が、放熱放電等の高度演算と射撃管制をギタの補助脳が担当する形で運用していた。数年ぶりの準々最高出力射撃。放火魔の上半身が紅い霧と化して散った。

数度の空中放電と排熱を挟み、粉塵の蔓延する現場に向かってギタが吠える。

「……生存報告!」
「ブッ殺すぞタコ!!」

イサナギだった。血飛沫を全身に浴びたらしく、顔面の半分を真っ赤に染めながらヨロヨロと歩いてきた。英国紳士3名は何時の間にかギタの隣に立っている。

「全員の生存を確認した!」
「なら撤収だ。こんな爆発音絶対に誤魔化せないぞ」
「」

[加筆]

「どう思う」
「アレが本丸だな。あと何発撃てる?」
「僕の命が続く限りは無限に撃てます」
「どういう意味だ」
「そういう意味です。ギタ!」

「優先順位はアンタに任せる。出力も気にすることは無い。後先を考えずに撃ってくれ」
「正気か?」
「寿命は悪魔から買い戻す。アレを生かして返す方が百倍問題だ」
「だからって私に、お前の命を燃やしてまで撃たせろというのか」
「ギタ」

「僕はフリーランスだ。本当の実力を誇示するために人助けの口実を求めるような最低の人間だ。アンタと組んでるのだってタダの口実に過ぎない。僕には大切な誰かがいない。大義も無い。変えるべき今も守りたい生活も無い」
「……よく知っている」
「だが意地ならある。最低の人間は最低なりに貫き通すべき流儀がある。僕の知るギタ・ナガテ・アディカリもその一人だ」

「僕らが僕らとしての意味を、意地を全うするために、コイツらは全員殺すべきだ」
「了解した。防御支援は任せたぞ、キシモト」

「キルコってのはテメエか」
「ノーコメント」
「……どこの血族だ」
「期待するほどの家柄ではない」
「だったら猶更負けるわけにはいかんな」

日奉が構える。サーベルタイプの片手剣対策に適した古流の下段構え。ロシアでサーカイトを切り裂き続ける過程でこの手の剣士と何度か出くわした。

「イサナギ・ウィスタリア。お前を殺す俺の名だ」
「そうか」
「ノリ悪くない……?」

“キルコ”を育てたのは無尽月導衆の離反者であると聞いていたが、いざ立ち会ってみれば理解できる。年不相応に強い。判明しているだけで彼女単身に5名の廃桃源フリーランスが撃破されていると聞いていたが、超常の1つや2つが揃ったところで本当にどうにもならない実力が伺える。

何が彼女をここまで強くしたのか、興味はあるが考慮する余地ない。

「来い!」


瞬間、ウィスタリアの両拳から剣が消えた。


「は?」


再びキルコを見る。黒人青年の遺体を凝縮して作製した必殺兵器は彼女の片手に握られていた。刀身に細い鎖を巻き付けた状態で。

鎖分銅だ。本家の剣術指南役が数度だけ見せてくれたことがある忍び道具の一つ。遠心力を用いた分銅の投擲で敵の獲物を絡め捕り、一の太刀を振るわせる前に武装解除を達成する武器。直撃は十分すぎる程痛かったことを思い出す。最もあの日指南役が使っていたのは軍用パラコードと硬質ゴムで作られた模造品だが──


「……は?え──」


──何故に今更ここまで記憶を遡る必要があったのか。腹部を中心に数ヶ所、立て続けに走った激痛で体が硬直する。咄嗟にその根源へ目を向けた。

粗雑な造りの棒手裏剣2本が直撃していた。バイタルゾーンの筋肉をキチン質の角質で保護している代わりに腹部は何ひとつ防護措置を取っていない。深くないが出血量は徐々に多くなる類の傷だ。この一瞬で何をされたのかといえば、要するに無加速かつ存在を直前まで秘匿された非異常な鎖分銅で下段構えの獲物を捕られ、その所作の最中1本ですら難を強いられる棒手裏剣の命中を2発許したらしい。目算距離18尺という超ロングレンジを無駄のない一挙動で制したのだ。この女は。


