フリーランスと君について(改稿案Ⅱ)
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超常フリーランス

超常的なコミュニティや社会に身を置きながら、関連するいずれの組織、団体にも直接的に属することなく活動する個人の総称の1つ。フリーランス、個人超常業、パラハンター、Dバイト等、組織や地域によって呼称は異なる。


定義: 非常に曖昧であり、大半の超常フリーランスが報奨を目的に個人規模での事業に従事しているものの、何らかの信念や事情により金銭以外の目的のため活動する者もこれに該当する場合がある。



「時間無いけどまずは聞かせて欲しい。『それでも生きていたい』?」

常套句だ。それ以降の転び方次第でこっちの付き合い方を決める。

平日真昼間のつくば市。薄暗い路地裏。弾切れのワルサーPPK/Sを右手に角の生えた少女を左手で抱き寄せ、ニット帽の男は跪いたまま私を睨む。肩の出血など意にも介していないらしかった。正常性維持機関のエージェントを相手に銃撃戦で生き残り、あろうことか発砲音を誤魔化しながらこの街を逃げ回るだけの技量はあるらしい。唯一惜しむべきは、その圧倒的な技量を持ちながら超常の側に立ってしまった彼自身の本性だろう。



歴史: 明確な発生起源は存在しないが、少なくとも1890年代後期のイギリスにおいては“財団”の前身機関が不特定多数の民間人を臨時エージェントとして徴用した痕跡が複数確認されている。日本国では1858年の鎖国体制崩壊による混乱の最中、欧米諸国のあらゆる団体が初期調査作戦の一環として現地住民の一部をフリーランスとして雇用していた。

この他未確認の魔法使いや悪魔祓い、有志のUMAハンター、霊能力者、神職など、現在の大まかな括りで超常フリーランスと定義可能な人物はあらゆる時代と地域に存在していたために、その歴史を完全に網羅することは事実上不可能に等しい。



男の返答はない。角の生えた少女はボロ着を揺らし、しきりに男の出血を気にしながらも、やはり同じように私への注意警戒を怠っていなかった。信頼関係は先の戦闘で十二分に築いているらしい。この場において一番信用に値しないのは私だ。相応のアプローチで攻略する他ない。

関東有数の人口密集地。すぐ向こう側の雑踏に誰が潜んでいるかも解らない。これは元追う側の経験則だ。すぐに彼らを動かす必要がある。

「君と同じだ。私は──」



現在の事情: 正常性維持機関によるヴェール政策の激化と、人類・人智保護活動の準安定化により、第七次オカルト大戦以降のフリーランス事情は大きく変化した。正確な数値変動が不明ではあるものの、過去半世紀にわたる世界規模での減少が確認されている。

前提として、正常性維持機関の多くは既存人類の共有する正常性と、異常を隔離するための情報遮断政策、いわゆる『ヴェール』の保護を使命としている。そのため無所属で殆ど野放しの状態にある超常フリーランスは、多くの正常性維持機関にとって「個別の行動予測が困難な不特定多数の脅威」に他ならない。

またヴェール政策の長期化に伴い、現在は正常性維持機関と敵対関係にある団体ですら実質的なヴェール保護活動の一端を担っているケースが少なくなく、それまで積極的な雇用を行っていた企業系超常組織の一部でも無管理状態のフリーランスに対する不信感が強まりつつある。

これらの風潮により欧米諸国の超常フリーランスはほぼ絶滅の状態にある──



「──私はサカキ。君と同じ過ちを犯してここに立っている」

男は未だ一言も発することなく、血塗れの片腕で少女を抱き寄せながら黙り込んでいる。背丈格好と目つきは確かに警察官らしい。逆に古巣の連中特有の、どことは言えずとも何となくエリートじみた匂いは皆目漂っていない。