「妖術の類か」


毛や骨の混じった紅色の剣を気持ち悪そうに放り出す。落下と同時に刃から爆炎が迸った。あんな機能を搭載した覚えはないが、ここからでも微かにガソリンの匂いが漂っていた。指南役と父が遠い昔に話していたのを思い出す。古の正常性維持機関は大抵の妖の類を、所謂お焚き上げに偽装して封殺処理していたのだと。


背を向けて逃げる。反射的にそうしていた。レベルが違い過ぎる。実力至上主義の本家──と言っても数ある日奉の分家の内の一派に過ぎない──にすらこのレベルの古流合戦技術の使い手はいない。あの女は既に江戸以前、戦国の世を……否、その更に先の戦場を生きている。生半可な在野のフリーランスでは太刀打ちできなかったのも納得だ。ただの一般家庭から偶然ドロップアウトしただけの女子高生を、僅か一年でこんなバケモノに仕立て上げたサヒビとやらを恨む他ない。

廃屋の一角に飛び込み、手始めに棒手裏剣を2本とも引き抜いた。痛覚遮断魔術は先ほど外部起動した。傷は秘術で止血する。10秒あれば十分だ。魔術師の遺骸と融合し人の理から外れた肉体に死角は無い。数年にわたる自傷と自己再生の繰り返しを経て生傷の対処には慣れた。


「……連中はどこで何をしていやがる!」


英国からやってきた3人を思い出し悪態を吐いた瞬間、すぐ近くの家屋が爆炎に包まれた。鉄仮面の女と岸本たちがすぐ近くで戦っているらしい。



「嘘だろ!?」


キルコに殺されたフリーランスの1人が使うと聞いていたが、やはり有用な装備は鹵獲されていたのか。空を切りながら自動追尾でこちらを追うブーメランを直視し、奪ったばかりの棒手裏剣を逆手に構えて迎え撃つ。

衝突。辛うじて防いだが、次の瞬間このアーティファクトが果たして何を齎すのは現段階では分かったものじゃない。先んじて“腐らせる”に限る。木製ブーメランに諸手で触れ、異国の地で散々やってきた通りに術を行使した。くの字型に緩く歪曲した模様入りの投擲武器が崩壊を始める。遺骸を取り込み得たものとは違い、こちらは日奉として生まれ持っての固有能力だ。生命活動の停止した動植物由来の何かに素手で触れれば、ほぼ無条件にそれらの灰塵化を誘発できた。

家で培った格闘能力、開花した自分だけの超常、ロシアの地で手にした怨敵サーキックカルトの秘術、超常フリーランスとして第二の人生を歩み始めて以降のキャリア、対超常の知識。全て申し分ない筈だ。何の超常性も持たない少女一人に怯えていたのが馬鹿馬鹿しくなってくる程度には。そんな上辺だけの理屈では説明不可能なプレッシャーがあるからタチが悪い。日奉の姓を名乗りながらベテランとしての余裕が消え失せている。


「……だからって負けられるかよ」


理屈は不明だがブーメランは自分目掛けて真っ直ぐに飛んできた。位置なら既に割れていると考えるべきだ。この後発生する奇襲を真正面から捌くか、それともこちらから打って出るか。どちらもナンセンス。後の先どころの話ではない。既にすべてが後手に回っている。向こう見ずで迂闊な対処は必ず自分に返ってくる。

ウィスタリアに残された道はただ一つ。キルコの次の一手に全身全霊の最高速力で反射し、これに対処することだった。簡単な話ではない。速度の差は先ほど見せつけられた通りだ。歳の差や耄碌では到底説明のつかない異様な速さがあり、しかもその速さの由来がどうも超常ではなく地力によるものであるらしい。表世界の格闘技かスポーツでその瞬発力を活かしていれば、本当に世界を塗り替えたであろう逸材に命を狙われているのだ。

だからと言って負けるわけにはいかない。日奉の血を引く者として、イズメに生かされた超常フリーランスとして、この国の人間として、日本超常界の危機に立ち向かわなければならない。今は自分が最前線だ。ウィスタリアは自らを何度も鼓舞した。


無限に思える1秒以下の待機時間が、終わりを迎える。


「──そこォッ!」


背後の壁に振り返り、棒手裏剣を握ったままの右こぶしを叩き付ける。ウィスタリアの表皮を突き破り中指の骨が露出した。

出血をトリガーに傷口が引き裂かれる。溢れ出た血液が蔓植物のように壁面を這い、やがて家屋全体を包み込んだ。耐震構造は愚か鉄骨すら通っていない一戸建て平屋が崩壊を始める。秘術と固有特性の合わせ技であった。使用した血液の一部は肉体に戻ることなく朽ちるが、反面これが浸透した物質であれば無機物であろうと超速攻の腐敗を促せる。馬鹿げた話だが、かつての敵勢力が引っ張り出してきた旧ソ連製戦車をこれで撃破したこともある。

迸る粉塵の隙間からサーベルの切っ先が飛び出た。皮1枚で避け切る。速度というより勝負の勘で窮地を制した。キルコと再び同じ土俵へ立つ。サーベルの刀身を白刃取りの要領で挟み、合気柔術の要領で剣士ごと転がす。


「ッ!」


始めてキルコに焦りの色が見える。立て直す隙を与えることなく、飛び出して真っ二つに割れた中指の骨で血液の射出方向を指向する。地を這う血が網目状に広がり、周辺の瓦礫や土ごと巻き込みながらキルコに迫った。


「くたばれェッ!」


振り抜く。土や植物、家屋の残骸が灰と化して空に舞った。

唯一、人体を切り裂いた瞬間の手応えが無い。

「──今ので良かったんですか?」
「助かった。あと三手で終わらせる」


未だ姿の見えなかった3人目の要注意人物、白髪ツインテールの人型実体だった。ウィスタリアの血液に触れた筈なのに何故か崩壊が始まっていない。


「誰だよ」
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「聞こえる声で言ってくれねえかな」


キルコは十分危険だ。鉄仮面の実力も未知数ではある。それはそれとしてコイツはヤバすぎる。崩壊が無効化されているあたり、何らかの理由により非破壊性を帯びているのは自明だ。攻撃能力がいかほどのものかは把握しかねるが、物理防御能力だけ評価するならある意味カンストしている可能性がある。

厄介だ。超防御能力と超火力と超速力が三人同時に揃っている。あろうことか日本のフリーランス界隈そのものに牙を剥いている。ここで一人でも殺さねば後続が同じ苦汁を飲むだけだ。


「大丈夫なんですね?」
「次で仕留める。そこで見ていろ」

「ソロ討伐する気かよ」


この期に及んで白髪の少女の手は借りないらしい。仮にも死線を超え続けた歴戦のフリーランスだ。どういう魂胆で彼女らが組んでいるのかは言葉より先に心で察した。


「そのつもりだったが、結果的にはコイツの手を借りた。実質的には私の負けだ」
「ほざきやがれ。何が面白くてこんな真似に及んだ」
「こんな真似?」
「ギルド制全盛のこの時代にお前らは二大ギルドを敵に回した!日本全土の斡旋業者がお前らに懸賞金をかけている!日本超常界そのものから命を狙われるんだぞ!?」
「お前は結局どちらの側に立っているんだ?」


「必要なのは実力だ。生きるための明日じゃない」
「賽か?イズメの娘か?サヒビ殺された挙句ケツまくって逃げたらしいじゃねえか」
「死ぬことだけは許されなかっただけだ」
「殺しの練習に付き合わせておいて何の見返りも無しか」
「大した収穫が無い以上はな」


双方が一斉に駆け出す。ウィスタリアの口腔から強酸性の高粘度流体が射出される最中、やはり紙一重でそれを躱しキルコが懐に飛び込む。サーベルでは十分すぎる程の間合い。これを待っていたといわんばかりに不敵に笑み、ウィスタリアはもはや原型を留めていない拳を振り切った。挙動をトレスするように血液の蔓がしなる。キルコの左手首に巻き付く。


「捕まえた!」
「そうか」


触れれば勝ち。それが日奉ウィスタリアにとっての当たり前だった。確かにこの時点でキルコは取り返しのつかない傷を負っている。

鎖分銅での武装解除、手裏剣の投擲、その他あらゆる近接戦闘から近代的な射撃戦闘に至るまで、左腕の欠損で失う技術は大きい。ここで取り逃がしたとしても以前のような辻斬りじみた急襲は叶わなくなる筈だ。第一今刻んだ傷は通常医療で治るようなものじゃない。たとえこの場で襲撃人員全員が死滅しようとも、出血と崩壊の侵攻を止めることなくキルコは死ぬ。