先日の闇取引現場を特事課の突入班と共に制圧した人員の1人で、状況終了後は確保された超常の1個体と共に消息を絶っていた人物である。旧いツテに多額を投じて手に入れたチャンスだ。ここで逃せば後が無い。彼のような強力な個を「こちら側」に引き込み、私たちを取り巻く現状を打開するための一歩だ。決して失敗は出来ない。

「君に道を示すために、ここに来た」



日本国内の事情: 2019年現在、アジア屈指の異常密度を誇る日本において、超常フリーランスは公認のものと非公認のものに大別されている。

前者は2016年4月からJAGOPATO内で締結した国内逸脱個人営業者取締条約に基づき、各種活動に動員される。公認されたフリーランスは情報漏洩防止ミームの定期接種を義務付けられ、新たに定義された自由記憶権を一部保証されながら、平時は一般社会人として生活する。これらは世界的に見ても極めて稀な政策であり、少なくとも正常性維持機関の共同体による超常フリーランス関連の保護条約制定はこれが初例である。

主に神事や宗教的な封印措置を担う聖職者、陰陽師、友好的なスシブレーダー、個人単位で活動するフロント業者、軍事アドバイザー、メンタルセラピスト、特定機関への就職を希望する霊能力者といった実例が確認されており、概ねして各組織の予備戦力としての性質が強い傾向にある。総数は国内外を合計しても1000人前後とされている。



「その子の手を握った時点で人間との決別は確定している。君は自ら人としての道を捨て、“正常”な連中には到底理解されないマイノリティ側に組した。この先ずっと独りぼっちだ。生きるための道なんかどこにも繋がっちゃいない。だから私は知りたいんだ。『それでも生きていたい』か?」

少女を抱き寄せ、男は無言で立ち上がる。

弾切れの拳銃から弾倉を引き抜き、スライドを定位置に戻してショルダーホルスターに収納する。沈黙の後に真っ黒なニット帽のズレを直して、血に濡れてより一層黒ずんだスニーカーを引き摺りながら、一歩踏み出した。私の方へ。

「道ならこの子にやってくれ」
「……!」
「榊トラ。斡旋業者なんだろ」

こっちの素性は割れている。そうなれば話は早い、とは一概に言えないのがこの手の交渉だ。相手は単なる人間ではない。人の道を外れた別の存在である。





後者はJAGPATOにとって未確認、または明確な敵対関係にある者たちが主であり、その殆どは各地の大規模な余剰次元都市等で自発的に立ち上がったギルドと、複数の斡旋業者により緩やかに統括されている。俗に「制度」と称されるこれらのシステムや市場は、超常コミュニティにおける行き場の無い弱者の受け皿として発展の途上にある。

しかしながら非公認のフリーランスは財団におけるDクラス職員のような業種と同一視されることも少なくなく、特に未解明領域の初期調査や人体実験の被検体、中小規模団体の抗争やアーティファクトの回収業務などに従事する「前線フリーランス」の平均生存率は2ヶ月間で僅か36%程度と極めて低い。



「私は君に質問している」
「君というのは誰だ」
「他でもない君のことだ」
「事の主体は俺じゃない。この子が生きたいと願った。応えたかったから隣に立った。それだけだ」

素性は十分理解した。寧ろよく今まで日本警察という機構の中に収まっていたくらいだ。

この男にとって人生の主体は自分自身じゃない。「不条理を許さず、守るべきモノを守る」という単純明快な行動原理以外に何も持ち合わせていない。それが彼の本性だった。超常と関わる以前から人としての枠から外れ、何かの機能として在ることにのみ執着してきた異常者。生存という目的意識や願望とは無縁の、並大抵の人間には到底理解できない、ある意味では社会不適合極まりない逸脱の存在。

だからこそ、今なら確証を持って断言できる。彼を待っていたと。

「条件がある」

車のエンジン音が遠く接近して、消える。路地の向こう側から入れ替わるように足音が伸びてきた。ケツに仕込んでおいたグロック26を引き抜き、サプレッサーを装着しながら後方に立ち直って待機する。