「……馬ッ鹿野郎!」


若さに漬け込んだ。口惜しさを期待した。プライドを仮定した。そのすべてが独り善がりだったとでも言うのか。キルコは何の躊躇いもなく自らの左手首を切り飛ばしていた。

何がそこまで彼女を駆り立てるのか理解できない。最初で最後の渾身の搦め手だった。絶対に通る自身があった。ウィスタリアの精神が折れかける。今まで積み上げてきた実力が単純な力量の差で真正面からへし折られようとしている中、それでも我が身に宿る矜持を掲げ、先ほど回収した棒手裏剣の最後の一本を構えた。


「遅い」


次の瞬間には手裏剣ごと指の骨が細切れになっている。再生が追い付かない。片手でここまで綺麗に人体を切断できる剣術家などそう簡単に存在しない。


「奴なら対応した。お前の実力不足が齎した結果だ」
「勝っただの負けただの──」


「秩序に生きる者だけが勝者だ」


「難儀だな」
「……何だと」
「お前の立つべき場所はイサナギではなかった」


「元より無尽月導衆に縁は無い。私はただの“キルコ”として、独立した個人として貴様に立ち会ったまでだ」

「貴様はあくまで貴様として」


ウィスタリアの顔面がひしゃげた。眼孔が徐々に外側にズレ、眼球が一度の破裂を挟んで再構築を始める。顔だけで評価するならとうに生物らしさを捨てた何かに豹変した。


「テメエらみてえな出る杭はな、打たれて死ぬのが世の常なんだ!」


2度目の爆炎が背後で迸る中、完全修復を超えて顔面同様異形と化した諸手を更にそれぞれ分割し、計4本の腕を伸ばす。キルコ目掛けて一直線に。


「秩序を守るのはッ──」


開いた顎をワイヤーが捉える。

ロケット噴射で加速飛翔するクナイを今度こそ全身に浴びる。ウィスタリアの命運はここに決まった。


「クソ……が……」
「……冥土の土産に教えてやる」


今度はお前から全てを奪うために、私は戦う。


「学生時代に打ち込んだのは新体操だ」


全体重をかけた前蹴りを腹部に叩き込み、イサナギの誇るネクロマンサーを転がす。踵を返し180度回頭、サーベルを鞘に仕舞いながら歩き出した瞬間、キルコの背後に連続的な大爆発が迸った。

文字通りの血の雨が降り注ぐ。数棟の家屋を挟んで未だ継続している戦闘音目掛け、キルコは再び駆け出した。




「イサナギに加勢する話はどうなったんだよ」
「彼はつまらん。味があるのは断然君たちの方だ」


黒服の3人組が付かない以上、ウィスタリアが負けキルコが勝つ線は一層強くなった。岸本は特にそれを問題視してい。もっと重要な脅威がそこにいるからだ。黒いマスクで顔面を覆い隠した、若干赤毛の混じった少女が未だ宙に浮いている。

5対1。全員が超常兵装を武器としているらしい以上明らかに優勢はこちらの側だ。先ほどの一撃さえなければ何も考えずにそう宣えている。


「空を飛ぶフリーランスってのがいないわけじゃない。それでもアイツは規格外です」
「火力で私たちに並ぶ敵は初めてかもしれないな。一度撤退か?」
「ウィスタリアに貧乏くじ引かせて帰るのもアリっちゃアリですけど──」