人的価値の優劣を重要視する超常コミュニティではフリーランスという肩書そのものが漠然とした負の印象を与えやすく、結果的に通常の団体構成員より劣悪な待遇の下で運用されることが殆どである。ギルドや斡旋業者はこうした危機に晒されるフリーランスの保護や教育を負担するが、その歴史の浅さから何れの機関も十分な機能を果たしているとは言い難い。

それでもなお日本国内での存在と需要が絶えない理由として、彼らが独自に抱える内面的問題や個々の事情により「その道以外では生きて行けない」状況に立たされていること、及びこの状況を逆手に取った人員運用がある程度メジャー化し始めたことが挙げられる。



「超常フリーランスになれ」

敵数8。局所的ヴェール崩壊の可能性を鑑みてか、全員が服の下に巨大なサプレッサーを装着した拳銃を忍ばせているのが遠目からでも判断できる。縦に並んで路地に進行してきた。実際に接触してみれば回収目標はこれだけ大きな手傷を追っていたのだ。少々強引になろうとも最初から拉致しておけば良かったと後悔しているが、いくら嘆いたところで時間は巻き戻ってはくれない。

“財団”を見限って以来、後悔は生まれた傍から噛み潰して生きてきた。今更古巣の後輩共と殺し合おうがどうということは無い。全ての不条理を砕くためにこの先を生きる。

「あくまで君が弱者のための1機能としてその子の道を、居場所を守りたいというのなら、私と共に戦え。君のための武器と戦場を用意する」

反応は無い。そしてついに接敵した。交戦距離12m。最前列に立つ2人の財団職員から警告無く放たれた銃弾を携帯型飛翔体迎撃装置の咄嗟起動で減速し、空中で止める。いつまでも弾を止め続けられるわけじゃない。携行しているアーティファクトにも限りがある。それしか手札が無かったとはいえ、こちらの超常の行使は結果として敵の攻撃の激化も意味する。長くは保たない。


背後には回収対象である負傷者1名とその付随品。前方には私もよく知る社会正義の執行者が8名。状況は劣勢。この先何かが変わらなければ彼らの理不尽が世の必然としてまかり通る。私たちがこの世界で生きる意味がまた一つ奪われる。

ならばこそだ、今は確信と共に、叫べ。


「君を待っていた!!雑賀イズメ!!!」



耳元が何かを掠め、次の瞬間8名の内一番手前の者が数歩よろめく。やがてスーツの襟首を徐々に赤く染め上げ、喉元から鉄パイプを生やしたまま地面に倒れ伏した。

振り返る暇も無く最前列からの一斉射撃が始まる。迎撃装置で弾丸を止めた続けてはいるが、残り5秒程度でエーテルバッテリーが尽きる。敵数7名。空中に次々と弾丸が刻まれていく。しかれど全てを決するだけの打開策は既に解き放たれたも同然だ。切り札をこの手に掴んだのだから。


私の頭上を軽々飛び越え、ドス黒く変色したスニーカーでかつての同業者の顔面を蹴り潰しながら、男は財団エージェントらの丁度ド真ん中に降り立つ。


「業務内容は手短に頼む」
「……この危機を打開しろ、フリーランス!」


空に描かれた銃弾の絵画が金属音と共に瓦解した。両の口角を歪に持ち上げ、男は初めてその顔に笑みを宿す。


「了承した」






自主的なヴェール保護の意識が末端の人員に至るまで常態化してきた現代において、国内の非公認フリーランスは年々増加の傾向にある。

『図書館の蛇の手』に属する元非公認フリーランスの日奉セイジ氏は、氏の著書の中で度々「超常社会における個の力、独の時代」について言及している。2020年以降の日本超常界における超常フリーランスついてはこれ以外にも様々な場で議論と予測が展開されおり、今後より一層注視すべき営業形態の1つとして関心が集まっている。

敷島近代逸脱史辞典①第4版 - 恋昏電子出版
放浪者の図書館デジタルアーカイヴより引用


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