「それでも僕らは必要に応じてここに集った」「その通りだ」と、別に今更決める必要も無かった覚悟を決める

「改造愛好家か!」
「」

「やれるだけやりましょう」

「僕らはここで終わる。ならやることは明白です。」
「……なるほどな」

互いに何となく理解していた。二度とあのアパートに生きては帰れないことを。触れ合う日が訪れないことを。

超常フリーランス業とは単なる裏社会の稼業ではない。ヴェール政策の向こう側に秘匿された超越の存在と隣り合わせで生きる異常者の道だ。単なる

「キシモト」
「何ですか」
「最大出力でやる」
「了解」

憂いも後悔も無い。残る寿命を可能な限りエネルギーに変換して奴にぶつける。このまま無意味のまま終わらないために。次の誰かに託すために。

「Who the fuck are you?」
「……Us?」
「Yeah, you. Bitches」

岸本悠馬の遺体を貪る鉄仮面から必死に目を背け、サーベル片手に悠々と近づいてくる黒衣の日本人少女に照準を定める。ギタ・ナガテ・アディカリの両掌が同時に火を噴いた。超圧縮可燃ガスの起爆により射出されたタングステン合金製の2本の矢が、人工皮膚を突き破りキルコを目指す。

空圧式ジェットアロー“ティスロハタ”。対超常戦闘で失った両腕を補うために岸本とその知り合いに製作させた偽装兵装。平時は義手にすら見えない義手として振舞うため、ハマる状況下で使用すれば必ずと言っていいほど奇襲が成立した。初速時点で音速を超える徹甲貫通弾は超常の住人を幾人となく屠ってきた。


「……Kidding me」


吸血鬼の討伐任務で撃ったのが最後だから実戦での使用は実に3年ぶりだ。まさか超常兵装を何一つ纏わない生身の人間に撃つとは思わなかったし、サーベル1本で2本の矢を、最低1本は有効射撃となるようタイムラグを作りながら叩き込んだ筈の奥の手を防がれるとも想定していなかった。知らない金属音が響いたかと思えば全弾まとめて空中で叩き割られている。

補助脳での瞬間演算で導き出した最適解をこんな形で潰されるのか。軍歴を持ちながら、フリーランスとしてのキャリアを持ちながら、要注意団体との交戦経験を持ちながら。岸本悠馬という逸材が在りながら。私は負けるのか。二十歳にも満たないほどのこんな少女に。


「──怪我は!?」
「援護遅い。何やっていた」
「……奪禍に見とれてました」
「殺すぞ」


アニメ顔ツインテールに一言吐き捨て、刃が少しも欠けていないサーベルを一度横に振るい、今度こそその首を捕ろうとキルコが動き出す。

「What are gonna fuckin do!?」
「Tell Futatsuki」

「……『私がお前を討つ』」

「」


「──That's all I saw. Futatsuki」

フリーランスは一言良い残し、やがて眠るように目を閉じながらその生涯を閉じた。

風のない静かな午後。ヨツヨとモンゴル人の護衛が見守る中、賽とフタツキの腕に抱かれながら、ギタ・ナガテ・アディカリは死んだ。一応の面識がありながら

「……どうすんだコレ」
「三代目に連絡する。遺品は可能な限り回収しておこう。喜助」
「処理業者はこちらで手配しておく」
「お願いね。」

首に巻き付いていた補助脳を取り外そうにも肉に噛み付いて離れない。いつの間にかフタツキと同化していたらしい。


「……?」
「やあ」
「あ、ダビングさん」
「その呼び方で固定しちゃうんだ」

記憶野の中だ。さっきまで賽さんとヨツヨさんが隣に居た筈なんだけど

前回の邂逅とは一転、雪は降り積もっているけど吹雪は止んでいる。やっぱり赤いブランコだけはそのまま残っていた。ダビング人格は私の声で何かを悩む。

「え、あの、私気絶してます?」
「外界の観測手段が無い以上外側でどれだけ時間が流れているのかは私にも解らない。出るなら急いだほうが良いんだけど」
「けど」
「……考えなくても記憶共有してんなら解るでしょ。“フタツキ”」

……なるほどそういうことか。「何故このタイミングで記憶野に飛んだのか」を知るべきなんだ。

「私が若干鈍ってる原因はここ数日中に別に脳を揺らすようなイレギュラーが無かったせいかもしれない。憶えている範囲で状況を教えてくれ。何があった?」
「えーっと……」
「──あの」

瞬間、“2人”同時にその方向に目を移す。私の記憶野において絶対に発生しえないものが発生していた。

即ち、「私ではない誰かの記憶」を持つ何者かが、そこに居る。

「──……誰?」
「……ギタ・ナガテ・アディカリ」
「なんて?」

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